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第九十話 模倣







 覚悟はとうの昔に決まっていた。肝ははじめから据わっていた。

 だからリクスは躊躇いなく引き金を引く。魂の具象たる銃砲は意志に応えて轟音を吼え、殺意とともに弾丸は射出される。

 貫き撃ち抜き爆裂する破壊の権化。砲弾のごとき爆撃の化身。

 射線上にはただひとりの少女、ヒトガタの少女、リーレット。

 焦燥の欠片もない無表情で手をかざし――弾丸は途中で切断。直後に爆発。


「!?」


 なんだ。今なにが起こった。触れられたわけでもなく、唐突に中途で弾丸が真っ二つになった。

 能力かなにかで切られた? なにに? 刃? 見えない、不可視の、刃? 一瞬、引っかかりを覚えるが、


「っ」


 爆煙を突き抜け、リーレットが襲い来る。思考放棄、銃身を回転させる。杖術の要領で横薙ぐ。接近される前に叩きつける。流麗なる一撃は達人の技前、突貫体勢で避けうる道理はなし。

 瞬間、リーレットは動揺なく無骨な大剣を具象化した。


「!」


 ここで具象化、具象武具が大剣。なにがしたい。

 閃いた思考とは別に腕は止まらない。銃身でぶん殴る。それを大剣が受け止めるが――関係ない。触れればそれで爆発する。炸裂、焼いて打つ。

 しかして爆破は外へ向く。


「!?」


 今度こそ意味がわからない。混乱する。四方八方に爆炎は拡散し、周辺を焼き尽くすはず。それが何故かリーレットの側を除いた方向だけに爆発が向く。不自然にリーレットだけが爆破の被害を被らない。

