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 次に異世界の風土だが、現状この国マグネシアの版図以外は知り得ない。国境には結界があり無形干渉をも防護レジストされ、出入国は厳重に管理されているから国内外に情報統制が敷かれている。とはいえ民草は我が国の哲人君主を支持しているが、それは軍事・財政に至る有りと凡ゆる采配が実に鮮やか且つ軽妙だからだろう。日本は哲学が普及していないので、民主主義という名前の醜く劣悪な迎合競争で粗悪な政治家だけが量産される土壌が醸成されていたわけだが、ここは違うらしく生まれて初めて真に政治と呼称すべきものに立ち会った。

 ここはセントラルシティで経済の中枢。商業施設と公営機関が多数有り、科学こそあまり進展していないが魔法の恩寵で美しく現代的で縦に積層されていることが建物の床や壁が一部透過されていることから窺える。照明と空調の効いたカフェでグラス片手に楽しむ人々が居て、光の抑揚が有るクロス光条による回折スパイク/キラキラ/グリントのVFXないしポストエフェクトが発生しているように見える。差し詰め地球人がデザインしたのだろう。人々が大気中の魔力を自動吸収・放出し魔力溜まり/高密度魔力領域が発生しない市街地では魔獣が湧出ポップしないため、冒険者用にダンジョンへ続く転移門ポータルが点在している。ダンジョンは自律発生する異空間で空・海・川・森・果ては星が有り地上と遜色は無い。

 法務局で帰化申請を終え国籍を得た我々は、どうやって目立ず人助けをしようかと思い巡らせていた。帰着した草案としては、初級ダンジョンに潜伏し不可視/透明化の魔法を使いつつ冒険者を影からサポートするというもの。

 善行を隠匿するのは見栄/名誉欲という悪徳の排除および身柄拘束のリスクを排斥するためだ。無論、何が善で何が悪かは証明できないし知らないから、単に私がそう思うという自己満足に過ぎないかもしれないが。或いは、神の定めた摂理が存在し善に駆り立てられているのかもしれない。神は存在して欲しいし、完全なる賞罰/裁きが有ると良いが、こればっかりは死んでからでないと分からないだろう。私は宗教家のように、不誠実にも願望と真理をすり替え己と神を欺きたくはない。博愛が神への愛を体現するように、誰かを欺くことは神をも欺くことのように思えるから。知らないことをさも知っているかのように吹聴し、伝道と称し真理とラベリングして思想を普及させたいとは思わない。勿論、嘘は嘘でも善意から生じた嘘は高貴な嘘で善だと思うし、大切なのは真意なのだと思う。

 それにしても善なる動機なく自殺することは正しいと思えないし、生きることに苦労はしなさそうだから天寿を全うしようと思う。何より生きていたい。




 数週間後。このダンジョンは浄化され魔物が出ず芳香が漂い金鉱石が産出されるとの話題で持ちきりになった。やり過ぎてしまったらしい。

 そこで次善の策を採択し、私は冒険者、ソフィアは研究者として生活することにした。金鉱石は固有能力の発露ゆえ一過性で不確定要素が拭えないし、得た収益は全て経済的に貧しい人々に分配したから。金持ちは存在するだけで罪深い害悪・極悪人・心の貧者だから、私は金銭の誘惑を悉く排除し、心の富者でありたい。着る服は魔法で洗浄できるしこの最安値の服と靴でいい。こうして思うと、日本人のほぼ全てが贅沢三昧の生活を送りそれに気付いていない悪人であることがわかる。善人と呼ぶべき者はソクラテスやプラトンのように善と真理を追求した者だけを言うのだ。

 今はダンジョンの焚き火付近でパーティメンバーの魔法使い・ロポスと話している。ロポスはリラ奏者の吟遊詩人で、各地を旅していたが路銀が底を尽きたため冒険者登録をしたという。

「アーサーの話はとても興味深いね。しかし苦痛が入り混じった快楽の場合は、快楽と苦痛どちらに属するんだろう」

「順を追って説明しよう。大半の人は勝利・名誉・利得は幸福だが敗北・不名誉・損失は苦痛と感じる。しかしそれは、この手の不正な快楽を追求することによって生じた副作用なのだ。元より生活必需外の金銭や他人の評価に価値を置かなければ、この手の苦痛は生じ得ない。自分ではどうすることもできない外の世界へ不満を抱え文句を言い、内の世界つまり自分がどうしたいかを見つめ善を志向しない愚かな人間には相応の苦痛なのだ。不正な快楽は洞窟の壁に映る実体の無い影絵だが、生まれた時から洞窟の中に居て真実在に触れたことのない大半の人類には影絵こそが真実だと思い込んでしまう。だからこうした哲学の価値を理解されることは稀で悪人が反発するのは自明の理と言えるし、しかしそれこそが善い人生を送っている証拠なのだよ。我々は影絵を影絵と認識し、洞窟から外へ出て真実在の世界を心の目で眺めたから、真実と虚偽との違いがわかるのだろう」

 いじめへの唯一の回答は哲学だが、ほぼ全ての教師は無知ゆえ対話で解決しようとする。加害者への叱責は無意味と知っていて哲学を学ばずにいるわけだが、不正を見て見ぬふりをするのは不正を命じているのと同じであり教師も加害者だ。とはいえ、哲学の有用性を知らずに居て最善を尽くしたがそれでも解決策を見出せなかった教師を咎めることはできない。いずれにせよ、教師は自らを律し凡ゆる困難を征服せんと努め善を志向すべきなのだ。

 ロポスは勘案・熟慮・反芻している様子。

「なんとなくそんな感じはするよ。だけど僕らはなぜそう思えるんだろうか」

「それはきっと、脳髄とは別に心が存在するからだろう。脳には報酬系つまり快楽を生成する機能が有るが、善を志向する機能は無い。心こそ、慈愛の源泉なのだ。そして節制と善行/自分が真に望むことによって心の機能はより強固に保全される。君の場合は作曲や演奏を追求することによって人知れず恩恵に与ったのだろう」

 私は昔、あまりに輝かしく光る美しい景色を夢で見て、心が強く感動し涙が溢れた経験が有る。あの幸福を超えることは一度もない。正しい快楽/真の快楽とは、こうした苦痛を一切伴わない清らかな快楽のことだと思う。

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