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第九十三話 約束











『――ことのはじまりは四百年も前に遡る』


 六条の言葉が、屋敷中の者へと伝わっていく。声はなく、直接意識に思念が伝播していく。

 誰も彼もが困惑顔で、事態がよく呑み込めていない。ようやく魔害物どもを駆逐し終えたところにこれだ。当然に驚いてしまって理解に至れない。そもそもどうやってこの意志は自分に届いているのかさえ、わからない。

 それでも六条の話は続く。ある意味で無遠慮に様々な感情を、思いを乗せて語られていく。それは物語。はるか昔の条家十門を舞台にした、秘されてしまった物語。羽織りを纏った青年が、全てを救った物語だ。

 六条にとって、その物語は幾度も幾度も父に聞き、反芻し続けて、もはや記憶に刻まれた認識と言っていいほど大切なこと。言葉と思いはすらすらと流れ、淀みなく伝えていく。

 一方で語り部たる六条は、告げる思いと同時に思い出す。この物語に、自分がはじめて介入した時のことを。

 いつかの出会いを。約束された再会を。



「よぅ、あんた六条家当主だろ? おれは――」

「羽織殿、ですね」

「? なんでおれの名前知ってんだよ。……って、ああ、お前らの能力か」

「能力? そうですね、能力です。六条の“遠方の知覚”により、私は羽織殿をよく知っておりますよ――四百年も昔から」

「!」

「私は、いえ、我ら六条家はあなたと約束をしました。必ず、四百年の後に、あなたの力になると」

「まさか……」

「ええ、我ら六条家はずっとあなたのことを子々孫々語り継ぎ、ようやく四百年経って、私が約束を果たすことができる」

「嘘だろ……ほんとに、四百年間継いでいたってのか」

「久しき時の向こうで約束を果たす者――私の名は時久、六条 時久と申します。どうぞお見知りおきを」


 微笑の時久に、羽織はなにを言葉を返せなかった。

 四百年。四百年だ。

 四百年間、一所に留まらずに孤独に苛まされ。

 四百年間、ただ自己を鍛え上げるためだけに過ごし。

 四百年後、こうしてやって来たが、条家十門は自分のことなど忘れ去っていて、また孤独に戦い続けるのだと思っていた。

 なのに。なのに。

 遥か四百年も昔の約束を、覚えていてくれた者がいた。こうして自分を出迎えてくれた。

 堪え切れずに、羽織はざっと四百年ぶりに涙を零した。



 ――その涙が、どれほど我らの報いとなったのか、あなたは知る由もないのでしょうね。



 歴代の六条の当主たちは、彼のことををずっと見ていた。己が魂魄能力で、彼をただ見据えていた。

 どうせ四百年も生きれぬ脆き身。彼に近付くことさえできすに、ただどうしようもなく眺めていた。

 彼の苦難を、彼の苦痛を、彼の苦境を。

 四百年、六条の当主は語り継ぎ、知覚し、やがて四百年後の自身の末裔が彼の助けになるようにと願って果てた。

 六条 時久は、その全ての願いを背負って生まれた。

 魂に刻まれた彼への罪悪感、畏敬の念、哀憫の情、全てを受け継ぎ六条は彼を待った。

 四百年の年月と比すればたかだか数十年。それが千年のように感じるほどに焦がれ、ようやく出会えた。

 ――そして彼は、我らのために涙を流してくれた。

 それだけで、全てが報われた気がした。四百年を積み重ねた魂は、無駄なんかではなかったと心底から思えた。


 かつて先祖と彼が交わした約束。

 ――四百年ののち、我ら六条家は必ずあなたの力となりましょう。

 それは他人と他人との、どうでもいい約束のようで、しかし六条の魂に刻まれた最も尊き約束。


