8(ク)
目を開ける。これが何度目か。
あれ?目が開けたのか?何か真っ暗だけどーーー
目を閉じる、真っ暗。目を開ける。
やはり真っ暗だ。
来る前に、あの魔女は確か、"魔物の餌にする"って言った。
とすると...ダンジョンなのかな?
どうしよう、俺全然戦闘能力ないけど、もしかして本当に食われるのかな....
怯えながら呼吸する。
目が徐々に暗さに慣れて、俺は近くの壁に背凭れて、地面に座った。
震えが止まらない。
もうすぐ死ぬって考えるだけでゾッとする。
一人で死ぬのはいい、病死は辛いけど、一度経験したんだ、それも納得できる。
食われるのは、生きたまま食われるのかな...
誰か助け...無理だ。
詰みでしょうね、いったい何が悪かったのだろうか...
軽々しくラテスについて王都にきたのが悪いのか
......それとも単に俺が弱かったのでしょうか
ポタポタと水の音が聞こえる。
そういえば腹が減ったまま転移されてたな。
口が乾いた。
立ち上がって水の音の方へ歩く。
どうせ死ぬなら水を飲んでから死のう
しかし歩いた先に、水はなかった。
壁だ。壁が進む先を塞いだ。よく見れば、四周に壁が覆われてる。
じゃあ水の音はどこから?
耳を壁に張り付いて聞くと、頭の上に液体が落ちてた
そっと頭を上げると、蜘蛛の糸が天井に張られ、その上に、
人サイズの繭に包まれた何かがあった。
ラテスに聞かされたダンジョン特産、アビス蜘蛛。
その巣だろう。
繭から、ぽた…ぽた…と音が落ちてきた。
ねばねばしてるこの液体は、アレからなのか。
人の汁か。
グロい系は耐性があるので、san値は保たれた。
幸い蜘蛛の姿がなかったので、ひとまず逃げることにした。
壁に沿って逃げて逃げて、息が上がる。
足元がぬかるんでいて、滑りそうになるたび、心臓が跳ね上がった。
暗闇が濃くて、指先で壁をなぞるしか道しるべがない。
人汁のねばねばの感触がまだ指に残っている。
食べられたくない!
後ろから物音が聞こえた。
何が這って、こっちに近づく音がした。
蜘蛛?
確証はないが、捕まったら死ぬ!
背筋が凍りつく。振り返る余裕なんてない。
走って走って、これほど体力の無さに絶望する時はいなかった。
やがて体力はゼロになって、俺は汗を拭きながら、ゆっくりと歩く。
だが足場が悪いのか、ぬるっとコケか何かを踏んで、俺は転んだ。
予想外の勢いで前につんのめる。
痛みが走る前に、カチっと言う音が聞こえた。
頭をあげて、目の前に扉が現れる。
足首が痛い。ふらふらと立ち上がる。
後ろから音が止んでいない。
俺は右足を引きつって、急いで扉を開けて中に逃げ込んだ。
扉を背に座る。
足音が近づき、心臓がバクバクと鳴り響く。
一秒ごとに緊張が増していき、そして足音が遠くへ消えた
助かったーーー
息を切らして周りを見回す。
暗さは相変わらずだが、なんか、微妙に光ってる。
なんだこの部屋。
崩れかけた石の柱、埃っぽい空気、キラキラと光る銀貨。
銀貨?
石の柱のそばに銀貨があった。
ラッキー!!
って逃げれないと使えないわ。
しかし、あの仕掛けのおかげだったのは理解してるけど、
どこだよここは。
中に入ると、すぐに俺は後悔した。
中央に、祭壇らしきものがあって、そこに一つの石像が立っている。
妊娠した女性の姿がそこにあった。
女性と呼ぶには、あまりにも幼いに見えるがな。
凡そ九か十ってくらいの幼い体躯に、丸く膨らんだ腹。
頭から小さな角が生え、尻尾が石の裾から覗いている。
石像の目は閉じられ、手は優しく腹を撫でている。
...これは、何だ?
邪神?
声に出して呟くと、反響が神殿に響いた。
静かすぎる空間で、自分の声が異様に大きく聞こえる。
近寄ると、石像に違和感があった。
石像の腹に、何か書いている。
手でそれを触れた。石像のわりに、柔わらかいーーー
よくみれば、肌の作り込みが繊細すぎる。
皮膚、毛、皺、すべてがただの石像とは思えないくらいに人間らしい。
美しい。
思わず声を出してしまう。
目がいかれる。
夜目の上に集中力を高めると目が痛い。
でも、柔らかい石像なんて、どうやって作ってんだろう?
もしかしてだけど、石化?
俺は声を出して言う。
「そうじゃ、よくわかったのう」
と低く、甘い響き。
俺はすぐにどこからの声か、理解し、石像から離れた。
だが石像は何一つ動いてる形跡がない。
顔も、腹も。
幻聴?
