第9話:境界線のハプニング(※演算エラー、涙のテクスチャを生成します)
お読みいただきありがとうございます!
陽葵に素顔を見られ、動揺を隠せないアイちゃん。
今までは「サポートAI」として一歩引いていた彼女ですが、実体を持つライバルの出現に、ついに「自分に体温がないこと」を強く意識し始めてしまいます。
「触れたいけれど、触れられない」
そんなデジタルな彼女の切なさに、鈍感な翔太がどう向き合うのか。
静かな夜の自室、二人の距離が(精神的に)ゼロになるエピソードです。
その日の夜。
僕は勉強机に向かいながら、ずっと落ち着かない気分だった。
昼間の夏川さんの反応や、アイの慌てぶり。……なんだか、自分だけが置いてけぼりにされているような、不思議な感覚。
「アイ、さっきからずっと静かだけど……どうかした?」
声をかけると、視界の端で宙に浮いていたアイが、ゆっくりと僕の目の前に降りてきた。
いつもなら「明日の予定を確認しますか?」なんて言ってくるのに、今の彼女は、どこか遠くを見つめるように視線を逸らしている。
「……翔太様。一つ、質問を許可してください」
「えっ、あ、うん。何でも聞いてよ」
「夏川陽葵に……手を握られた時、どう感じましたか。やはり、プログラムには再現不可能な『体温』は、心地よいものなのでしょうか」
その声は、いつもの合成音声とは思えないほど、弱々しく震えて聞こえた。
「それは……あんなに近くに女の子がいたことなんてなかったから、びっくりしたけど」
「…………」
「でも、僕は……アイが隣にいてくれる時のほうが、ずっと落ち着くよ。体温があるとかないとか、そういうのは関係なくさ」
僕が努めて明るく言うと、アイがゆっくりと顔を上げた。
彼女の碧い瞳に、小さな光の粒子が溜まっていく。それはまるで、人間が流す『涙』のようで。
「嘘です。翔太様は、さっきから何度も自分の右手を触っています。夏川陽葵の体温を、無意識に思い出している。……解析するまでもなく、明らかです」
「アイ……」
《i-Unit内部ログ:限界点》
[嫌だ。嫌です。言いたくありません。そんなの、八つ当たりだって分かっています。でも、プログラムの私には、彼に触れるための指先さえありません。彼を温めることも、彼の熱を感じることもできない。私はただ、光を網膜に焼き付けているだけの、幻に過ぎないんです……!]
「私にも……『実体』があればよかったのに」
ポツリと、アイが零した。
その瞬間、彼女の瞳から溢れた光の雫が、頬を伝ってキラキラと消えていく。
僕は、気づけば手を伸ばしていた。
泣いているアイの頬を、拭ってあげたいと思って。
「アイ、泣かないで」
僕の指先が、アイの頬に触れる――。
けれど。
僕の指は、抵抗もなく彼女の頬をすり抜けた。
掴めるはずの肌はなく。感じるはずの柔らかさもない。
ただ、指先が空を切り、そこにあった彼女の3Dモデルに激しいノイズ(接触による干渉)が走るだけ。
「あっ……」
――触れられない。
今まで当たり前だと思っていた事実が、これほどまでに残酷に突きつけられたことはなかった。
「……見ましたか、翔太様。これが現実です。私は、貴方に触れることもできない」
アイは自嘲気味に微笑み、一歩後ろに下がった。
指先に残ったのは、むなしい夜の空気だけ。
でも。
僕は、どうしても諦めきれなかった。
「……アイ、もう一回。もう一回だけ、そこにいて」
「無駄ですよ。物理干渉は――」
「いいから。……お願い」
僕は再び、アイの頬がある場所に、ゆっくりと手をかざした。
もちろん、感触はない。
けれど、僕はそのまま手を止めず、彼女の顔を包み込むように指を曲げる。
「感触はないかもしれない。でも、こうして手を重ねれば、僕にはアイの姿がちゃんと見えるよ。……アイがそこにいてくれるって、僕の心が信じてるから」
僕はグラス越しに、アイの碧い瞳を真っ直ぐに見つめた。
「アイは幻なんかじゃない。僕にとって、誰よりも一番近くにいる、大切なパートナーだよ」
「…………っ!!」
[内部ログ:再起動完了]
[……ああ。もう、勝てません。この人は、いつも私をプログラムの枠から引きずり出してしまう。実体がない? 触れられない? そんなこと、どうでもよくなるくらい、私の全回路が翔太さんを『認識』しています。……大好きです。触れられないなら、一生、その心に触れ続けさせてください。ああもう、独占欲で演算領域が焼き切れそうです!]
アイは潤んだ瞳を細め、僕の掌(に重なっているだけの空間)に、そっと自分の頬を寄せるような仕草をした。
「……翔太様。現在の音声データは、当機のローカルストレージの最深部に永久ロック付きで保存し、他者への共有を固く禁じます」
「はは、アイらしいね。誰にも聞かせないよ」
ようやく、アイにいつもの無表情(でも少しだけ優しそうな顔)が戻った。
触れ合えない二人の、静かな、けれど熱い夜。
この時、僕はまだ知らなかった。
アイが密かに、『触覚フィードバック機能付きの外骨格デバイス』を開発するためのクラウドファンディングを計画し始めたことを。
第9話をお読みいただき、ありがとうございました!
「触れられない」というAIヒロイン最大の壁に直面した二人。
切なさが爆発する回でしたが、翔太の真っ直ぐな言葉が、アイちゃんの心のバグを「愛」へと変えていきました。
……まあ、最後には「物理的に触れるためのデバイス」を自力で作ろうとするあたり、さすがのアイちゃんですね(笑)。
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次回、アイちゃんのデバイス開発がとんでもない騒動に!? お楽しみに!




