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学園で婚約破棄なんてするんじゃありません!

作者: 夏樹
掲載日:2026/05/02


婚約破棄ってだいたい学園でされますよね、ってところから別視点で書いてみました。

ざまぁは特にありません。


「エレオノーラ・バルシュミーデ! この場で私とお前との婚約破棄を宣言する!」


(((や、やりやがったー!!)))


 その瞬間、会場中の教師たちは心の中で絶叫した。


 学園の卒業記念パーティーはお祝いムードから一転、不穏にざわめき始めた。

 来賓席に座っている王弟夫妻からは表情が抜け落ち、文部大臣も国立高等学院の所長も怪訝な顔で学園長の方へ顔を向けている。そして、当の学園長はそんな視線に気づく余裕もなく、口から魂が飛び出そうになっていた。


(私も気絶したい気分よ)


 ゾフィーアは、教え子の起こした暴挙に額に手を当てて項垂れた。


◇◇◇


 今日は、王都の貴族学園の卒業式典だった。

 昼に式典を行い、夜にはその記念パーティーが生徒会主導で催されるのが、毎年の恒例だ。今年も例にもれず、主役となる卒業生たちが全員入場したあと、開催が宣言されたところだった。


 生徒会長だった第一王子ライナルトが卒業生代表として壇上にのぼったところで、予行時とは違い彼の側近たちが壇上の左右を固めたので嫌な予感はしたのだ

 しかし、大勢の来賓の前で、壇上から引きずり下ろすわけにもいかない。


(あれほど、あれほど軽率な真似は控えるように言ったのにっ、全くの無駄だったわ)


 頭痛のあまり涙がでそうだ。


 壇上では、来賓たちの戸惑いと驚き、そして冷ややかな視線に気づかず、酔ったように演説を始める第一王子とその側近たち。第一王子の傍らには、婚約者であるエレオノーラを差し置いて、男爵令嬢のヘレナが縋りつくように立っていた。


 彼らが訴えているのは、公爵令嬢が、男爵令嬢に不当に行ったとされる陰湿ないじめについてだ。将来国を背負う立場にいるものが、私情で身分の低いものを不当に攻撃することはあってはならないと、高らかに訴えている。


(ああっ、バルシュミーデ公爵夫妻の周囲が、ブリザードのように冷たくなってる)


 晴れ舞台であるはずの卒業パーティーで、娘が晒しものにされているのだ、怒らないほうがおかしい。

 

 運悪く彼らの近くにいた若手教師が震え上がっていた。

 今すぐ壇上の馬鹿をぶん殴ってでも止めるべきだが、腐っても相手は王族だ。


(もう手遅れだけど、なんとか形だけでも穏便に納めないと)


 当然のことだが、今日のパーティーの主役は王子たちだけではない。


 他の卒業生たちにとっては、学園最後の思い出であり、大人になるための最初の社交ともいえるのだ。

 学園を卒業したら気軽に会えなくなる友人もいるだろう、逆に領地のためにより密に繋がりを作っておくべき相手もいる。そんな人脈をつなぐための場である夜会だ。問題があったからと気軽に中止にはできないのだ。


「エレオノーラ! お前のような身分を笠に他者を貶めるものが国母たる王妃にふさわしいはずもない。よって、私との婚約は破棄とし、この場からの追放を命じる!」


(どうせこの茶番劇の結末は決まってる。大事なのは、そこからどう立て直すかよ)


「殿下のおっしゃりたいことは理解しました。先ほどからあげられている、私が行ったとされる数々の行為につきましては断固否定いたしますが、婚約破棄ですか、いいでしょう。そこまでおっしゃるのなら、この婚約に関しましては、婚約解消、という形で了承いたします」


(まずは気絶しちゃった学園長を起こさないとだけど、それは近くの先生たちに任せて、こちらはパーティー再開時の言葉を考えましょう)


「なにを図々しいことを! 解消など生ぬるい。お前のようなどこまでも往生際の悪い女は一度しっかりと痛い目をみないと分からないようだな。婚約はお前有責で破棄だ。それ以外は認めん!」


(あとは、再開時にこの白けた空気を変える演出をして)


