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第九十五話 復活











「なんとか、語り終えたか」


 魔害物が動き出す前に、六条の語りは終えた。これで、なにも知らずにこちらにやって来る馬鹿はいないだろう。六条家当主の言葉とは、それだけ十門にとって重い。いくら荒唐無稽な話でも、一笑にふしたりはしない。

 そのことに、雫はほっとした。語りの途中で魔害物が襲ってきては、助力が期待できないで中断せざるをえないのだから。

 だが、声を伝えていた羽織は、否と言う。


「いや、待っててくれたのかもな」

「は?」

「一応、あの球体にも声は転移してたんだよ」


 指を指す先は、無論に卵のような漆黒球体。

 雫は首を傾げる。どういうことだと。


「……魔害物に聞かせていたのか、今の話を。それがなんになる」

「人型は知識もあれば言語も解するぞ。あいつが寝てた間の話だ、興味深く耳を傾けててもおかしくはない」

「魔害物に知がある、か。わけがわからんな……」

「実際そうなんだから呑み込め。魔益師に常識なんざいらん」



「――その通り」



 刹那この世の暗黒暗澹全てを煮詰めたような声がした。


「!」

「あぁ、あぁ、久しい。久しいなぁ……」


 雫は全身が震えて、そのくせ汗が滝のように全身から流れ出す。そのまま涙を零れ落ちそうで、しかしそれだけは必死に堪えた。

 怖い、怖い、怖い怖い怖い!

 なんだ、これ。なんだこれ。なんだよ、この恐怖は!


「あぁ、これが自由か……!」


 雫が死に近い恐慌に苛まされている間にも、暗黒の球体は微震をする。脈動をする。胎動をする。

 そう、そう。

 これより生まれる。今より蘇る。

 はるか四百年も彼方に封じられ、束縛され、この世の歴史から抹消された最たる魔が、害を及ぼす恐るべき魔が――ここに再誕する。

 黒の卵に裂傷が走る。孵化せんと内側より魔害が腕を出す。そして自らを覆う卵の殻を邪魔だとぶち壊す。開いて飛び出す。その存在は、


「ふぅ……ようやく、外だな」


 それは。

 それはもはや――人だった。

 人のような姿をし、人の如き形をし、人に似た顔をし、人に近い魂をもった、紛う者。

 外見は、浅黒い肌の美男子だった。筋肉質で大柄で、野性味溢れる顔つきは整っているが、鋭い眼光は恐ろしくおぞましい。視線だけで人を殺せてしまうような、嘲笑ひとつで心臓を止められるような、そんな恐怖の具現である。

 だが、この世全ての人類は、それを絶対に認めやしないだろう。

 こんな、こんな膨大なまでの絶望を引き連れるような存在が、人間であっていいはずがない。

 万歩譲って知的生命体であることは認めても、人間生命体であることは、人間が人間である尊厳にかけて断じて認めたりはしない。

 これは魔。魔。害なす魔。

 魔害物。人型の魔害物。最強の魔害物!

 その優れた容姿外見の全てを台無しにするのは溢れ出る魔。害なす魔。

 それはまるで腐臭のように人に忌避され、骸のごとくに直視すらも耐えがたい。恐怖と嫌悪と忌避感を一杯に詰め込んで、こね合わせて三乗にした害悪の化身と言うべきか。

 見たくない。感じたくない。覚えていたくない。

 嫌だ、嫌だ。こんな存在が地上にあるのだと信じたくない。可能性の問題ですら提起したくない。ありえない。失せろ。消えろ。人の魂の底の底で喚いている。本能レベルで忌避感が噴きあがって止まらない。

