17(リノ)
リスの魔物実験体一号、略してリノ一号。
その実体は毒の実を食らう穏やかな魔物ーーアプフェツ、その亜種である。
この時代はまだ魔物に亜種をつけられるほどに、魔物という存在には研究していない。
魔物の亜種は大きく分けて二つになる。
原種と近しい姿だが、生態が異なる場合。
原種と姿が違うが、生態そのものは変わらない場合。
これは人間が分類した結果でしかない。
その意味は、より人に害があるか、否か。
魔物の亜種は生まれやすい。
ストレスで亜種が生まれるんだ。
そもそも魔物と言っても、元は動物由来の亜種。そう、魔物は動物が原型である。
魔力を帯びる動物が奇妙な生態になって、危険視されると魔物として定義される。
ーーアプフェツ、リスの形をした魔物も、
ただ食ったら毒を持ってたから、魔物と呼ばれた。見た目が並みのリスと区別がほとんどだが、尻尾が若干ピンク色。
大昔に大陸全土に蝗害が発生した時に、飢えた農民たちがイノシシやリス、ネズミ、樹の皮、何から何まで食らって、生き延びた。
そんな人間の暴食に対応すべく、リスの中で一つのグループが毒性植物を食べ始めた。
ーーが、すぐに死んでしまう。
毒は食らったら死ぬ、当たり前である。
それでもリスは毒を食らっては死ぬ直前に子を残し、死に。また毒を食らって、子を残し、死に。たとえ蝗害がなくても、このグループのリスたちはひたすらに毒を食らい続けた。
約二百年、短い命が更に命を燃やして、やっと辿りつけたそれは、
毒を完全に適応して生き残った、新たな魔物、
その名は
ーーーアプフェツ。
見た目はただのリスであり、
知能もなく、毒を食らっては眠る魔物。
それが何故魔物と呼ばれるに至ったのか、
つまるところ飢饉。
歴史上、第百三回目の蝗害による飢饉。
遂にリスの原種が絶滅寸前に陥ってしまった。
しかし飢饉による人の暴食は止まらない。
獣は人の足音を怯え、話声を聞けば逃げ出す、たとえ殺せても、存在が暴露すれば、即ち群れ全体の死を意味する。
ただの獣は、飢えた人間の知恵には適わない。
完全に毒を適応したリスは、やはり人間には簡単に引っ捕らえてしまう。
何万匹の"肥えた"リスたちが洞窟の中で横たわって寝てる。
それを見つけた子供は大喜びで大人を呼びつけては、みんなでリスを運び、
村から街まで、遂に国の王もそれを聞いて、食べる為に城から出た。
天から肉を降ったようなものだ。
そのグループの、ほぼ全ての毒に適応したリスが、みな捕らえられた。
数匹だけ逃げ延び、原種と交わって繁栄した。
たった数百程度のリスが繁栄した。
その後も何十回も飢饉が発生したにも関わらず、リスは生き延びた。
さぞかしうまいだろう。
国中の人々を集まって、肉の祭りをした。
神が肉を人々に与えたとか、これは祝福とか、みんな脳がハッピーハッピーで、誰一人、それが何の肉かは気にしない。
何せ母が子を守る為に自らの肉を売るという逸話を残すほどの時代だ。
恐らくたとえそれが人肉でも、誰として気にはしないであろう。
という訳で、ハッピーな祭りに出された肉のスープを呑んだ、この国は、
三ヶ月にして滅んだ。
アプフェツは魔物と呼ばれる一番の理由としてあげられるのは、その血に含む遅効性毒だ。
その毒は寒さには弱い、暑さにも弱い。
けれど消えはしない。
たとえ抑圧されても、三ヶ月で活性化する。
そして、まずは人の全ての筋肉を麻痺する。
これだけで人は死ぬが、これは副次効果。
神経を麻痺して、筋肉を麻痺して、そして全ての細胞を溶解させて、ケツから出る。
しかし神経を麻痺する段階で、人は死ぬので、血液がとまり、その後の効果は人の身では確認されていない。
野生動物の中でそういう死に方の生物はたまにある。
アプフェツの毒を食らった国の人々はみな死に絶え、わずかに食わなかった人は隣国に逃げて、だがやはり死んだ。
空気の中でも、毒は存在し続けるのだ。
こうして、アプフェツは魔物と呼ばれたが、凶悪な魔物はアプフェツの他にもあるので、
結局アプフェツは善良な魔物と分類された。
"食わなければいい"という分類。
殺しても、オモチャにして持て遊んでも、何でもいい。食べなければ。
そして人の悪意により、新たな知恵の魔物が、アプフェツの亜種が一つ誕生した。
————
夜。
洞窟の中で、眠ってるオオカミの姿をした魔物は、子供に乳を与えてる。
「チュ!」
【魔物!魔物!】
突如、どこからか鳴き声が聞こえた。
悪意に満ちたその鳴き声に、母オオカミは立ち上がり、周りに向けて グルルッ! と威嚇する。
しかしそれもやはり手遅れ。
立ち上がった瞬間、何かが下にいる。
首に何か尖ったものが刺さってる。
それを意識する間もなく、母オオカミは凄まじい痙攣した後に、子供のそばで倒れ、動かなくなった。
その子供たちはリスに向かって吠えるが、リスは口を開き、一匹の耳を噛んだ。
そのまま、子オオカミは死んだ。
他の子らは混乱して、逃げ惑うが、洞窟から出られたのは、一匹だけ。
しかしやっとの思いで出たのに、上から一つの声が聞こえた。
「チューー!」
【ハハッ、逃げろ逃げろ!もっと足掻け!魔物!