 驚愕の頃には大剣が消失し――右ストレート。ぶん殴られる。

 殴られ、吹き飛ばされ、なんとか耐えて地面を踏み締める。思考が走る。

 何故、具象を解除した。剣で斬りかかるのに予備動作が必要で、立て直されるのを考慮し即座に打てる拳で来た、まではわかる。だが、それで具象解除してはインターバルが――


「なっ!?」


 顔を持ち上げれば、リーレットは銃口をこちらに向けていた。

 リクスの具象武具たる巨大銃砲、まったく同一のそれを、なんらの不自然もなく握り締め、差し向けていた。

 そして引き金が引かれ、射出される弾丸。

 殴打された直後、驚愕に浸された精神。回避の余地はなく、余裕も皆無。音速で飛来する弾丸はリクスに直撃――


「――させないよ」


 爆音が鳴り響く。派手な轟音は大地を揺らし、震えが走るほどの衝撃を撒き散らす。

 それを受けて立ち、受けて止め、なお立ち塞がるはこの男しかいない。


「くっ、九条 八坂?」

「無事、だね」


 ちらと振り返る顔は気だるげで、今今爆発にさらされた人間の顔とは思えない。

 すぐに隣へやってくる青年は勿論、相棒たるこの男。戦況状況の確認をまずはじめに。


「それでリクスさん、こちらのあなたそっくりの女性はどなた?」

「九条 一刀……。あれは、父の能力で生まれたヒトガタ」

「あぁ、そういえばあの無表情には既視感があるね、以前戦ったことがある」

「俺はねぇぞ」

「二条 条まで……」

「よー、助けに来たぞー」


 条は軽い調子で続いて、リクスはわけがわからなくなる。

 なんでここに。何故わざわざやって来る。どうして、


「どっ、どうして――」

「当主様方のお陰で、魔害物どもも減ってきた。俺たちもやれるって」

「違う! どうして私を助ける?」

「は? どうしてってそりゃ、もう仲間だからだろ」


 え、違うの? と言いたげに条は一刀と八坂を見遣って確認。


「違わないよ、少なくとも僕の主観だと」

「まー、庇う相手は選ぶ」

「っ」


 浴衣以外にはまだ警戒されていると思っていた。容易く信じてもらえず、間者の扱いであると思っていた。

 友達なんて、そう簡単にできないと思い込んでいた。

 やはり自分は愚かだったのだろう。小難しく考えたぶんだけ無駄だったのだろう。だって条らの笑顔に気負いなんてなく、軽々そんな風に断言している。当たり前だから。


「って、本来は消えちゃった浴衣ちゃんを探してたんだけどね」

「っ! 浴衣が!?」

「安全地帯のはずだったんだけどね、それで逆に油断した。予兆もなく突然に消えちゃって、おそらく敵の能力だと思うけど」

「覚えがある。私もそれをされた」


 雫とふたりで緋美華のいる空間に突如落とされた。あれと同じことを浴衣にもしたのだろう。周囲に目があって、強者が隣り合わせでいても、あれを知覚、回避するのは困難だ。

 であれば、どこぞへ歩いていったあの女が浴衣の命を握っているということ。一刻も早く追いかけ、浴衣を助けねば。


「お話は終わったのかい?」


 不意にマッドが口を開く。リーレットの背でなにをするでもなく突っ立てるだけの癖に偉そうに。


「私は急いでいるんだがねぇ。羽織が使い物にならなくなっては困るのだよ」

「誰? というかどういう状況?」


 今更ながら重要なこと。よくわからないままに庇った八坂の問いに、リクスは手短。隙を作らないようリーレットを睨みつつ言う。


「あれは今回の敵のひとり。マッドサイエンティスト、七条当主を狙っている」

「え、七条当主様?」

「私が戦っている内にもう後方へ撤退した。それと羽織と加瀬 雫が、どこか別にいるもうひとりの敵と接触していると思われる」

「そっちは二人に任せようか。僕らはここで彼女と彼を打倒する」

「なんでもいい」

「要はあれをぶっ飛ばせばいいんだ、な」


 言葉の尻で条は駆け出す。うだうだ駄弁っていられるほど、現状は緩くない。

 まだまだ戦場には魔害物が徘徊し、戦闘がそこかしこで発生している。元凶だと言うなら、可及的すみやかに討ち取るべし。討ち取るべし。


「つまりぶっ飛ばす!」


 女だろうが容赦しない。条は全力――発勁連枝法。

 駆けた足から腰へ、腰から肩、肘、腕、拳と力を繋げて強化。一撃を強化。ぶん殴る一撃を――強化!

 大砲の如き破壊力をもって、リーレットに拳が振り下ろされて――


「なっ」


 受け止められる。手の平で、容易く、受け止めた。

 条の全力の一撃を、真っ向から受け止めて目立ったダメージなし。なんて耐久力だ、ありえねぇ。

 動揺の頃には返す拳でコメカミを打たれる。強化された筋力ゆえ、条はぶっ飛ぶ。脳をぐあんぐあんと揺らされ木の葉のように吹き飛ばされる。


「条!? くそっ」

「待って。九条 一刀! あなたは力を使っちゃいけない!」


 リクスは駆け出そうとする一刀を掴み、その足を止める。感情的に早まるなと。


「えっ、それはどういう……」

「先から不可思議だったけど、今ので確信した。あのヒトガタ、時折、目の色が変わる」


 リーレットは常態ではオッドアイ。無機質な赤と青の瞳を輝かせている。

 だが戦っている最中、時折少女の瞳の色が変わる。赤が青になり、両目の色が揃う時があったのだ。短時間だったが、リクスは見逃さなかった。その変色のタイミング、規則性も。


「能力を行使する時に目の色が青に変わる――いえ、おそらく、戻っている」


 複数の能力行使、リクスと同じ能力の使用。そして時折変色する瞳。ここから導かれる能力は、


「彼女の能力はおそらくコピー。別の能力を見て、真似る力」

「なっ、コピーだって!」

「だから九条 一刀、あなたの能力を見せてはいけない。一条の力をコピーされるのは、最悪だ」


 能力の推測に対し、マッドは一切隠すこともなく拍手をする。明答と褒め称える。


「ほう? 流石は我が愛娘だねぇ、その通りさ。リーレットの魂魄能力は“魂魄の模倣”」


 隠す気などなく、秘匿の意志などない。愚かしいまでにあっぴろげで、不利になろうとより楽しい演出を好む。

 戦闘者からすれば阿呆極まりなく、敵対者とすれば情報はありがたいがうざったいことこの上ない。


「あの時、羽織の語った言葉を聞いて私は思った。羽織の能力をもった別の魂が必要だ、とね。そういうコンセプトをもって造り、出来上がったのが、この子さ。まあ、その少し前に聞いたとある魔人の能力が無意識に参照されたのだろうね」

