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幕間 封鎖・内々







「――ここは、」


 どこだ。

 ふと気がつけば周囲に誰もいなかった。一条はただひとりで静まり返った空間に佇んでいた。

 そこは一条の屋敷、一瞬前となんら変らぬ様相で、いつも住まう慣れた場所――否。


「違う。模しているだけで、ここは俺の屋敷ではない。いつの間に、別空間に飛ばされたか」


 空間作成系統の能力で、現実の空間を模倣した亜空間をつくったのだろう。これは、この感じはおそらく七条の“空間の隔離”、その応用技法か。

 では、七条に不意を討たれて隔離されたか。だが、この一条家当主にして十門盟主の男を抵抗許さず気付かせずに、別空間に引きこめるほどの強者――当主か?

 思案していると、不意に新たな気配に気付く。ひとりきりだった世界に、新たなひとりが送り込まれたらしい。

 七条当主かと見遣れば――別人。三条、三条家当主であった。


「三条か、どうしてここに。いや、お前も不意を突かれたか」

「いえ、一条様。オレは望んでここにやって参りました」

「……なに」


 奇妙な落ち着き。なにより三条は今、おかしなことを口走った。

 一条は、目を細めてごく自然な動作で柄に手を置く。警戒度をひとつ上げて慎重に問う。


「それはどういう了見だ、三条。この空間は七条のものと思うが、ふたりで結託してオレを隔離してなにがしたい」

「余裕ですね、それでこそですが」

「……話さないなら、武力行使も辞さないぞ。これは裏切りだ」


 三条に取り合わず、一条は嘆息した。

 現状の意味は不明だが油断を突いての隔離だ、敵意ありと看做していいだろう。ならばあまり会話に付き合ってやるのも気が進まない。会話は呼吸の無駄で、情報の無駄。有無を言わさず欲しい情報だけとって終わりだ。

 流石に知己だけあって問答無用で叩きのめしてから吐かせればよいとまでは冷徹になれない。できれば勘違いであってほしいとも思う。だからこその問いだったが、はぐらかすなら仕方がない。

 嘆息ひとつで三条は一条の意志を汲み取り、韜晦をやめる。最短で簡潔に話すことにした。ここにふたりでいるワケを。


「オレは――オレはあんたと戦ってみたかった。全力で、命を懸けて、ただ殺し合いたかった」

「……なに」

「オレとあんたは条家十門当主だ。他の退魔師を率いて世を守り、影に徹して魔害物を殺す者だ。その最上位にあることを自負し、誇りとし、誰より強くあらねばならない存在だ。

 私情を挟むことは許されない、我が侭なんぞとうの昔に忘れた――ただ己を磨き、強さを求め、全てを守ると誓った」


 それは世の守護者たる魔益師、退魔師の言葉。

 千年間、魔害物という敵対者と戦い続け、僅かの休息もなくただただ殺して、殺して、殺してきた一族の本音。

 末裔たる彼は、その宿命を恨みはしない。むしろ誇りに思う。我らが世界を守っているのだと、誰に知れずとも自己満足だけで慰みにはなる。

 この世の行く末など知らない、人類の発展衰退どうでもいい。だが守る。救われた命の使い方など勝手に決めればいい。ただ、死は許せないから。

 だから戦い続ける。守り抜くのだ、永遠に。

 それが条家十門当主であり、三条家当主の叫び。矛盾する思いを抱くがために苦悩する束縛の信念。


「そう、これが我らの信念、理念――理想。わかっている。わかっているとも、ああ、存分にっ。

 ――それでも、疼くこの思いがオレの内から消えやしない。修行に明け暮れ、殺しに没頭し、仲間たちと語り合っても、消えない妄執」

「……それが、オレを殺したいということなのか」

「違う」


 そんな遺恨や憎悪など欠片もない。

 では、どういう。一条が問う前に、三条は自ら語る。


「簡単なことだ、オレはオレを最強だと思っている。誰より強いと信じている。あんたにも勝てると、オレの魂は確信しているんだ」

「そうか、そういうことか……」


 つまり、全力での一条に勝てると信じる己が抑え切れない。

 単純明快だ――要するに、オレこそが最強であるという狂信である。

 理緒にもあった、魔益師なら誰にでも少なからず存在する、原初の認識。戦いが誰か別の存在を必要とし、その誰かを蹴落とし己を肯定するための行為ならば、誰よりも強い己の理想は戦場では必須と言ってもいい。自己肯定の意志が薄弱で、他人を完膚なきまで否定する戦闘行為などできようはずもないのだから。まして魔益師は認識で己を改革する者、自分を弱いと認識して勝利を得るのは困難だろう。

 僕は強い、俺は最強、私は無敵――誰もが奥底で信ずる共通認識と言える。強者であればあるほどに、その念は強くなっていく。それがため、本当に最強に近い三条であれば、狂おしいほどの情念となってもおかしくはない。今までその片鱗すら見せなかったのは、強靭なる自制心の賜物か。

 そして、最強の証明を果たしてみせるためには、現行最強たる者を打倒するしかない――条家十門と一条を、裏切るしか道がない。一条と殺す覚悟をもった全力で戦うだなんて、味方の内ではありえないから。


「ずっと、ずっとずっと我慢してきた。こんなくだらない妄念を抱えた愚かを自嘲し続けてきた。なんて馬鹿なのだろうとな。それでも、幾ら年月を重ねても薄れるどころか増していく。鼓動が加速して、幾ら抑え込んでも噴出する」