気持ちいいーーー!!!】
リスの鋭い爪は子犬のような魔物の頭蓋骨を突き破り。子犬はそのまま死んだ。
魔物を殺して、脳内に【主人】のご褒美が溢れる。魔力が脳の中でぐるぐると快楽物質を解き放つ。
リノ一号は地面に横たわる。
幸せで世界が回る。
気持ちいい!
気持ちいい!
「チュ!!!」
【これだ!これだ!これだ!もっともっともっとーーー】
血の匂いが森の中の魔物をおびき寄せる。
リノはごろごろと快楽に酔いしれて、月明かりが心地よく感じる。
しかしすぐに陰りが体を覆う。
その陰りを目にするリノ一号は、
「チュ」と鳴いて、身を翻して、対峙し始めた。
クマの形をした魔物。
野獣の熊の倍近い体躯を持ち、背中には硬質化した岩のような皮膚を纏う。
魔物だ。
普通の魔物ではない。
その様子は狂気そのものだった。
リノ一号は思い出す。
オオカミを殺す前に、たまたま見掛けたクマの子供を殺したこと。恐らくコイツはその母だろう。
母は強し、そして盲目である。
足元をチョロチョロと動き回る、尻尾の先がわずかにピンク色をした「リス」。
血の匂いで分かる、己の子の命を奪ったのは、このモノだ。
「グルゥ……」
しかし、リスの血は毒を持ってるのを知ってるから。狂乱しても、殺すべきかを迷ってる。
「チュ?」
【なんだ?子供の復讐しにきたんじゃないの?】
そのことを聞いて、クマは激昂する。
巨大な前足を振り下ろす。
ドォン、と地面が爆ぜる。
重力に逆らうような動きで、
リノ一号はその腕を駆け上がって、熊の耳元に到達した。耳の中に爪を伸ばせば、このクマは死ぬ。
そうやって子供を殺したから、リノ一号には難しいことじゃない。
熊が首を振って振り払おうとするが、
当然無意味な行動だ。
「ガァッ!?」
熊が悲鳴を上げた。
殺されると自覚してしまった。
リノ一号は伸ばすはずの爪を止める。
面白い事を考えた。
「チュ」
【私に従え。
私は魔物を殺したい。
でもこの森は魔物が少ない、森の外から魔物を連れてこい、ソイツがお前の身代わりになる】
その言葉に、クマは拒絶することができなかった。彼女は本能的に、恐怖したのである。
魔物は元来知能は存在しない。
あっても人間としては四五歳程度。
母クマは低いとは言え、知能を持ってる、ゆえにリノ一号の言葉を聞いて理解できて、
従わないと死ぬと感じた。
リノ一号は地面に降りて、すぐに母クマを睨みつける。
母クマは怯えながら、木々をなぎ倒し、逃げ出した。
リノ一号はクマが消えたのを見て、またオオカミの子の死体のそばで横たわる。
一晩でクマの子供とオオカミ一家を殺した程度、まだまだ魔物はあるはず。
匂いに釣られた魔物を待つ。
それがリノ一号が考えた最適解。
匂いに釣られてきた別のオオカミの魔物が三匹現れた。一匹はオス、二匹はまだ大人になっていない魔物。
きゅーー!
「チュ?」
【家族のための復讐ってパターン、
多くないですか?】
オスのオオカミが突っ込んでくる。
リノはジャンプして、宙を舞う。
オスのオオカミの後ろの二匹はこの機を伺い、同時に跳んできた。
リノの尻尾を噛もうとした。
「チュ」
【噛んでもいいが、死しますよ】
そうは言うが、リノは噛まれる寸前に歯を避けて、爪を伸ばした。
一匹目の毛皮を突き破る。
地面に落ちた二匹と後ろで低い声で唸るオスのオオカミ。二匹の一つがもうじき死ぬ。
なので片割れも送ってやろう。
リノは迷わずにもう一匹を目標と定め、
歯を構え、猛ダッシュ。
しかし止められた。毒を食らった奴が身を挺してリノの攻撃を食らった。
耳を噛まれても、彼は長く吠える。
まるで「逃げろ!!!」と言わんばかりの声。
その声が届いたのか、オスのオオカミも、片割れもこの隙に逃げていった。
歯を耳から抜いて、リノはイラつく。
「チュ...」
【やってくれたね】
ピクピクと痙攣したオオカミは、その声に返事はしない。もうすぐで死ぬだから。
まあいい。明日でも探し出して殺せばいい。
リノ一号はそう思いながら、家へ帰った。
いっぱい食って、寝る。
不愉快なことは、その日のうちに忘れることが一番だ。




