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9(ラ)



試験当日。

王都に名を轟く大魔女リリアが現れた。

魔女リリア——その名を聞くだけで、大抵の魔法使いは蒼白になる。

武闘派で、破壊衝動の化身で、強い魔法使いが生まれれば必ず出現する狂人。

その魔女が、よりにもよって今年の、ただの学校の試験場に現れた。


目撃者の証言は揃っていた。「神の申し子を探していた」と。


ああ、最悪だ。


神の申し子ことは聞いてる、ミノタウロスを召喚したヤバイ奴だってことも。

外見についてクライスと同じ白髪。その程度は知ってる。


それ故に、クライスが狙われるなんて、考えもできなかった。

顔がいいのは事実だが、女と見間違えるほどじゃない。

声は男のままだし、魔力素質は平凡どころか「4」。

神の申し子なんて、クライスは一目でこれはないと断言できるほどな奴のはず。


なのに魔女が向かった先はクラス4。学生のクラス最上位は10、その中の4の試験場に。

多分、魔女本人はクラス制度を理解していなかったのだろう。

あるいは、ただの白い髪だから、釣られただけかもしれない。


試験場に駆けつけると、無数の怪我人が倒れていた。

床の石畳は砕け、壁は歪み、おぞましいほどの魔力の残滓が残っていた。

誰がどう見ても、クラス4は戦場だった。

抵抗した奴が一定数いた模様。

魔女リリアは気紛れだ、抵抗した奴は殺すか殺さないかも気紛れ。

今回は誰も死ぬほどの怪我は負っていなかった。


僕は一人ずつ怪我人の顔を確認した。

血まみれで泣いている子、骨が折れて動けない子、ショックで声も出ない子。

けれど、どれだけ探しても、クライスはいなかった。


つまり——「連れ去られた」か、「死体ごと消された」か。

どちらであれ、生きている可能性は少ない。魔女に聞くしかない。

胸がざわついたが、泣く気にはならなかった。

ただ、腹の底が静かに冷えていくのを感じた。


警報に合わせて会場に突っ込もうとした瞬間、イグネットが入り口を塞いでいた。

彼女は至って冷静だった。というより、あの時の僕は冷静ではなかったのだと思う。

「今行っても死ぬだけだ」と言われ、わかっているつもりでも、納得できなかった。

結果、僕は無理やり気絶され、最後までクライスを救うことはできなかった。


皮肉なことに、神の申し子と騒がれていた本物は、呑気に昼寝していたらしい。

魔女と戦うのが「面倒」だと断ったと聞く。

世界は理不尽だ。


試験は中止。

僕はイグネットの家で一晩泊まり、翌日には出発するつもりだった。

引き止められたが、留まる理由はなかった。

別に、クライスが死んだと決めつけたわけじゃない。

もしどこかに転移されただけなら、探せばいい。

死体ごと消されたのなら、それこそ僕が王都に残る意味がない。

王都にいたところで、魔女を殺せるわけがない。


魔女リリアは不死身だ。魔力は最強、肉体強化までされている。

恐らく、単に肉体だとしても、父と母を喰ったオオカミのマモノよりも強い。

理不尽だ。クライスの自傷癖がやっと治まりかけていた矢先に、こんなことが起きるなんて。

胸の奥がずっと熱い。怒りというより、焦げ跡のような感覚だった。


クライスが消えて一ヶ月が経った。


情報を集めるため、馬車に乗って交易の町リヤドへ向かった。

金を払って聞き込みをしても、得られたのは「何もない」という空虚だけ。

リリアの行方も、クライスの存在も、何も得ることがなかった。


それどころか、宿代で金は尽きた。

乾いた笑いが出た。


王都への帰り道、最悪の出来事が続いた。

街の不良に馬車を奪われ、荷物を押さえつけられ、金を要求された。

断わると言ったら、"魔法"で殴られた、半殺しにされた。

僕とクライスの持ち物は全部奪われ、それからすぐ奴隷商に売られた。


「貴族の坊やか?」と聞かれ、「違う」と答えた。

魔法は使えない。剣も使えない。商いも知識だけの一般人。

だから、鉱山か農奴か、どちらかを選べと言われた。


僕は強くない。優秀でもない。誰かを守れたこともない。


「鉱山」と答える。死亡率案外低いらしい。60%。

何とかなりそう。



鉱山行きになった僕は、最初の三日はまだ動けた。

新入りだからか僕への態度も良かった。