 きっと千の苦悩があったのだろう。万の苦渋と、億の葛藤に身を浸したのだろう。

 仲間たちとの日々、この世界の安寧、己の誇り――ありとあらゆるものを放り捨てなければこの状況には至らない。

 三条にとって今までの日々が幸福でなかったわけではないはずだ。一条の強さも尊敬していたし、他の当主たちと衝突はあっても守護の意志は変わりない仲間と信じあっていた、同門の親族たちとは不和など少しもなかった。彼は頑固で、堅物なところもあったが、決して悪人ではなかったから、己の我が侭の愚かしさが許せなかった。

 はじめから悪人であればよかった。定められた運命が悪魔であれば躊躇わなかった。悪鬼であればこうまで苦しまずに思いのままに殺し合えた。

 だから彼は、悪鬼羅刹の声に導かれなければ、おそらくは永遠に己の我が侭を封じたに違いない。不幸は、悪魔の囁き。あの女との出逢い。


「あの女?」

「いえいえ、それはどうでもいいんですよ。ただね、一条様、こうして呑気に話している間にも、外は酷い状況なのですよ?」

「どういう意味だ」

「おい、外を見せろ」


 誰に向けてか、三条が不機嫌な声で言いつける。

 すると虚空の空間が開き、外の様子だけを写し取る。接続せずに映写だけする技法である。

 そして、その光景に一条は言葉を失くす。


「なっ!」


 魔害物、魔害物、魔害物。

 屋敷を覆う悪意の魔物と、それに抗う十門の戦士たちの姿が見せつけられる。

 破壊と闘争の坩堝。血が流れ、怒号が叫ばれ、殺意が満たす戦場。魔害物という暴威の権化に仲間たちが必死で抗っている。

 瞬間、一条は沸騰し、噛み砕かんばかりに歯噛む。何故、自分は彼らの逆境にともにいないのだ。ああ、くそが早く、早くあの場へ行かねば。

 対面する三条もまた遣る瀬無い顔をしつつも、言葉を続ける。この最悪の光景は覚悟の上で、呑み干さねば己が悲願は達されない。


「今、一条の屋敷はこの空間を閉ざしている女が封鎖しています」

「ここは二重封鎖の空間というわけか」

「はい。そして、ここにはオレとあんたのふたりだけですが、向こうには他の全員と、七条が封じていた上位種の魔害物」

「っ」


 道理で精鋭たる同胞たちが苦戦しているわけだ。あの数の上位種であれば、条家十門とて全滅しかねない。

 もはや細かいなにそれを考えている場合ではない、一刻も早く戻らねばならない。たとえ目の前の同胞を斬り捨ててでも。

 戦意の向上、抜刀秒読み。それを見取った三条は、にやりと笑う。最後にもう一押し。わかりきったことを言ってやる。それが起爆剤になると理解しながら。


「一刻も早く、ここを抜けねばならない――条家十門の退魔師ならば」

「お前は、その役目を捨てるというのか」

「……もう捨てましたとも。あんたと戦う、そのためだけに。いや、もうひとり気になる者があの女の話では、いたな」


 意志の硬さもはや揺ぎ無く、なにを言っても無意味だろう。それだけの覚悟もなければ、勝っても負けても全て失うことになる裏切りなどできようはずもない。

 ――三条は、この場で死ぬつもりなのだ。勝利しても、敗北しても、無関係に。

 裏切りの罪科を購うために、それだけは既に彼の中で確定しているのだろう。

 ああ、お前は本当に、本当に。


「コノッ、大馬鹿野郎が……っ!」

「知っているとも!」


 瞬間、ふたりは抜刀し、己が魂をその武具に宿す。

















「くすくす、くすくす」


 笑う。哂う。嗤う。

 女はひとり、ひとりきり、ただただ笑って全てを俯瞰する。

 封鎖の内側にて抗う十門の退魔師たちの奮戦を、無駄な徒労と嘲り笑う。

 封鎖の内側のさらに内側にて戦うふたりの男の真っ向勝負を、阿呆の妄執と嘲り笑う。

 なんて愚かな子たちだろう。

 なんて不様な子たちだろう。

 みんなまとめて彼女の手の平の上で踊る猿に等しい。滑稽な踊りに、女は笑ってあげるのが礼儀とばかりにくすくす笑い続ける。

 ひとり、十門大半の者がいる空間でもない。

 ひとり、一条と三条が真剣勝負を繰り広げる空間でもない。

 ひとり、厄介と別個隔離して魔害物に襲わせている七条たちのいる空間でもない。

 ひとり、完全にひとりきりの空間。

 彼女はよっつの亜空間の支配者、他のみっつを睥睨する中央空間に座す“空間の隔離”の担い手。

 くすくす、くす……不意に笑みがやむ。

 いや――。


「そろそろ主役のご登場かしらねぇ」


 笑みの質が変わっただけだ。笑顔には違いない。だが嘲弄の悪意から、恋する乙女のような待ち焦がれる笑みへと変化している。それが一目でわかるほどの激変だ。

 別の場所にて呼び出しをうけ、空間の通路を作る。また別に五つ目の空間を作り出し、ふたりの協力者を招待する。

 彼と彼女が戻ったということは、そういうことなのだろう。

 この時期には毎年外出しているあの男に、情報が伝わった。ならば急いでやってくるに違いない。それが彼の彼たる所以なのだから。

 そうよ、おいで。あぁ、あぁ、早く。早くおいで。


「ねぇ、“薄汚れた衣”――羽織?」


 くすくす、くすくす。

 女の笑声は、絶え間なく亜空間に響き続ける。

 ただひとりの世界にて、誰に届くこともなく。









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