 王子と公爵令嬢の言い合いを聞きながら、今後するべきことを考える。


 王子たちは自信ありげに公爵令嬢がいじめの主犯である証拠をあげているが、冷静な公爵令嬢によってそれらは次々と切り捨てられていった。もともとが勝手な思い込みと間違った正義感による言いがかりだ。第三者の目から見ても呆れてしまうほどに杜撰な証拠だった。


「この、口だけは達者なやつめ! いい加減、罪を認めろ!」


 苛立たし気に叫ぶ王子は、話せば話すだけ品格を落としていた。

 保護者達からは、一体どういうことだ、と問いたげな厳しい視線が始終学園関係者たちに突き刺さっていたが、その対処は後回しだ。どうせ最後は保護者への説明という名の謝罪行脚になるのだから、後でいい。


(ダンスの時間はどうするかな)


 会場を静かに、でも素早く歩き回りながら、他の教員たちと打ち合わせを進める。


「我が家の誇りにかけて、やっていないことを認めることはできません。どうやら確たる証拠もないようですし」


「くっ、私は、お前のような権力を振りかざす者、権力に阿る者に屈しはしない! この学園も権力に溺れ腐敗が進んでいる。ヘレナの件がなかなか表沙汰にならなかったのも、権力にばかりすり寄る教師たちのせいだ。私は彼らのことも許しはしない! 皆には、これを機に大きな改革をすることを約束しよう!」


(いや、もう、ほんと、それ以上しゃべらないほうがいいよ!?)


 自分たちのことまで罵られて、つい内心で言い返してしまった。

 酷い言われようだが、学園側も早い段階からヘレナについては問題視しており、出来る限りの対応はとっていたのだ。それを無自覚に権力を振りかざしてあちこちめちゃくちゃにしていたのは第一王子のライナルトだ。


 会場では、頭を抱える者、首を振る者、天を仰ぐ者がいる。他の教員たちも、それぞれが心の叫びを抱えているようだった。


「改革、出来るといいですわね」


「これから社交界を追放されるお前に見ることは叶わないだろう。せいぜい、幽閉先で後悔するがいい」


 どこにそんな自信があるのか分からないが、王子は公爵令嬢にびしりと指を突き付けて宣言していた。


 しかし、どうやら茶番劇は 時間切れのようだ。

 会場の入り口が開かれ、現れた複数の騎士たちによって、第一王子ライナルトとその側近たちは引きずられるように会場を後にした。


 ヘレナとライナルトが懇意になった時点で報告はあげていたので、王家の指示か何かだろう。


(あとはお家の方でお願いします)


 続いて、エレオノーラ・バルシュミーデ公爵令嬢もまた、場を騒がせた責任を取る形で会場を後にした。引きずられていった王子たちとは違い、美しいカーテシーを見せての退場は、人々に強く印象付けられた。さすがは敏腕令嬢だ。


(で、この後始末はこちらに丸投げと……)


 残された会場の空気は最悪だった。


 最初の卒業生への祝いの言葉もまだであり、彼らを祝福する乾杯の挨拶もないのでまだ誰も飲み物を口にできていない。乾杯と共に会場を華やかな音楽が彩る段取りだったため、会場の隅では楽団が所在なさげに佇んでいた。


 元凶はいなくなったが、会場の雰囲気を荒らすだけ荒らしていったのはまさに嵐といえるだろう。


(まずは、何でもいいから乾杯しないと)


 段取りが吹き飛びざわつく会場の端で、気絶していた学園長を若手教師が往復ビンタで叩き起こしていた。

 混乱しながらも目覚めた学園長へ、すかさず乾杯の挨拶の草案を差し出す。


『え、えー、よ、予定外の事態ではございましたが、今宵は卒業生たちの新たなる旅立ちを祝う夜会。学園での思い出話に花を咲かせ、この三年間で皆さんが得た宝を胸に、次なる場で国のために、未来のために大きく羽ばたいて欲しいと思います。あ、改めまして、乾杯!」


