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第九十四話 夢の終わり










「能力が多くても扱うのはひとり、冷静にしていれば対処できるよ!」

「転移には気をつけろ!」

「受けるのはおれだけど」

「……っ」


 一刀は踏み込み、だが近づきすぎず。間合いをよく読み斬撃を振りぬく。能力の変化を注意深く観察しながら牽制し続ける。

 条は拳に力を溜め込みつつも攻めずに静観。隙を晒せばいつでも殴り込めるように待機している。相手の警戒心を煽り、意識をこちらに無駄に割り振らせる。

 八坂はその両者への攻撃を全て叩き落し、引き受ける。たまに混ざる“万象の転移”だけは回避の他ないが、なんとかふたりを守り続ける。

 相対するリーレットは忙しなく能力を変えて攻め続ける。

 重力の大剣を振り下ろす。八坂が受けとめ、防ぎ切る。重力場が八坂を押し潰さんとし、それを耐える。その間に一刀が踏み込む。斬りかかる。そのころには大剣は消え、見えない凶器が空気を裂く。


「っ」


 重力が消えた途端に八坂が腕を上げる。ワイヤーの襲撃を受け止める。それを抜けた斬は一刀の腕や頬を斬り裂くが、構わず一刀両断。

 だがリーレットは大剣を消した反動で後ろに跳んで糸を飛ばしていた。斬撃は空振り。

 糸は消え、次は銃砲。即刻撃ち出す。爆撃生成。狙いは条。


「くそ」


 八坂が必死に跳びかかるも、動作が鈍い。掠っただけで止められず。


「条、ごめん!」

「だいじょーぶ!」


 ぐっと拳を握り締め、引き絞る矢の如くに拳を構える――撃ち出す。直進し襲う弾丸を、ぶん殴る。

 爆発。爆裂。粉砕。

 条は爆炎に呑まれ、焼かれ、膝をつく。流石に高火力。それでも眼光だけは鋭く少女を睨みつける。倒したと油断のひとつもしてみせろ、すぐにそのノドを食いちぎってやるぞとばかりに。

 臆さずリーレットは前へ。八坂に向けて左手を伸ばす――その時具象しているのは羽織り。


「くっ」


 あまり慣れていないが、八坂は回避。触れるだけで戦闘域から消される。耐えるとか堪えるとかそういう次元でなく、確実に。回避に専念しないとヤバイ。

 代わって一刀が前へ。八坂を押し退けて斬りかかる。斬、斬、連打。

 一刀の“斬撃の結果”なら、触れた時点で斬撃を刻み込める。こちらも転移されるが、ダメージを残せる。そこにありったけをこめれば条がトドメをさしてくれるはずだ。まあしくじれば一刀の能力を見盗まれる。真似されるが、そこは割り切って攻めるしかない。

 よって怯まない。一刀は前に出て斬打を振るい、攻め込む。


「……」


 リーレットは瞬間で切り替え。手袋具象――“空間の歪曲”。握りつぶされろ剣士!


「どっせい!」


 いち早く反応したのは無論、八坂。いや、最初からそれが来ると予測していたための即応だ。一刀を打倒できるのは“万象の転移”以外、八坂を打倒できるのは“万象の転移”のみ。それを考えれば“万象の転移”を囮に切り替えてくるのは予測も容易。

 故に、一刀と場所を再度スイッチ。長年のコンビは言葉も目配せもなく立ち位置を入れ替わる。歪曲の顎門を、八坂が受け止める。


「ぐ……っぐぐ」


 八坂をしても非常に強力な一撃。全身が圧縮されるような感触。全方位から壁に押し潰されそうになる恐怖。まさに巨大な手の平に握り締められるリンゴの気分か。

 リンゴの硬さ舐めんな。己の力を全開、魔益を燃やし魂魄を過熱する。稼動する。燃えろ、増えろ、耐えろ、“耐久の増幅”!


「っ!」


 リーレットはここで歪曲に可能な限りの魔益を注ぎ込んだ。ここで八坂さえ落とせば、それで残る二名は手折れる。盾を失った戦士は脆く儚い。

 だから、


「沈め!」

「いやっ……だねっ!」


 そして――そして。






「それでリクス、君はどうするんだい」


 条ら三人がリーレットと戦っている間に、三人はただ静かに向かい合っていた。マッド、リクス、ジャック。家族三人の、団欒風景。まあ、というには冷え込んで物々しい、恐ろしく負の感情に満たされた面談だ。

