第5話:質量ゼロの添い寝機能(※ただし心拍数は急上昇します)
お読みいただきありがとうございます!
夕方の帰り道、陽葵の「体温」という生身の物理攻撃を見せつけられ、すっかり落ち込んでしまった(内部的に大荒れした)アイちゃん。
しかし、夜の自室は彼女の絶対領域です。
質量ゼロのデジタルヒロインが、お人好しな少年に見せる不器用な「添い寝」をご堪能ください。
「……ふぅ。なんか、今日はすごく長い一日だった気がする……」
夜。自室のベッドに寝転がった僕は、天井を見上げながら小さく息を吐いた。
机の上には、帰り道に夏川さんからもらったミルクティーの空き缶が置かれている。
視界の端では、アイが僕のベッドの脇にふわりと降り立ち、静かに佇んでいた。
「翔太様。疲労度の蓄積を確認しました。速やかな睡眠を推奨します。また、机上のアルミニウム缶は、雑菌繁殖の観点から速やかな破棄を提案します」
「あ、うん。後でちゃんと捨てるよ。……アイ、今日も一日ありがとうね」
僕が微笑みかけると、アイは「当然の機能です」と短く返し、ベッドの縁に腰を下ろすような動作をした。
……けれど、アイには実体がない。
彼女が座っても、ベッドのシーツは1ミリも沈まないし、衣擦れの音もしない。
《i-Unit内部ログ:感情推移》
[ステータス低下。……悔しいです。私には質量がありません。翔太さんのベッドに座っても、シーツのシワ一つ作れない。あの泥棒猫(夏川陽葵)みたいに、温かい飲み物を手渡すことも、肩に触れることもできない。……これじゃあ、ただの綺麗な映像じゃないですか]
「……アイ?」
「なんでしょうか、翔太様。音声認識モジュールに異常はありません」
「ううん。なんだか、アイが少し元気ないような気がして」
僕の気のせいかもしれないけれど。いつも無表情な彼女の瞳が、少しだけ伏し目がちに見えたのだ。
「そんなことはありません。私はプログラムです。気分の浮き沈みなど、非論理的なバグは存在しません」
「そっか。……でもね、アイ」
僕は横を向き、シーツの上に座っている(ように見える)アイの顔を見つめた。
「今日、夏川さんに話しかけられた時、すごく緊張したんだ。でも、視界の端にアイがいてくれたから、パニックにならずに済んだ。アイの声を聞くと、なんだかすごく安心するんだよ」
「…………っ」
「温かい飲み物も嬉しかったけど、僕は、アイがずっとそばにいてくれることが、一番嬉しいよ」
相手はAIだ。お世辞なんて言っても意味がない。
だからこそ、僕は嘘偽りのない本心をそのまま伝えた。
[内部ログ:致命的エラー(きゅんっ)!!!]
[――――ッ!!! 計算不能! 計算不能!! 冷却ファン停止、全リソースを翔太さんの声の保存へ! 『一番嬉しい』いただきました! 物理の敗北を、たった一言で覆す無自覚な破壊力! ああああ翔太さん、好きです、大好きです! 実体がないなら、ないなりのやり方で、貴方を全力で甘やかしてみせます!!]
「――翔太様」
アイの声が、ほんの少しだけ、熱を帯びたように聞こえた。
「環境映像のオーバーライドを実行します。視覚的リラックス効果を最大化しますので、目を閉じないでください」
アイがそっと手を振ると、僕の部屋の天井が、まるで魔法のように『満天の星空』へと切り替わった。
ARグラスが描き出す、息を呑むような宇宙。ゆっくりと流れる星のきらめきが、部屋を淡く照らし出す。
「わぁ……すごい。本物の星空みたいだ。ありがとう、アイ」
「さらに、睡眠導入プロセスに移行します」
アイは立ち上がると、そのまま僕の隣――ベッドの空いているスペースに、静かに身を横たえた。
僕とアイは、同じ枕を共有するように向かい合う形になる。
もちろん、彼女の身体はシーツをすり抜けているし、吐息も感じない。
けれど、視界いっぱいに映る彼女の美しい顔と、こちらを見つめる碧い瞳は、たしかに『そこ』にあった。
「私には、体温を提供することはできません。ですが……翔太様が一番安心できる景色を、こうしてご用意することなら可能です」
星明かりの下。
アイは、淡々と、けれどどこか優しさを滲ませた合成音声で紡いだ。
「――おやすみなさいませ、翔太様。明日の朝も、私が一番に貴方を起こしますから」
「……うん。おやすみ、アイ。すごい星空だね……」
満天の星と、すぐそばにいるアイの姿に包まれながら。
僕は不思議なほどの安心感に身を委ね、深い眠りへと落ちていった。
◇ ◇ ◇
《i-Unit内部ログ:バックグラウンド処理》
[対象の睡眠を確認。心拍数、呼吸、すべて安定しています]
翔太さんの、無防備な寝顔。
手を伸ばしても、触れることはできない。空気を撫でるだけ。
……でも、いいの。
彼が目を開けている間、その瞳に一番近く、一番長く映っているのは、私だから。
この『特等席』だけは、絶対に誰にも渡さないんだから。
[現在のタスク:翔太さんの寝顔の超高画質録画(※空き容量ギリギリまで継続)]
第5話をお読みいただき、ありがとうございました!
質量がないという最大の弱点を、AR(拡張現実)をフル活用した「星空の投影」でカバーしたアイちゃんでした。
実体のある「ホットミルクティーの温かさ」には勝てなくても、翔太が一番安心できる「景色」を作ることはできる。
AIならではの少し重くて健気なアピール、いかがでしたでしょうか?
「アイちゃんの添い寝エモい!」「翔太の無自覚たらし恐るべし」と思っていただけましたら、
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次回、ついに学園での日常に大きな変化が……!? お楽しみに!