 これが、これこそれが、魔害物の究極系なのか。

 あぁ畜生。雫は堪えていたはずの涙をぼろぼろを零していた。戦意は潰えない、屈服したりしない。けれど、これは一度目の敗北である。

 そんな雫を庇うように隠すように前に出て、羽織は極力シニカルに笑う。いつものように、いつもを演じて、嘲り笑う。


「よぉ、おれのこと、覚えているかよ、キョウスケ」

「あぁ、無論だとも。我を封じた魔益師よ。久しいな。まさか四百年もの時が流れていようとはな」

「……四百年を知ってるってことは、こっちの声は届いてたか」

「うむ。興味深く聞かせてもらったよ。貴様が、我のためにこの四百年間強さを求め続けていたくれたとな」


 そこをまず切り取り嬉しそうに笑うのは、魔害物のサガ。殺し合いを求むるバトルジャンキーのどうしようもない衝動ゆえだ。

 不意に雫が疑問を投げる。気丈にも、恐怖の大王の放つ威圧感の下でも口を回す。


「きょうすけ?」

「ん、ああ。あいつの名前だよ。その昔一条様とやりあって、名を奪ったんだ」


 その時から、条家内で姓で呼ぶのが敬意の表れとなった。なにせ、盟主が名を失ってしまったのだから。その事実を伏せるための些細な細工である。


「あの制度にそんな事情があったんだな……」

「ま、もう誰も知らんだろうがな」


 さてと、と会話を打ち切り、羽織は魔害物――キョウスケに相対する。


「雫、お前は手出しするな」

「は?」

「お前は魔害物に手を出すな。おれがやるから、まずは見てろ」

「むっ、六条様の説明していた、擬似的な魂魄能力という奴の警戒のためか」

「あぁ。だから最初はお前、手出しすんな」


 四百年前に名づけたその能力の銘は“魂魄の学習”。

 触れた魂を学び、魂魄をその身に刻み込む力。


「遺魂能力の使用の際に必須の謎アイテムあったろ、あれは人型の魔害物の欠片だ」

「それは、まさか受けた力を自分のものにする、と?」


 遺魂能力のように。あの悪夢のようなとんでもない御技を可能にするのか。

 羽織はあっさり首を振る。


「いや? 一度受けた魂魄能力を無効にするだけ」


 まだまだ原初、力はそこまで複雑さを持たない。というかあれは媒介武具を誤認させることで、自身以外の能力を使う技法であり、学習して行使するわけではない。

 けれど。


「それだけでも強いぞ。魂魄能力では一度しか攻撃できず、あいつは膨大無辺の魔害があるからな」


 特異な力はない。特殊な能力なんてない。ただただ力、力、圧倒的なパワーのみ。

 全てを小細工にするだけの、純粋なる力の塊。それこそが人型の魔害物の持ちうる最強の全て。


「んで、それで聞いておきたいんだがなキョウスケさんよ。お前の魂には、どれだけの力が学習されてんだ? まさか封じられる前の力は……」

「流石にないさ。ただし羽織、貴様の力だけ永らくともにあったためにかしっかりとこの身に刻んである」

「……もう、以前と同じ手は効かないか」

「その通り。封印は不可能――実力で殺してみせよ」


 かつて羽織がほどこした、核だけ奪って己に封じる。その奥の手、最後の最終手段も、もはや効かないと、魔害物は笑う。

 それはつまり、封印できない。もはや打倒以外に道はないということ。

 爆発のようにキョウスケの戦意が跳ね上がる。膨れ上がる。

 さあさあ四百年も寝こけていたんだ、そろそろ戦おう。戦わせてくれ。血に飢えて戦に飢えて仕方がないんだ。

 だから――


「――待て!」

「っ」

「貴様の相手は、我らがする!」


 そして現れたのは一条。

 この屋敷の主、条家十門の盟主――最強、一条家当主がこの場に参上した。


「俺の勘は当たっていたな、羽織。やはりお前は強かった」

「いっ、一条」

「無論、俺だけではないがな」


 続くようにして二条が、四条が、五条が、六条が、七条が、八条が、十条がここに来てようやくの登壇を果たす。

 周囲の魔害物全てを葬り去り、遂にこの場に立ち上がった。

 その八名にもおよぶ古強者の強壮に、雫は息を呑む。これだけの戦士が未だこちらには残っている。たった一匹の魔害物になんかに負けるわけがない。


「条家十門の名に懸けて――貴様を滅ぼす、魔害物!!」


 そして最強の魔益師集団、条家十門当主は最強の魔害物に挑みかかった。






「あ、馬鹿。ちっ、勝手に!」


 羽織は焦る。無軌道に挑みかかっても敵う存在ではない。それがたとえ条家十門当主であっても。


「どうするんだ、羽織」

「……やらせるしかねぇ。あいつらにだって当主としての矜持や責任がある。ここで戦わない十門当主なんざ存在していいわけがない。だから、ここでおれが無理に止めても意味がない」