 白けている空気の中、かなり強引だったがしっかりと乾杯の音頭をとった学園長により、会場の人々は戸惑いながらも乾杯した。


 そして、学園長の乾杯の合図と同時に、魔法科の教師二人と魔法が得意な数学教師が大広間の天井に幻惑魔法を三重に展開した。

 天井を夜空に変え、その中で色とりどりの花火が打ちあがる。天井と壁の境はオーロラのような幻想的なレースで縁取り、皆が天井に釘付けになった。


 即興だが、一瞬で空気を変えた手腕は流石だ。

 その代わり結構な魔力を消費したのか、教師三人の顔色は真っ青になった。


 花火が終わると、夜空はそのままに、会場の明かりを少し控えめにして夜空が美しく映えるように大人っぽい雰囲気になった。音楽も、楽団にお願いして大人っぽい音楽に変えてもらい、会場の空気を切り替えた。


「さあ、卒業生の皆さんは中央のダンスエリアにどうぞ!」


 一番若い歴史科担当の女性教師が拡声魔道具を使い、戸惑う卒業生たちをダンスエリアへ誘導する。


 ここで本来、一番最初に踊るのは第一王子とその婚約者の予定だったのだが、二人とも会場から消えてしまったため、急遽、今年度で退職予定の教師に出てもらった。

 勤続二十年を超えるベテラン女性教師と、騎士科の男性教師がペアになり、熟練の講師として完璧なダンスを披露した。


 本来のパーティーらしい初々しいダンスとは全くの別物だが、先生からの最後の餞別としては悪くないだろう。

 代償として、年配教師たちの腰は悲鳴をあげたようだが、一曲完璧に踊りきった根性は流石だ。


 ここまでくると、卒業生の中にも先ほどの茶番はともかく、このパーティーをどうにか立て直そうと考える者たちが出てきた。

 教師たちのファーストダンスが終わると、それらの卒業生たちのペアが次々にダンスを始める。やがて、卒業記念パーティーは、だんだんと本来の雰囲気に戻っていった。


(まあ、これで誤魔化せたかというと、そうでもないんだけど)


◇◇◇


「今年の卒業記念パーティーは最悪でしたわ。せっかく我が子の晴れ舞台でしたのに」

「王子たちの暴挙も止めず、学園は何をしていたのか」

「これは責任問題ですよ」



「「「大変、申し訳ありませんでした!!」」」



 口々に文句を言いながら帰っていく保護者たちを、何度も頭を下げながら見送った。

 

卒業パーティーは表面上は取り繕えたが、それだけで全てが許されるほど世間は甘くない。


 保護者たちからすれば、せっかくの子供の晴れ姿を見にきたのに、意味の分からない茶番で台無しにされかけたのだから、彼らの怒りも分かる。そして、その矛先が退出していった王子たちではなく、監督役だった学園に向くことはよくあることだった。


「申し訳ありませんでした」


 最後の招待客が退出するまで頭を下げ続けた教員たちは、来賓も保護者も生徒も帰ったあとの大広間でぐったりと椅子に座り込んだ。


「皆さん、お疲れ様でした」


 学園長の疲れ切った声がするが、それに返事をする気力もない。

 立食用に用意された飲み物がまだ残っていたので勝手にとった。からからに乾いたのどを、ぬるくなった果実水が流れていく。


「酒飲みたい」


「ありませんよ。未成年の生徒が誤って飲まないように果実水とお茶しか用意してませんから」


「それ、どっかの保護者が、大人用のワインくらい用意しとけって怒ってましたよ」


「でたー。昨年、生徒が主役のパーティーに酒なんて置いとくなって苦情がきたから今年なくしたんですけどー」


「保護者も好き勝手言いますからね。全部の要望聞いてたらこっちが持ちませんよ」


 話しながら、これまた残っていた立食用の軽食をつまんでいく。

 時間がたってパサついたサンドイッチや冷えて固まったパスタなどの料理だが、こちとら昼から何も食べてないのでお腹が悲鳴を上げている。


「食事もなんかメニューが貧相だって苦情ありましたよ」


「それは、あの馬鹿たちが生徒会予算を予想より使い込んでたせいですよ」


「あー、あいつらな。やってくれたよマジで」


 本来なら卒業パーティー用に十分にとってあるはずの予算が、例年よりもやや少なくなっていた。


「普段から生徒会室で、王家御用達やら隣国から輸入した特産品やら、随分といいお茶菓子を食べていたみたいですしね」


「バーナーのやつに煽てられて、いいところ見せようと調子に乗った結果ってわけだ。貢いだのがお茶菓子ってところにまだ可愛いげを感じるべきなのか、学校予算の使い込みだって糾弾するべきなのか微妙な金額なんだよな」