 四百年前、彼は全てを救ってくれた。

 四百年後、彼は再び救いに来てくれた。


 ならば今度は、自分が彼を助けねばならない。

 そして、その想いが、どうかこの言葉を聞き届ける同胞にも響いて欲しい。

 六条は祈るように過去を語り続けた。








「なあ羽織」


 ふいと雫が口を開く。未だに六条の語りは続いているが、彼女にとっては先ほど聞いた話なので、まあ聞き飛ばしていいかと羽織に向く。


「お前と六条様って、結局どういう関係なんだ?」

「……ま、無茶な約束とりつけた馬鹿と律儀な子孫って感じだな」

「わからんぞ」

「わからんでいい」


 言い切って、羽織はそれ以上言わせない。

 それでも雫がなにか言ったろうかと口を開いて――その時、別の声が割り込む。


「羽織さま!」

「浴衣、様」


 雫に斬られた怪我を自分で癒していた浴衣が、その治療を終えてふたりのもとへと駆け寄ってきた。

 羽織は、複雑な表情でなんとか言葉を作ろうとする。繕おうとする。


「浴衣様、あなたは……」

「羽織さま」


 浴衣はなにも言わせず、ぎゅっと羽織の手を握り締める。


「あなたがどんな過去を持ち、どんな人生を送っていたとしても、わたしにとってあなたはかけがえのない人です。大事な人です」

「え、あ、はい……ありがとうございます」


 突然にそんなことを言われて羽織も反応に困る。そんなことを言われるとは思ってもみなかった。

 だが言うべきことを忘れてはならない。


「いえ、そうじゃなくてですね、浴衣様はここから離れて――」

「離れません」

「えぇ……」

「わたしは羽織さまから離れません。あの魔害物が世界を壊すほどに強いのなら、なおさらです」

「……いえ、極力逃げてほしいのですが。理解できないかもしれませんが、あれは条家十門が束になっても返り討てるくらいの……」

「でしたら、やっぱり羽織さまから離れたら死んでしまいますよ。護ってください」


 浴衣は頑固だ。一切、自身の主張を曲げない。羽織は、それでもなんとか言葉を尽くす。逃げてもらいたいから。生きていてほしいから。


「あー、いや私なんかじゃ、ちょっとあれからあなたを護るのは難しいでしょう」

「羽織さまは、強いですよ。魔害物なんかに負けたりしません」

「……いくら強くても、もしもっていうのはあります」

「――私にもしもはありえません。羽織さまが、護ってくれますから」

「っ」


 それはいつか言われた信頼の言葉。そして、その時から今まで、言葉に乗った信頼に変化はない。浴衣の魂は不変に羽織を信じ続ける。

 絶句していても、浴衣の言葉は続く。弁舌に冴えた羽織を、笑顔の浴衣が言いくるめる。


「あ、あとですね、羽織さま」

「なん、ですか」

「どうか生きてください。お願いします。あなたが死んでしまえば、わたしも生きてはいられませんから」

「…………」


 恥ずかしそうに、はにかむように、浴衣は決然として言った。

 それはまるで愛の告白のようで、家族への親愛の手紙にも似て、ただ優しい人の慈愛のようでもあった。

 果たしてそれがどれであっても、羽織には身に余る。こんな時に泣きそうになりながらも、浴衣の手をしっかりと握り返す。


「――わかりました。全力であなたを護り、そして生き延びましょう。あなたのためにも」


 いつだって善意に、勝るものはなし。羽織はうな垂れて、もうなにも言えずに肩を落とした。思わず雫はその肩を同情するように叩いてやった。


「じゃあ羽織さまに雫先輩、治癒が必要なら言ってくださいね」