「だが、勝てるのか?」

「無理だな」

「そんな……」


 雫は希望を見たように問うが、羽織はあっさり断じた。

 そこまで簡単に断じられるほどに、あの魔害物は強いのか。それは、なんて絶望だろう。


「だから、どうにか死なないようにこっちで手を加えるしかねぇな」

「私は……」

「見てろ。お前は、最後の最後まで見てろ」

「なんでっ」


 ここまで来て、あんな強大な敵を前にして、見ていろだなんて。

 それとも、雫はあれに戦いを挑むにはまだまだ未熟だというのか。殺されるだけだから引っ込んでいろと、やはりいつまで経っても雫は枷でしかないのか。


「違ぇよ。お前は切り札だ」

「え」

「ち、言わせんなよ――頼りにしてる。だから、今は見てろ」







 擬似魂魄能力“魂魄の学習”。

 その能力については当然、六条が伝えた。一撃しか意味をなさず、二撃目からは全て無効という理不尽なる力。それを踏まえて倒そうとするのなら、初手に全力を注ぎ込んで一撃必殺を狙うべし。


「つまり、ワシの独壇場だな」


 二条当主は拳を握る。強く強く、一撃を強化する。その魂のままに、膨れ上がる暴威と熱意と破壊。それを全て一撃に封じ込め、噴火寸前の火山のように練り上げ続ける。

 その間にも四条は走る。いつもの笑みはなく、遊びはなく、ただ全力で油断なく駆け抜ける。


「ふ、四条か。やはり、速い……だが」


 キョウスケがなにやら笑みを浮かべようとして――その顔面に蹴りを捻じ込む。

 魔益を込めにこめた、全力投球一球入魂。

 が、


「捕まえてしまえばそれで終わりだ」

「なっ」


 なんの痛痒もなく、仰け反りもせず怯みもしない。キョウスケは素早く四条の足首を掴み取る。

 おかしい。本来なら蹴った直後に加速して退避できていたはず。なのにそれが、遅れた。おかしい。

 いや、なにも不思議はない。


「お前の魂は再び学習した。我に触れている間、貴様の力は意味をなさん」

「な……に……」


 そしてそのまま放り投げられ、屋敷に激突してなお吹っ飛んでいく。


「四条!」

「無事か!」

「……っ」


 口々に四条に叫ぶ面々の内――五条だけは弓を引いていた。

 撃ち抜く。ぶちぬく。その眼球から貫いて脳髄を抉ってやると。

 しかし。


「ふ」


 容易く身を捻っただけで回避される。

 問題ない。五条の矢からは決して逃れられない。ぐりんと、矢は反転し――その瞬間に掴まれた。


「五条、貴様らの弱点は能力使用時に一瞬のラグがあることだ。そこをつけば、ほら、簡単に捕まえられる」

「っ」


 無論、触れた時点で能力は学習された。もはや矢を幾ら撃ってもキョウスケを傷つけることはできない。ばきりと、握った矢は折れ砕けた。もうお前は無能だとでも告げるように。