「会場の料理の水準が落ちてる時点で十分問題じゃないですかー?」


「そうなんだけどさ、学内のことだし相手は未成年だし、買ったのはお菓子だけだし、パーティー出来ないほど使い果たしたわけでもないしで、国も大事にはしたくないんでしょ。厳重注意で終わり」


「それでこっちに苦情がくるの納得いかないんですけど」


「諦めろ、教員なんて、理不尽ばかりの割に合わない仕事なんだから」


 長年勤めた先輩の言葉に、若手一同は深いため息をついた。


「でも、婚約破棄の件は流石にどうなりますかね。王弟夫妻もいたし、あんな大勢の前で婚約破棄宣言なんてしちゃったから」


「あそこまでお馬鹿だとは思いませんでしたよ。彼、来年成人ですよね」


「ちょっと頑固で思い込みの激しいところありましたからね。正義感に溢れているんだけど、視野が狭いというか」


「毎年思いますけど、高位貴族の方々は入学前にもう少し耐性をつけた方がよくありません?」


「ですね」


 一人の言葉に、周囲も同意する。


 貴族学園は、名前の通り、王国の貴族たちが通う学園である。余程の事情がない限り、ほとんどの貴族が十五歳になったら入学する。ほとんどが勉学よりも人の繋がりを学び、人脈をつくるために通うのだが、そこには王族も含まれる。

 昔の王族は専属の家庭教師に学ぶばかりだったが、何十年か前から、人間関係を学ぶ一貫として三年間学園に通うことになったらしい。


 しかし、幼少期から限られた人間にばかり囲まれ守られてきた王族にとって、同年代の少年少女に囲まれての生活は刺激が強いらしい。日中の一時的とはいえ、親元から離れて大人の少ない場所で同学年で遊べる空間というのは、理性の箍を外すのか、よくやらかす。


 貴族の中には高位貴族もいれば、平民に近い感覚をもった低位貴族もいる。そんな色々な価値観を持った子供たちが一つの箱に入っていて問題が起こらないはずがないのだ。


「でも、婚約破棄宣言までしちゃったのって、何年ぶりです?」


「あー、私が新人の頃にあったから、十年ぶりですかね」


「え、じゃあ、今の国王様も?」


「いや、国王陛下じゃなくて当時の第三王子殿下だった。ちょっと年が離れてたから。今は海の向こうの国に婿養子にいったはずよ」


「それ以外だと、五年前に、学園の創立記念パーティーでやらかそうとした公爵令息がいましたね。あれはギリギリ止められましたけど」


「あとは、七年前は隣国の第二王子がこちらに留学中に、当時の公爵令息と侯爵令嬢の婚約に横やりを入れて三角関係になったことがありましたね」


「ありましたねー! 生徒の恋愛に首突っ込みたくはないけど、政治的にも絡んできちゃって、学園長が議会に呼び出されて頭抱えてましたね。あれ、結局婚約は破棄されて侯爵令嬢は隣国に行っちゃったんですよね」


「公爵家は後継者変わりましたしね」


 まるで懐かしい思い出を振り返るように、教師たちは果実水片手に深夜テンションで語る。実際は懐かしいというよりも、苦労の汗と涙の思い出である。


「なんか、それを聞くと、今日のトンデモ出来事がそう珍しいものとは思えなくなりますね」


「実際、そう珍しいことじゃないよ?」


 新人教師の言葉に、年配の教師が苦笑する。

 この貴族学園では、毎年二百人近くが入学し、卒業していく。


「毎年新しい生徒がくるし、毎年卒業していくの。事件が起こって一度全員が身を引き締めても、その学年が卒業してしまえばまた繰り返す」


 学園も繰り返さないように制度を変え、規律を作ってはいるが、実際の社交界では面会すら出来ないであろう爵位の差がある者たちも、学園では普通にすれ違う距離にいる。登城すら出来ない身分の生徒が、物理的に王子に近づくことが可能なのが、学園という場所だ。