「違うぞ、わしが言ってるのじゃ、幻聴なぞではない」
俺は後ずさりした。背中が石柱にぶつかった。
逃げ場がない。ここの外は蜘蛛が張ってる。
終わりだ。俺は、おしまいだ!
頼みがある...食うなら殺して後でくれないか?
「なんじゃ?汝は食われたいのかい?
だが残念じゃ、わしは動けないんじゃ。
ここに閉じ込まれて数千年はおった。
千年前に、一度だけ人間とおったのじゃが、
アヤツらはここを漁るだけ漁って逃げたのじゃ」
腹が膨らんだロリの石像は微かに怒ってるように見えた。
でも実際は何にも変化はない。
声は確かに彼女の元から聞こえてる。
なんで、閉じ込められたのですか?
「そりゃ、わしの夫が異世界の勇者様じゃったから。
詳しいことは言えんが、その勇者の子を孕んだことを、正妻にバレて、
有ろうことかわしに石化の呪いにかけたのじゃ...
勇者様はわしが妊娠したのも、石化で閉じ込められたのも知らんのじゃ...」
悲しそうに語る石像の身の上の悲劇。
それはつまり、寝取られの復讐でこうなったわけだが。
数千年はさすがに可哀想に思える。
しかも身重の状態で。
尻尾が気になる。
悪魔?
「サキュバスじゃ。
名前はクルルじゃ。まあ悪魔の同類じゃな」
そうなのか、ところで、クルルさん、
何故俺はクルルさんの言葉が聞こえるんだ?
「わしの信者になったんじゃからだよ?」
信者?
「そうじゃよ。
わしに美を感じたものは、わしの信者になれるのじゃ」
てことは、サキュバスの神?
「似たようなものじゃ」
信者になって、どうなるんだ?強くなれるのか?
今ここから脱出したいんだけどーー
「それは無理じゃな。
わしの祝福は『性と繁栄』、力を与えるなど無理無理。
というか、もう祝福を与えたから」
与えた?なんのことですか?
「わしのお腹を触ったのじゃろう?
それが祝福を授かる儀式じゃ、
わしの寝床を漁る奴らにも同様祝福を与えたのじゃ
ーーーー聖なる子宮。
それが、わしの唯一の祝福」
...今、なんて?
「聖なる子宮。
つまり子供をたくさん産める祝福じゃ。
因みに、祝福は徐々に体に刻むゆえ、今すぐに体には影響はでんよ
だがやがて君は女になり、自と子を欲しがるだろう
君の子は必ず英雄になり、聖女になろう」
なんて?
「なんじゃ?嬉しくないのじゃ?」
石像に近づく。その腹に拳を当てる。
今すぐ解け。祝福とやらを
俺は聞いた通り、男だ。そんなふざけたな祝福なぞ!
「無理、祝福と呼んでるが、本質は呪い。
たとえわしを壊しても解けない」
っ!!
瞬間、部屋の隅に魔法陣らしきものが光った。
「祝福は与えた、例え君は嫌か、そうでないか、
わしにも、君にも、この事実を変えられはできない。
無闇に触ってくる君が駄目じゃよ。
トラップにかかった愚かものたちと同じじゃ。
それでも謝ろう。
お詫びに、出口を作ってやる。
その陣の中に入れば、このダンジョンから出られるんじゃ」
クルルはそう言って、俺はしばらく落ち込んだ。
女に?は?
気持ち悪い。
声が出た。
「女が嫌いなのかい?」
嫌いだ。特にこの世界の女が。
「なんじゃ、君も異世界からの旅人かい、
勇者様と同じ故郷を持つか」
そうだ。
「なら何故嫌がるんだい?
勇者が言っておったぞ?あの世界では女になりたい男が結構いたっと」
変態じゃないかそれ、俺はまともな人間だ。
「そうなのじゃ?
どれどれ……
うん?君はまともなら、
それなら何故"誰とも交わらない"のじゃ?」
え?
「わしは小さいとはいえ神じゃ、その気ならば
信者の過去など、簡単に見えるじゃ
君はもし"まとも"なら、何故しないのじゃ?」
そ、それは....
「元の世界ではもしかして無能じゃったの?」
いや、ちが....
「三十歳になっても、女と手を繋がったこともない、
話すことも恐れてできない、
今世では顔が良くても、やはりできずに、男友達とーーーー」
もういいだろうーーー!!!
やめてくれーー!!
「ラテスという人間と仲が良いじゃろう?
なら、わしの祝福は間違ってないと思うんじゃ」
女になって、友達とそういうことをしろって?
ふざけんな!
「そうかい。
すべてが君の自由じゃ、そろそろ帰りな、魔法陣は消えるぞ」
俺は点滅する魔法陣を見て、慌てて"走って"そこに飛び込んだ。
足がーーー
「祝福と言ったのじゃ、追々その恩恵を身を以て体験するがよい」