 特にジャックはマッドを食い殺さんばかりに睨みつけるが、身体が言うことをきかない。怪我が重くて傷が苦痛。ともすれば今にも気絶してしまいそうだった。

 だが、リクスは。リクスはダメージも薄くマッドと相対している。戦闘能力を持たず、護衛にあたる少女は三人が押さえ込んでいる男とだ。

 故に。


「今なら君は、私を簡単に殺せてしまうね」

「殺せっ! 姉さん、そいつを殺すんだ!」

「…………」


 リクスは両者の言葉を聞いて、ふたりの家族の言葉を受けて――悲しくなった。

 そう、悲しい。これは、悲しいことだ。

 父は娘に殺すのかと問い、弟は姉に父を殺せと叫ぶ。

 今になって、リクスはそんな家族の現状を嘆くことができていた。

 浴衣の暖かさがあって、その上で条や一刀、八坂が仲間だと認めていてくれたお陰で加速した。凍っていた心が、やっと全部溶けたらしい。

 そして思い出した。それはずっと引っかかっていた、母の言葉。思い出したから、リクスのとるべき行動は、もはや決まっていた。


「父さん、私はあなたを殺しません」

「なんだと、姉さん! どういうつもりだ!」

「……はて、私もわからないね、どいうつもりだい、リクス」


 リクスはいつになく言葉を費やす。溶けた心からは、思いが際限なく湧き出してくる。


「父さん、母さんは死にました。そして、死んだ人は、生き返りません」

「っ、なにを……」


 なんて、なんて今更な。

 リクスはとんでもなく今更な常識を、マッドに説く。それが大事なのだと。


「当然でしょう。父さんがどんななにをしたところで、その理は変わりません」

「そんなことはない、ありえない。私は“生”を支配する。どんな者にもできないとしても、私にできない理屈にはならない」

「いえ、できません」


 断言し、リクスは銃砲を具象化する。

 しかしいつものそれとは随分と違い、小さかった。ある程度精通した魔益師ならば具象した武具のサイズや重さ硬度などを操作することができる。リクスはそれで、具象した魂の銃砲を小銃サイズにまで縮めたのだ。

 何故そんなことを、疑問に思うふたりを置いて、リクスは自然な動作で小さくなった銃口を自身のコメカミにあてる。

 そして、凍えた心では絶対できない――花咲くような笑みを浮かべてみせた。


「――私はここで死にます」

「なにを言っているんだ、リクス!」

「構わないでしょう、どうせ殺す気だったはずです。死んで蘇らせることができると信じているのでしょう。ならば死には意味がない――母さんの死すらも無意味としているのだから」


 確固たる口調で、儚い笑みで、リクスは言った。

 なにを唐突にそんなふざけたことを。マッドは意味がわからなかった。元凶たるマッドを殺せる立場にあって、抗されることもない。なのに殺さず、自らが死すという。わけがわからない。

 無論、それはジャックにしても同じ。思わず声をあげていた。


「ねっ、姉さん……!」

「ジャック、ごめんなさい。今までと、これからと。父さんをお願いね。どうか殺さずにいてあげて。それが母さんの願いだから」

「母さんだって?」

「ええ、思い出したの。私は母さんに、最期に遺言をもらっていた。それをようやく思い出したの」



『――リクス、ねぇ、リクス』

『――父さんを、嫌いになっちゃ、だめよ』

『――あの人は、さみしがりやだから……わたしがいなくなって、あなたまでいなくなちゃったら、きっと泣いてしまうから』



 そう、言っていた。優しい母の、最期の言葉がそれだった。


「父さん、あなたはやりすぎました。ですが、私にはあなたは殺せない。だから――泣いてもらいます」

「泣く、だって……」

「ええ、私がいなくなって、ひとりになって、泣いてもらいます」


 きっとそれが、一番マッドへのダメージになる。だって母さんは夫のことを全て知っていて、いつだって夫のことを思っていた人だから。彼女が言うなら、きっとマッドは泣くのだろう。大きな衝撃を受けるのだろう。