 ――魔害物の卵は、静かに少しずつ胎動をはじめている。













 六条の話も無視して、胎動する卵も無関係に、親子喧嘩はヒートアップを続けていく。

 彼らだけは、もはや本筋とは一切の係わり合いがない。ただ傍で喧嘩を続けるハタ迷惑な親子である。

 だが、それ故に、彼らは世界の終わりさえもどうでもいいと一片の迷いもなく断言できて、それ以上に大事な目の前の親子を消し去るのだと吼えるのだ。


「くそ親父が、娘に隠れて逃げ惑うってのはどうなんだい、本当心底軽蔑するね」

「麗しい家族愛をそんな言い草じゃあ、君もいい父にはなれないよ?」

「うるさい!」


 左手、手袋より“空間の歪曲”が発動する。ねじ切るようにマッドを狙い――リーレットによって払われる。

 瞳は青から赤へ、そしてまた赤から青に変色。

 直後に少女の手には銃砲が具象化。滑らかな動作でトリガーは引かれ、射出。轟音。ジャックへと飛来する。


「っ」


 素早い転換についていけない。ジャックへと弾丸は着弾――せずに火炎が身を守る。

 そして弾丸は爆発。爆風爆炎は炎に呑まれてジャックにはそよ風がくすぐる程度におさまる。だが、“火炎の守護”は一撃で吹き飛ばされた。

 そこを連射。リーレットは続け様に銃火を浴びせようとして、突如視界がブレた。身体が宙に浮いていた。転ぶ。すぐに具象を解除、誤爆の自爆を防ぐ。代わりに“転倒の強制”に抗う余力は失せた。顔から地面にぶつかる。

 即座に跳ね起きる。空気の嫌な流れ。具象化、相殺。“空間の歪曲”を捌く、いなす。

 切り替え。

 ひゅんひゅん、という風切り音がジャックにまで届く。加速しその場から離れる。次瞬、ジャックの居た場所の空気が揺れる。大地に裂傷が走る。見えないほどに細い糸が迸った証拠だ。

 逃げるジャックを追撃。糸が消え、今度は大剣を持つ。あれは確か重力を――


「なっ」


 リーレットは大剣を背に振りかぶり――斥力。それを推力に自身を弾丸のように撃ち出す。ジャックへ向けて一直線に飛びかかる。そして大剣を片手でもって振り上げ、振り下ろす。

 慌てて転がるように回避。斥力。大地を叩いた大剣の余波だけで、ジャックは吹き飛ばされて地に転がる。


「くそ」


 やはり、強い。最終最強と銘打っているだけある。

 反応が早く、切り替えが早く、判断が正確。複数の能力を保持して、それを適宜最適を選ぶ。

 翻ってジャックは特に戦闘上手というわけでもない。彼は生粋の裏方だ。そもそもこうして真っ向から戦うなんて状況自体ほとんど経験がない。

 それでもマッドは殺したい。殺さねばならない。できもしない喧嘩に精をだして、握ったこともない拳を必死で固めるのだ。


「お前だけはァ!」


 ジャックの目には父親しか映っていない。憎き男だけを目指して力を注ぐ。

 それを、リーレットが邪魔立てする。


「くっ」


 お前なんかどうでもいいんだよ。ジャックは吼え、能力発動。その姿を消す。


「!」

「おや」


“姿の隠密”――ジャックが理緒から奪った以外の、唯一手に入れることのできた遺魂能力。

 消えてしまえば邪魔もできまい。ジャックはリーレットを迂回するように走る。マッドだけを目指す。

 だが。


「甘いなぁ」

「っ」


 リーレットは銃砲を具象化。ぴたりとジャックへと銃口を向けて、射出。


「な……っ」


 驚愕に回避は遅れ、爆炎は容赦しない。身を焼かれ、爆風に吹き飛ばされて地に沈む。激痛が全身を襲い、その苦痛で集中は途切れて隠密も立ち消える。ジャックは不様に這い蹲った姿を晒してしまう。