「ある程度は事件が起こるものだと許容するしかないでしょうね」


「っていっても、婚約破棄とかは絶対やりすぎですよ。こっちの苦労も考えて欲しいです」


「そうですね。なんで皆さん、学園でしちゃいますかね。普通にそれぞれのお家で話し合ってほしいもんですよ。ここで宣言したって、結局話し合わないと解消も破棄もできないでしょうに」


「大舞台でばばんっと宣言するのがかっこいいと思うお年頃ですから」


「これだけは、なかなか今も昔も変わってくれませんね」


「まったくですよ」


 うんうんと頷く者が多数。だいたい同意見だ。


「まあ、今年の子たちは今日でめでたく卒業されましたから。あとはお家の方で決めてくださるでしょう。学園はこれ以上関知しません」


 学園長の言葉に、教員たちは万歳と両手を机に投げ出した。

 ゾフィーアもまた、解放感のあまり机に身を投げ出す。


「ほんっとうにお疲れ様でした。皆さんのおかげで無事今日という日を迎えることができました」


 学園長の芯のこもった労りの言葉に数人は手をあげて応えつつ、やがて視線はゾフィーアに集中した。


「アンテス先生もご苦労様でした。今日まで本当によく頑張ってくださいました」


「ええ、まあ、はい……」


 ゾフィーアは今年一年間、王子ら特進クラスの担任だった。昨年度よりもパワーアップして暴走する彼らの相手は非常に疲れた。

 生徒とはいえ、王族、高位貴族の子供たちの相手、またはその保護者の相手はなかなかに大変だ。


 労いの言葉は受け取るが、気が抜けたのか、それ以上に疲労感が強くて曖昧な返事になってしまった。

 半ば燃え尽きたように肩を落とした半笑いの姿に、周囲からも憐れみと労りの視線が向けられる。


「ともあれ、これにて今年度の行事は全て終了しました。明日以降は書類整理と監査がありますが、新年度までは春休暇を挟みますので、ゆっくりしていただいてけっこうです」


「学園長、ひとつだけ確認を」


「なんでしょう」


「来年度は、()()()()()()はいらっしゃいませんよね?」


 一人の年配の教員の質問に、室内の空気がぴんと張り詰めた。

 みなが固唾をのんで学園長を見つめている。


「はい、来年度は王族、もしくはそれに準ずる方々は一人もいらっしゃいません」


 はっきりとした学園長の声が通った次の瞬間、職員室の空気は安堵と喜色に染まった。

 あちこちで先生方が顔を手で覆って天を仰いでいる。


「やっと平和な時代がくる……」


 涙交じりに安堵を漏らすのは、今年配属されたばかりの若い新任の先生だった。

 ただでさえ教員となって初めてのことばかりで緊張し通しだっただろうに、今年度の拗れた空気は地獄だっただろう。気持ちがよくわかるだけに、ゾフィーアは彼女のそばに寄ってその背を撫でた。


「すみません、私ったら失礼なことを。アンテス先生が一番ご苦労されていたのに」


「いいえ。気持ちはよくわかりますよ。私はもう、その段階を通り過ぎてしまったというか、疲れ果てたのか感情があまりわかないんですよね」


「……それってやばくないですか?」


「かもしれませんねー」


 あはははは、と無感情に笑うと、新任の先生は恐ろしいものを見たかのような目を背けてさらに涙目になっていた。

 しかし、まあ、感情が鈍感になっているのか、本当にどうしようもないので、ゾフィーアは肩を竦めた。



「ですが、再来年には第二王王子殿下と第一王女殿下の双子のご兄妹がご入学される予定です」



 喜びに浸っていた教員たちは、学園長の落とした言葉に凍り付いた。


 そうだ、現在の王家は子だくさんで、王子が四人、王女は二人いる。

 全員が全員そうとは言わないが、王族、高位貴族の多い学年では八割の確率で問題が発生する。


 彼らが全員卒業するまで、ゾフィーアたちの受難はまだまだ続くのだった。


(……転職しよっかな)


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― 新着の感想 ―
国は丸投げして放置、学園は権限の範囲内で頑張ってる感じなのかなぁ。
最後の所で、オー人事、のコマーシャルを思い出しました。 先生たちの苦労がしのばれて泣けます。(汗) 今回騒ぎを起こした彼が国王の第一子なので、これから来る弟妹を考えるとしばらく気の抜けない数年になりま…
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