第三十二話 準備
準備を整えながら、俺は一つだけ決めていたことがある。
「レナを一人にはできないな」
いくら家があっても、設備が整っていても、守る人間がいなければ意味がない。今回の件で、それは嫌というほど理解した。
だから、街を出る前にやることは一つだ。
護衛を雇う。俺は街の外れにある施設へと足を向けた。
重い扉を押し開けると、独特の空気が流れ込んでくる。鉄と汗、それにわずかな血の匂い。
「いらっしゃいませ。前回はありがとうございました。どのような人材をお探しで?」
商人が笑顔で近づいてくる。
そう、ここは奴隷市場だ。
「戦える人がいいです。実戦経験がある人で」
「護衛ですか?」
「そんなところです」
なんだ?
一部屋だけ、空気が違う。
この部屋だ。
商人に頼んで部屋を開けてもらう。
一人の女性が座っている。足が鎖に繋がれていた。
鎖に繋がれているはずなのに、その姿勢に一切の隙がない。
目が合った瞬間、背筋がわずかに粟立った。
自動解析を走らせる。
【対象解析】
身体能力:高
戦闘経験:極めて高
危険度:高
「彼女で」
指差すと、商人は一瞬だけ言葉に詰まった。
「……お客様、本気で?」
「何か問題でも?」
「いえ。ただ、その個体は少々扱いが難しく、元は前線にいた兵士でして」
「都合がいいです」
商人は少し悩んだあと、肩をすくめた。
「承知しました。ですが、契約前に一度確認を。暴れられても責任は取れませんので」
「大丈夫です。」
鍵が外され、鎖が解かれる。
女性はゆっくりと立ち上がった。
近くで見ると、さらに分かる。無駄がない。鍛え上げられた体と、研ぎ澄まされた視線。
「新しい主人か?」
「家の護衛を頼みたい」
簡潔に言う。
数秒、沈黙。
次の瞬間、彼女の足が動いた。
一瞬で視界が揺れる。受けたはずの一撃が、予想以上に重い。
間合いを取り直す前に、もう一歩踏み込まれる。
「なるほど、一応は戦えるみたいだな」
「そっちは本気じゃないだろ。」
「試しただけだ」
あっさりと言い切られた。
でも、これ以上の人材はそういない。
「契約したい。」
商人は苦笑いを浮かべている。
「では、手続きを」
金を支払い、契約を結ぶ。
彼女は相場と同じ2万クレドだった。
制御権がこちらに移ったのを確認して、改めて彼女を見る。
「名前は?」
「呼び名はない」
「じゃあ、適当に決めるか」
少し考える。
短くて、呼びやすくて、戦う人間に似合う名前。
「ミラ」
ソラのことが頭をよぎったこともあっただろう。そんな名前にしていた。
彼女はわずかに目を細めた。
「好きにしろ」
それでいいらしい。
そのまま二人で家に戻る。
扉を開けると、既にレナが起きていたようで、こちらを振り返った。
「おかえりなさいって、その人は?」
「護衛だよ。」
ミラを一歩前に出す。
「レナを守ってもらう」
レナはミラを見て、ミラはレナを見る。
だが、すぐにレナが小さく頭を下げた。
「よろしくお願いします。」
お互いに悪い印象は持たなかったようだ。
「俺はしばらく街を離れる」
そう言うと、レナの表情が少しだけ強張った。
「だから、この町のことはレナに任せようと思う。」
【提案:スキル貸与】
対象:レナ
貸与可能スキル:
構造再編(制限付き)
空間制御(インベントリ共有)
「これで、仕事は全部できると思う。」
レナは頷く。
少し時間をかけてスキルの使い方を教える。器用なのですぐに使いこなせるようになった。
やってもらうことを説明をしよう。
「まず一つ目。店の運営」
「商品の補充は気にしなくていい。素材は自動で集まるし、足りなくなったらインベントリに俺が追加する。」
「じゃあ、並べること、売ることが私の仕事ですか?」
「そう。あとは値段だな。」
ここは俺が決めよう。
「基本は市場より少し安く。ただし安売りしすぎない。オーダーメイドの依頼が来たら、一旦保留でいい。内容だけ控えておいてくれ」
「分かりました。」
「二つ目。インベントリ。これは絶対に他人に見せたらだめ。素材は勝手に増えるが、全部使う必要はない。鉄と銅を中心に、使う分だけ取り出してくれ」
「無駄遣いしないように、ですね」
「そういうこと」
ちゃんと理解してるな。
「三つ目。金の管理」
小袋をテーブルに置く。
「売上はここにまとめる。仕入れはほぼないから、基本は増えるだけだ。食事は自炊でも外食でもいい。」
「四つ目。工事の対応。」
「進み具合の確認、とかですか?」
「いや基本は好きにやらせていい。今からお金は払ってくる。」
「前払いって、そのためにあるんですね。」
「途中で止められると面倒だからね。」
もう一つ言おう。
「最後に、全部完璧にやろうとしなくていい。回らなくなったら、やることを減らして構わない。」
「でも、それだと、」
「店が閉まってもいい。売上が減ってもいい」
レナの目を見る。
「やってみます」
「頼んだよ。」
短く答える。
後ろでミラが静かに腕を組んでいる。
「護衛のことは任せていいか?」
「問題ない」
その表情を見て、少しだけ肩の力が抜けた。
俺はそのまま商業クランへ向かった。
話は早かった。
増築、一階に一部屋。二つのベッドが入る広さ。
さらに二階建てへの拡張。
「前払い、ですか?」
「途中で止まると困るので」
そういって、すぐに手続きを終わらせた。
やることは全部やった。
そろそろ行こうか。
所持金
6万893クレド(+50万クレド)