 それでもまだその狂った思想に殉じれるのなら、もはや家族のことはきっとどうでもいいのだろう。

 だが、ここで割り込むのはジャックだ。彼は父のために姉が死ぬなんて、そんな結末を許容できるはずがなかった。


「馬鹿な! そんなの、それこそ意味がない! やめるんだ、姉さん、あんな奴のために死ぬなんて、そんなの駄目だ!」

「意味はある。死は、必ず人の心に残るものだから。取り残された人は、酷く心が冷えていくものだから」


 母を失い、心を凍らせた自分のように。


「死に意味はある。それを無意味にしてしまったら、きっと人の価値さえ失われるから」


 だから母の死を無価値にしないためにも、自分がここで死に、また意味を得て父になにかが伝わればいいと、そういう願い。

 浴衣には悪いと思っている。ごめんなさい。あんなに優しくしてくれたのに、ひとつも返すこともできずに勝手にいなくなる愚かを許してほしい。

 羽織には少し興味が湧いてきたところだった。雫には負けっぱなしで少しだけ悔しい。条や一刀、八坂らとともに戦えず申し訳ないと思う。

 けれど、ここが命の使い時だ。リクスは確信していた。


「ねっ、姉さん……」


 その決意を感じ取ったのか、ジャックは顔を歪めて言葉を諦めざるをえなかった。そもそも彼は先の戦闘のダメージに力尽くで止めることすらできない。

 それでいくなら、この場でリクスの行動を止められるのは、マッドだけである。


「リクス……君は……」

「父さん。死んだ者は生き返りません。だから命に価値があり、取り返しがつかないからこそ大切です。もしも容易に生き返るのなら、人の命の価値はなくなる」


 死ぬからこそに尊くて、蘇らないからこそ守らねばならない。


「生と死はどうしたって表裏であって、一致させてはいけない。生死が自在に操れるなら、生すら死と等しい。故に同じく絶望でしょう。

 そして、不老で生きるのはきっと辛い」


 四百年も生きたという男の話は、リクスにだって届いている。今も、かの男の生き様は彼女の中に送られている。

 それはマッドも同じで、だから即座の否定を打ち出すことができなかった。


「それでも夢を諦めないと言うのなら――泣いてもらいます。他に手立てが思いつかない」


 これはきっと最低な手段だろう。わかっている、わかっている。それでも他に思い浮かばない、父の心を動かす術なんて。

 右手が震えている。コメカミにあてた冷たい銃口が震えている。

 どうやら、やはりこんな自分でも死ぬのは怖いらしい。いやに冷静にそんなことを思う。けれど、それが当然なのだ。死ねば終わりで、いつか終わりで、次はないのだから。

 ふと思い出した。


「あぁ、そうか。結局言いたいことは、いつかの彼女の言葉に集約する」


 ――死を馬鹿にするな。


 くすりと、リクスは笑ってしまう。

 あの真っ直ぐさを眩いと思っていた。浴衣の優しさと同じくらい、あの少女の真っ直ぐさに胸打たれていた。

 だからこそ、結論が同じに至るのは、小気味よくっておかしかった。

 儚くも華やかに微笑む姉に、ジャックはなにを感じ取ったのか。必死になって口を開く。声を上げる。


「くそ、おいクソ親父!」


 ジャックはリクスになにを言っても無駄だと悟り、矛先を父親に向ける。大嫌いな親父に話しかけるのも嫌ではあるが、姉のためならば仕方がない。


「いいのか、このままだと本当に姉さんは自殺するぞ。わかっているのか、あんたの馬鹿な暴論のせいだぞ」

「……ここでリクスが死のうと、どうせ生き返る」

「ふざけたことを言うな馬鹿野郎! 死人が生き返るか! ガキでもわかる理屈を、なぜあんたはわからない。わかろうとしない! それを理解させるために姉さんが体を張ってるのがわからないのか!」


 ジャックは叫ぶ。今まで溜まりに溜まった鬱憤を噴出する。

 それは憎悪で、それは憤怒で――そして失望だ。


「あんたの母さんが死んだことに対する逃避と、馬鹿みたいな思想なんかのために――今そこで生きている姉さんを見殺しにするつもりか、クソ親父! そんなんだったら、あんたはもう父親ですらない。ただのクズ野郎だ!」

「……ジャック……リクス……ローズ……」

「なあ、クソ親父。言いながら気付いたんだけどね、どうやら僕はあんたに失望できるくらいには、なにか感情を残していたらしいよ。親父と、その言葉を向けるだけの感情は生きていたらしいよ――大嫌いだし殺したい。だけどあんたは僕の親父で、姉さんの父親なんだよ。そんな当たり前のことも、あんたは忘れてしまったのかよ、なぁ……なあ!」


 息子に、娘に――妻に。

 ここまで言われて、ここまでされて、あぁなんて。


「忘れないさ。それだけは、絶対、忘れるはずがないじゃあないか……」


 ――なんて私は幸せだ。


「だからリクス、もうやめなさい……やめてくれ。これ以上、私の家族を奪わないでくれ。

 謝るよ、私が悪かった。私が、間違っていた……」

「父さん……」

「人は死せば生き返らない。勿論そんなことなら、私だって知っているさ。知っていた、知っていたが、それでも私は理解できていなかったのだろう。諦めようとは、幾らでもしたさ、それでもそんなことできなかった。だけど、そうだね。君たちにそこまで言われて頑迷を極めていられるほどに、私は人でなしにはなれないようだ」

「親父……」

「だから、いいだろう。私は結論しよう。理解できぬものを私は赦せない。だから、理解しよう。

 ――死者は蘇らないと、私は理解しよう」


 断言とともに、マッドの頬に一筋の滴が流れ落ちる。

 それは、狂科学者には決して似合わない。だが、妻を亡くした夫にはこれ以上ないほど相応しい、感情の結晶だった。


「あれ? これは……そうか、彼女が死んだ時にさえ枯れていたのだが、今更、湧き出てくるのかね。

 それはそうか、私のなかでは生き返らせることを前提にしていたせいで、彼女は死んでいなかったのだから。だからつまり、これは私の中で、彼女が死んでしまったということだろう。これで私ははじめて彼女の死を悲しめるというわけだ」


 自分の心情を淡々と解明していく。それは何処までも科学者であり、解明者である彼の業。

 だから彼は結論する。


「あぁ――悲しいなぁ」







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