 そこに――刃が突き刺さる。“人身の隠蔽”、キョウスケをして一切の知覚ができなかった。正面から不意を討たれた。刃が腹に刺さる。それは十条による暗技の妙である。

 が。


「くっ」


 先端数センチ程度。皮膚すら貫けず、小太刀は停止してしまう。しかも、触れた時点で隠蔽は無意味。ぎろりと魔害物の眼光に射竦められる。


「死ね」


 それは拳。単なる指を閉じて固めただけの、凡庸にして誰にでもなせる最も粗雑にして簡易の攻撃方法。殴るという原始的なる一撃。

 だがそこに込められた魔害は尋常ならざる。人体を粉微塵にして余りある。岩を砕いて鋼を滅ぼす。並の魔益師でさえも無へと帰す。

 そんな一撃が、隠蔽を解かれた十条に――


「はは、そうでなくてはな……八条」


 それに代わって受け止めるのは八条当主。キョウスケの無造作な一撃を、受け止め防いで――膝を折る。


「ぐぅ……馬鹿な……」


 血反吐を吐き、激痛に喘ぐ。

 なんて馬鹿げた一撃だ。威力が高過ぎる。破壊力がありすぎる。こんなの、こんなの食らっては八条ですら耐え切れない。


「その程度か八条。立ち上がれ、もはや貴様の能力も無為と化したぞ。続く一撃をどうする。十条を殺すぞ? それを見過ごし這い蹲るが貴様らの魂の限度か?」

「舐めるなァ!」


 試すような物言いに、八条は激昂する。そして振り下ろされた十条への手刀を、八条が必死に受け止める。

 が、無論に“耐久の増幅”が学習されている以上――


「ん?」


 死なない。消えた。攻撃を受けたはずの八条も、その背に庇われていた十条も、まとめてその場から消えた。

 なにが――いや、理解する。キョウスケはその現象によくよく覚えがあったから。


「そうか、貴様の茶々入れか羽織」

「……余所見なぞしている余裕があるか!」


 怒号を発したのは二条。蓄えに蓄えた己の人生最強の強化を拳に宿し一撃をブチかます。

 それは大砲。それはミサイル。それは破壊の概念の極限。


「ふん、それを食らうと流石に痛手か……」


 キョウスケはすっと総身の力を抜き去り、柳の如くに対する。剛には柔で対応すべしと、人のように考え武技を披露する。


「ああ強力だな。だが、収束させすぎだ」

「なっ」


 そっと優しく、撫でるように突撃してくる拳の、側面に触れる。

 二条の一撃は凄まじい。正面から受ければ人型の魔物ですらも致命傷になりかねない。だが、その側面は、そこまでの威力を持たない。一撃を一点に収束して破壊力をそこだけにかき集めたから。それが最も効率的で威力を高める術だったから。

 そこを突かれ、横から具象武具を触れられた。そして学習し、直後に顔面に殴りかかった拳は――その威力を激減させる。“一撃の強化”は無効化されたのだから。


「では反撃――ち、またか」


 瞬間で二条は消えた。転移した。羽織が奪っていった。先の八条と十条のように。


「まあいい。これで残るは非戦闘員の雑魚と――貴様だけだな。条家十門盟主、一条殿」

「っ」


 まさか。まさかこの僅かな時間で、己を除く全員の当主を撃破するなんて。流石の一条も驚愕し、手が震える。

 いつだったか考え、迷い、結局結論できなかった難題が目の前に襲い掛かってきたのだと理解する。

 すなわち、己より確実に強い敵対者が目の前に現れた時、己は一体どうするのか。

 答えは――答えなんて、決まっている。


「我が名は一条。条家十門盟主にして最強たる一条家当主なり」


 宣し、駆ける。一直線、魔害物に向けて刃を振りかぶる。


「馬鹿待て、これ使え!」

「!」


 目の前に唐突に刀が出現する。それは羽織による転移。

 咄嗟に足をとめ、それを受け止める。それは、一条の媒介武具であった。


「落ちてたぞ、もう落とすなよ」

「あぁ――すまない。助かった」


 これがなくば全力は尽くせない。一条は鞘を放り投げ――媒介技法。己が魂を刀に宿す。

 これで万全、全力だ。言い訳の余地なく最強たる一条の全身全霊を使い果たせる。


「行くぞ」

「来るがいい」


 突貫する一条に対し、キョウスケは静かに待ち構える。二条のように側面から叩いても、一条の能力は斬り裂いてくる。五条のように一瞬でさえも隙は晒さないだろう。四条のように一発なら受けてもいいとは言えない。回避もおよそ無意味。ならば真っ向から受け止め、受けてたつしかない。

 

「来るがいい、一条の末裔よ。我を楽しませてみせよ」


「一条一刀流・無限斬刀術が最秘奥――!」


 あぁ、その身に刻み込め、一条という名の最強を。

 ブッた斬ってやるから!


「――神斬(カミキリ)


 最秘奥。一条一刀流において唯一そうして秘された最後の奥義。

 それは単純に一発の斬撃を放つだけ。だが、そこに込められた集中力は激甚で、基本でありながらも最秘奥となっている。あえて大仰な名にし、最秘奥と冠することで名称認識を最高にまで高めている。

 この斬撃は、代々当主にのみ伝承され、しかもその伝承の際に「生涯で三度のみの使用しか許されぬ」とも教わる。

 三度とは。

 ひとつ――技の完成の時。

 これはつまり伝授された後にこの技の練習をし続け、完成した場合、それでもう技を使うことを許されなくなるという意味。

 ひとつ――次期当主たる者へ、技を伝える時。

 たった一度だけ、次代の当主に技を伝承のためにだけ技の使用が許されるという意味。

 ひとつ――条家十門に仇なす最悪の敵を、打倒する時。

 他に方策がなく、他に手立てがなく、しかし絶対に一命を賭してでも倒さねばならぬ敵が現れた時。

 そこまで頑固強固に技の使用を制限することで――最秘奥という認識を超強化する。

 

 故にその威は――文字通り神すら断ち斬る。


 そして――。

 








 今まで強い強い最強! ってな感じの人がボコボコにされるシーンは割と結構好きなんですが、上手く書くのは難しい……。

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