魔石のこもった石を掘って、掘って、ないから探す。

どうやら魔力を見える奴隷は少ないらしい。

黙って働けばいい。


魔力が見えることは誰にも言っていない。

だから鉱山のみんなは"魔力が見える"監督役の命令に従って動く。


奴隷になった4カ月が過ぎた頃。

僕にイラついた監督役に、僕は殺された。


「おい、そっちじゃない、こっちを掘れって言ってるだろ!」


監督役の男の怒鳴り声が響く。

この時の僕は疲れていた。

何よりコイツの言ってる方へ目を向いても、石ころしかない。

何もないただの石ころを掘れば、奴隷の誰かが死ぬ。

上は責任を監督役に、監督役は奴隷の誰かに、転嫁する。


だから僕は彼に言った。


「あそこは何もない」


何もない彼に教えた。


その瞬間、後頭部に鉄の棒が振り下ろされた。

視界が揺れ、頬が地面に触れる。

土と汗と血の匂いが混ざっていた。


「命令が聞けねえ奴はいらねえんだよ」


そこからは殴られ続けた。殴られて、蹴られて、引きずられて、また殴られて。

“痛い”というより、“何故生きてる”という感じだった。


僕は耐えたというより、反応する気力がなかった。


最後に、一番強く殴られた。

監督役は溜息をつきながら言った。


「死んだな。よし、捨てとけ」


足を掴まれ、地面をぐらぐらと引きずられ、外へ運ばれる。


明るい光がまぶしくて、涙が勝手に出た。

泣いてるわけじゃない。光が強いだけだ。


そのまま、僕は川へ捨てられた。

冷たい水に沈み、身体がゆっくり流される。

息が吸えない。けれど、苦しいと感じる余裕もなかった。


——ああ。

ここで終わりか。

クライスを探すどころか、自分すら満足に守れないまま。


そんなふうに思って、意識が暗く沈んでいった。



ーーーーー

「……おい、起きろよ。死ぬなよ、ラテス」


耳に馴染みすぎて、忘れようのない声だった。

夢かと思ったけど、夢にしては息が荒いし、手が震えていた。弱すぎる。


まぶたを開けた。

白い髪の顔が僕を覗き込んでいる。見慣れた顔。

僕は手を伸ばし、クライスの顔を抱いた。


「死ぬ直前の夢だとしても、これは狡い」


僕はそのままクライスをキスした。


クライスは一瞬混乱した顔で「は、おまえっ!?」

という顔になったが、それも生前の彼とは瓜二つだ。


「愛してるよ、クライス」


言ってる傍から涙が湧いて、ただの幻影に伝えるしかないとは

何故僕はもっと前にやらなかったのか。


そして僕は目を閉じ、そのまま寝落ちした



ーーーー


死んでいなかった。


状況が分からない。

小屋らしきどころ寝ていて、傍にはクライスが寝ている。


どういうこと?


このクライスは本当にクライスなのか?


僕の隣りに呑気に寝ている。頬を摘まんでも起きない。

この馬鹿加減はクライスだ。

それに、部屋の隅に例の白いタキシードが置いてある。


「でも...ここはどこだ?」

疑問は一瞬にして彼の寝息に掻き消され、

僕はひとまずこの安らぎに身を任せることにした。



「うーーーん?

ラテス、もう起きたんか?」


目を擦って、クライスは起きた。

「お前、ほんとにクライス、なのか?」


僕はそう訊ねた。


「え?」


「5ヶ月も消えて、どこにいったんだ?」


「いや、魔女に変な暗い場所に転移させられて、

そこから脱出して、気が付けば目の前の川にラテスが流れてた。

ラテスのほうこそどうなってんだ!?」


答えようとした時に、咳をした。血が混じった。

クライスは慌てて水を取ってきた


水を一口飲んで、息を整う


「クライスを探した時に奴隷にされて、鉱山に売られた」


淡々とその事実を伝える。


「ラテス、馬鹿なのか?

何でそんな無茶を!?

"俺の力"がなければ普通に死んでるぞ!!?」


僕の襟を掴んで怒鳴ってくるクライス。

こんなに怒ったクライスは初めてだ。


「それに...ああクソ、もういい、休んでろ


水を組んでくる」


僕は何かを返そうとしたけど、声が出ない。

代わりに、息の端で吐き捨てた。


「...ありがとう」



天井を眺め、何かをする気力は、もはや残ってない。

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