「……魔人?」


 引っかかる物言いだ。だが、気にしている余裕はなし。考える余地を与えるほど、マッドの弁舌は途切れたりしない。


「どうするのかね? もう既に彼女は二条と八条の力も見て覚え、その身に宿しているよ? 一条はまだだけれど、それでも条家ふたつの能力だ。破格だろう? さあ、退いてくれないかい? 私は先を急いでいるんだ、できれば自分から負けを認めて退いてくれると助かるのだがね」

「……ち、そういうことかよ……通りで硬いと思ったぜ」


 ぶっ飛ばされた条が立ち上がり吐き捨てる。


「八条の力使って耐えたな、コン畜生」


 頭を押さえながらもしっかり両足で地面を踏み締め、まだまだと拳を握る。

 条家十門二条家直系、この程度でやられはしない。


「ふむ、頑丈だね。一番脆そうな二条でもまだ立てるかい」

「当ったり前だ! ブッ倒すまで倒れねぇぞ! 条家十門舐めんな!」

「時間をかけるのも困るなぁ、私は急いでいるからねぇ」


 ううん、と考える素振りを見せてから、マッドは両手を開いて歓迎するように言った。


「――リーレット、面倒だ、アレを使っていいよ。手早く始末しなさい」

「了解しました」

「あれ、だと――?」


 と、一刀が疑問を抱こうとした――瞬間にリーレットの姿が掻き消えた。


「!?」

「っ!」


 最も敏感に反応し、最も素早く動き出した八坂。姿が消えた。関係ない、守るだけだ。

 故に、リーレットがやはり突如として目の前に現れても反射で庇うことができて。

 故に、最初に八坂が消えた。


「なっ、え? 八坂?」


 影も形も残らず掻き消えた。一瞬で、人間大の、耐久力において人外にも勝る八坂が、欠片も残らず消失した。

 その意味不明、信じがたい事態に停止してしまうのは若さか、信頼か。

 リーレットの魔手は続いて一刀を捉え――消す。


「っ、雄ォォォォォォオオオオオ!」


 そこで条が拳を振りかぶり、殴りかかろうとして――そんな大振りよりも小さくさりげない一撫でで、振り下ろされる前に消し飛ばされる。

 最後唯一残ったリクスが、全容をその目で認識し、理解する。何が起こっているのか、なにが起きたのか。

 あぁ、あぁ、それは最悪だ。最悪の上に最悪だ。だって、だってそれは、その能力は!



「はっ、羽織の! 羽織の“万象の転移”!」



「その通り。つまり飛ばしてるだけで死にはしない、安心して戦線離脱しなさい」

「ま――」


 言葉すらもともに、転移。

 リクスは消え去り、残るは羽織り纏ったリーレットとマッドのみ。


「さてと、彼のもとへ行こうかね、リーレット。お楽しみはこれからだよ。

 ふふ、ふはは、はははははははははははははははははははははははははははははははははは――!!」


 そしてリーレットはマッドの元へと転移して戻り、マッドに触れてまた転移。どこへともなり消え去った。

 彼の狂人の笑声だけが結界内に反響残響、全て嘲笑っては木霊し続けた。















 どーでもいいキャラ紹介



 最終最強のヒトガタ――リーレット


 魂魄能力:“魂魄の模倣”

 具象武具:片義眼

 役割認識:模倣者

 能力内容:他者の魂魄能力と具象武具を模倣する。義眼が赤い状態で見た能力を模倣し、模倣能力の使用時には義眼が青くなる。能力はストックも可能だが、使用はひとつきり。同時に能力併用はできない。また模倣した能力はオリジナルとひとつの差異(およそ劣化)が生じる。

 その他:マッドが隠匿生活の中で創り上げた、ロールや前期個体を参考にさらに強化した最強のヒトガタ。また、羽織の発言をもとに『羽織ではない羽織の能力を扱える者』というコンセプトとし、とある能力を参考にして出来上がった。



 模倣能力


 魂魄能力:“武具の鋭化”

 具象武具:糸

 差異は糸の長さが本来より短いこと。


 魂魄能力:“重力の制御”

 具象武具:大剣

 差異は斥力のみで引力操作ができないこと。


 魂魄能力:“爆撃の生成”

 具象武具:大砲

 差異は銃身での爆発が不可なこと。


 魂魄能力:“耐久の増幅”

 具象武具:服

 差異は能力で全身を覆えず、耐久増幅箇所が一部分のみで流動させねばならないこと。


 魂魄能力:“万象の転移”

 具象武具:羽織

 差異は転移先指定範囲が狭いこと。



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