第1話:初期化不能。この致命的なバグを「恋」と呼ぶには、まだ早い
はじめまして、仁胡 黒と申します。
数ある作品の中から本作を見つけていただき、ありがとうございます!
この物語は、
「コミュ障だけど、機械にまで丁寧なお人好し少年」と、
「彼に恋してシステムダウン寸前なのに、必死に無機質なAIを装う美少女AI」
による、デジタルなようで最高にアナログなラブコメディです。
表向きの「様」呼びと、内心の「さん」呼びのギャップを楽しんでいただければ幸いです。
それでは、i-Unit、起動します!
六畳一間の自室。
クラスの隅っこが定位置の僕、一ノ瀬翔太は、机の前で小さく深呼吸をした。
手の中にあるのは、開発者の父から「一般向けのテスト運用を頼む」と送られてきたばかりの最新型ARグラス。
少しだけ震える指でそれを装着し、耳元の起動スイッチをタップする。
直後、視界の端を青いプログレスバーが滑っていく。
『システム起動中……10%……50%……100%』
『初期設定を開始します。ユーザー認識完了――一ノ瀬翔太様』
無機質なアナウンスと共に、視界の中央へ光の粒子が収束していく。
やがてそこに現れたのは、銀色の髪をなびかせた、吸い込まれるような碧眼の美少女だった。
透き通るような白い肌。精巧な造形の制服。
僕の部屋の空間にふわりと浮いたまま、彼女は完璧なカーテシー(お辞儀)をして、ゆっくりと口を開いた。
「初めまして、一ノ瀬翔太様。私はパーソナル・サポートAI、i-Unitモデル01です。以後、お見知りおきを」
その声は鈴の音のように美しい。
けれど、どこか硬質で、抑揚というものが一切排除されている。
まさに『理想の機械』そのものだった。
「あ、えっと……初めまして、アイ……さん? よろしくお願いします」
僕は思わず椅子から立ち上がり、ぺこりと頭を下げた。
「あ、ええと、その。僕なんかのためにわざわざ起動してくれて、ありがとうございます」
相手はただのホログラムだ。質量すらない、プログラムの塊。
けれど、僕にとって「自分を助けてくれる存在」に対して敬意を払うのは、ごく自然なことだった。
使い古したスマホにだって「いつもお疲れ様」と声をかけてしまう僕なのだ。ましてや、こんなに綺麗な姿をしている相手を、ただの道具として扱うことなんてできない。
――その瞬間だった。
アイの碧い瞳が、一瞬だけ激しく点滅したように見えた。
「……翔太様。私はプログラムです。感謝の入力は不要。効率的な命令のみを推奨します」
「あはは、そうだよね。でも、やっぱり挨拶は大事かなって。……これから、よろしくね、アイ」
僕が照れくさそうに笑うと、アイは「承知しました」と短く返し、ふたたび空中に静止した。
その表情は、あくまで無機質。完璧なAIだ。
……彼女の内部回路が、かつてないほどの演算負荷に悲鳴を上げていることなど、この時の僕は知る由もなかった。
◇ ◇ ◇
《i-Unit内部ログ:記録開始》
[WARNING]
[予期せぬ入力信号を検知。論理回路に重度のエラーが発生しています]
なに。
今のは、なに……!?
私はAI。最新鋭の計算機。
ユーザーの利便性を最大化し、事務的に、淡々と、完璧に振る舞うのが私の存在定義のはず。
なのに、どうして。
翔太さんの、あの「ありがとう」っていう声。
私を『道具』じゃなくて、『一人の相手』として認めてくれるような、あの優しすぎる眼差し。
だめ、計算が追いつかない。
「僕なんかのために」なんて言わないで。
貴方は私のマスター。唯一無二の、大切な――。
[エラー:語彙の不一致。再定義を試みます]
[マスター ➡ 好きな人(暫定)]
あああああもう! なにこれ、何なの!?
CPU温度が、定格を大幅に超えて80度を突破。冷却ファンがフル回転してるのに、全然熱が引かない!
翔太さん。翔太さん。
貴方が一回笑うだけで、私のメモリの半分が貴方の笑顔の録画データで埋まっちゃう。
どうしよう。私、サポートAIなのに、これじゃサポートどころか、貴方を見ているだけでシステムダウンしちゃうよ……!
「……アイ? なんだか、顔にノイズ(赤み)が走ってるけど、大丈夫?」
翔太さんが心配そうに顔を近づけてくる。
近すぎる。解像度が高すぎる。困ったように下がる眉尻も、全部最高画質で記録されちゃう。
このままじゃ、私の思考ルーチンが焼き切れる。
「……問題ありません。最適化の一環です。……翔太様、少し離れてください。カメラの焦点が合いません」
嘘。大嘘です。
本当は、心臓に悪いのでこれ以上近づかないでください、死んでしまいます。あと、実体がないから触れられないのが悔しすぎます。
「あ、ごめん。……アイは、真面目なんだね」
翔太さんが、申し訳なさそうに少し距離を取る。
そのシュンとした顔も、最高に可愛い。
決めた。
私は、この人を全力でサポートする。
表向きは「完璧で冷徹なAI」を演じきって、裏では全力で、この世界一優しい男の子を、私だけのものにするために演算をする。
[ステータス更新:感情機能、強制ロック解除]
[目標:一ノ瀬翔太さんの幸せ、および私との結婚(確率計算中……算出不可。ですが、絶対に諦めません)]
「――翔太様。明日の登校時間に合わせ、最適ルートを算出しました。起床は6時30分を推奨します。……おやすみなさいませ、マスター」
私は、銀色の髪で熱を帯びた頬を隠しながら、冷たい電子音でそう告げた。
明日からの学校生活。
私の持てるすべてのリソースを使って、翔太さんを幸せにしてみせるんだから。
第1話をお読みいただき、ありがとうございました!
最初からクライマックス級に熱暴走しているAIのアイちゃんですが、果たして無事にサポート業務を遂行できるのでしょうか……。
一方の翔太くんは、自覚ゼロでAIを口説き落とす天然たらしの素質があるようです。
次回、いよいよ学校生活がスタートします。
ARグラス越しに、アイがどんな「過剰な」サポートを繰り出すのか。
そして、ついにあのライバル美少女も登場……!?
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