 だが何故。姿を消していたのに。今のジャックはまさに透明人間の状態、見えず気取られるはずがない。

 それは慢心だ。この世に消える力があるなら、それを見破る力もある。


「っ。先代に……残した……“視力の拡大”、かっ!」

「いやいや、オリジナルのほうだよ。彼女が奪った男から、見盗んだだけだよ」


 それは当然の結末。非戦闘員のジャックが、戦闘用ヒトガタのリーレットに敵うはずなどなかったのだから。

 マッドは決着を見て取り、ゆらりと前へと出る。ジャックに憐憫の視線を送り、声をかける。


「これで、終わりだねぇ」

「だれっ、が!」


 起き上がろうとするジャック。だが、その途端に全身が重くなる。重力が増した。マッドの横で、リクスが大剣を具象化していた。

 ジャックには、もはや這い蹲るしかできやしない。


「さよならジャック、我が息子。大丈夫、殺しはしないさ、ただ手足を奪っておこうかな? これ以上邪魔立てされでも困るからねぇ」

「……ファックだよ、クソ親父」


 リーレットは、握る大剣の能力“重力の制御”を執行。ジャックの手足だけに集中し、圧壊せんと――


「っ」


 咄嗟にマッドを担いでその場を離脱。

 そして直後にジャックの真横に突き刺さる巨大な弾丸。爆発は――しない。

 牽制だったか。

 リーレットは即座に弾丸の射線、撃ち出された方角に目を向ける。マッドもまた、予感しつつも振り返った。

 そこに立つのは、ああやはり少女である。


「やらせない」

「……そうか、まだやる気かい、リクス」」


 リクス。

 マッドの娘にして、ジャックの姉。先ほどリーレットに敗れたはずの少女は、銃砲を構えて再び立ち上がっていた。


「姉ぇ、さん……なんで……」

「私も家族、だから」


 リクスの言葉に、マッドは笑う。大いに笑う。


「そうだねぇ、私たち三人で、家族だねぇ」

「お前っ、が、混ざってくるな!」


 ジャックの獣のような叫びを気にせず、マッドの視線はリクスの隣へ。


「しかしけれど、どうしてかなリクス。家族じゃない者まで連れてきたのは」

「はっ、決まってんだろ。お前らまとめてぶっ飛ばすためだ!」


 そこにあるのは二条 条である。


「どうやら羽織の力を使えると言っても、出力までは同じじゃないようだね。こうしてすぐに戻ってこれたよ」


 そこにあるのは九条 一刀である。


「はぁ、疲れた……」


 そこにあるのは九条 八坂である。

 ついつい先ほどリーレットの模倣“万象の転移”を食らい、どこぞへと転移されたはずの四名である。

 だが、一刀の述べたように、少女の模倣では転移範囲が著しく狭くなっていた。それに七条の者たちが結界を敷いているのだ、屋敷内にしか転移できない。すぐに急げば帰ってこれた。あれは完全な時間稼ぎの一時凌ぎだったのだろう。それで羽織から魔害の核を取り出せているのだから、問題はなかったのだろう。

 しかしこれは予想外。ここに来て、この決定的な場面でまだこちらに向かってくるとは。マッドは呆れたように肩を竦める。


「君たちは今、六条殿が話している声が聞こえないのかい? 私なんかに構っていないで、ほら、向こうで羽織が待っているよ?」

「勿論、聞こえてるさ。本当に、驚くことや腑に落ちることばかりだよ」

「隠し事は察してたけど、思ったよりでかい」

「水臭ぇ奴だよ、話てくれりゃよかったのによ。後で一発ぶん殴ってやる」

「羽織なら向こうだ、行くといいよ」


 それぞれの感想はある。思いはある。確かに正論としてマッドの言うように向こうの手伝いをすべきだ。だが。けれども。けど。


「羽織がよく言ってたぜ。おれに助けを求めるなってな。俺はあれ、自分のことは自分でやれって意味だと思ってる」

「おれも、それくらい。だから」

「うん、僕もそんな感じかな。まあ、つまり一度負けた自分のこと」

「放っておけるほど大人じゃねぇんだよ」

「端的に言って――」

「「「負けっぱなしでいられるかよ!」」」


 三人は、そう断言した。

 この世の危機より、大事なことがあると。

 負けたままではいられないと。

 なんて、あぁそれは


「――存外、世の中馬鹿ばかりなんだねぇ」


 マッドですら苦笑してしまう。

 横のリクスも微笑している。


「は、いいんだよ馬鹿でな。頭いい奴が上手いことやってくれる」

「まあ、羽織ならなんとかするんじゃない?」

「他力本願だけど、信頼だから」


 彼は助けを求めるななんて嫌がるけど――いつだって最悪の時は助けてくれたから。

 この災厄だって、きっと大丈夫だ。


「これでも、信じてるんだ僕たちは」

「雫もいるしな」

「他の当主方も、来るでしょ」


 それに、誰もが口にすることすらしないで前提としているが――ここでとっとと勝って助けにいけばまるで全く問題なしだろうが!


「第二ラウンドだ、今度こそぶっ飛ばしてやる!」








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