16(ク)
ラテスを駄目人間にすると約束して一ヶ月。
俺は早くも限界を感じた。
ここから出よう。
もうここでの生活は無理だ。
村でも、監獄でもいいから、人のある場所で生活しよう!
と俺は提案したが。
ラテスは拒絶した。
体の方はもうすっかり戻に戻ってるが、精神面は不安でしょうがないみたい。
山の麓に村がある、あそこで食料を買ってると教えた。
「一緒にいくか?」と聞けば首は横に振る。
動悸して汗も出る。無理して連れて行こうとすれば気絶する。
完全にパニック状態に陥った。
ラテスが立ち直るまで傍でいないといけないのに。
そろそろ預けた銀貨の分の金がなくなる頃だ。
なのにラテスは治る気配もない。
ニートを心配して、社会復帰させるお母さんの気分。
神は役に立たない。
毎日だらだらと精液を求む一方、俺がいざ、"俺にやれる職業はないか"と聞くと、
娼婦?と言うんだ。クソ神である。
そんなときはチュビさんに聞く。
「それなら、うちでウェイトレスになりませんか?一日に二日分の食料を保証しますよ」
チュビさんは笑顔のまま答える。
ウェイターじゃなくて?
「駄目です、そういう服装はないです。
私が着てるウェイトレスの服装しかありません」
それでも、何とかならないんか?
と粘ったら、チュビさんはしょうがなく溜め息をついた。
「クライスさんが着ている服、
私が貸したものですよね?
今更何が不満なの?」
ご、ごめんなさい ! なります ! なりますから !
やられたとは言わない。
服を貸して貰った日からなんとなくこうなると思っていた。
ーーー
俺が、早く小屋生活から離れたい理由の一つはーーー衣服、である。
成長盛りのラテスと俺には、食事も大変だが、それ以上に、服と靴のことが大変だった。
クライスの奴隷服は、もうぼろっぼろになってる。俺の服では駄目でした。
ラテスは"アレはクライスのためのオーダーメイド"と言った。サイズがピッタリのもの。
それ聞いてぼんやりした俺は"そうか"と返事した。特にあんまり思うことがなかった。
それは"大人として"の俺の認識だが、な。
大人は体のサイズはあんまり変わらない。
太らなければ、ずっと同じサイズのものでもいい。
そして前世の俺はずっと同じ体型だった。
即ちこのときの俺は、
体が成長するという当たり前の、子供だけの現象を、ちっとも考えていなかった。
そして物の見事に、
俺のズボンが破ってしまったんだ。
しかも酒場のカウンター前で、地面にうっかり落としたパンを拾うときに。
ちょっとしゃがんだ程度で、真っ二つになるズボン。その音を聞いて、やけにスースーすると思うほどに、現実逃避してしまった。
チュビさんのおかげでその場は何とかなったが、
「私の服を貸してあげようか?」
と聞かれる。
断るつもりだったが、
「断ってもいいですよ?
でもこの村から服を売ってる街の距離は一日歩かないといけないんですよ?
その破れたタキシードで行くんですか?」
詰み。言葉一つ見つからない。
チュビさんの服を着させてもらいましたが、悪くなかった。
ついでに "誰か"のせいで" 伸びまくった髪の問題も解決してくれた。
長い髪には、大きな街では買い手がいるらしく、チュビさんも髪が伸びたら売る様で、それで髪を売るかと聞いた。
売りたいっ!
服は高いだそうだ。
圧倒的に金がない今、ご飯のことすらも悩んでるのに、衣服なんて、買えるわけない!
なるべく多く売りたいから、肩から足元までは売りたい。長ければ長いほどいい値段がつくらしい。
タキシードも売りたかったが、
ラテスに泣いて「やめてくれ」と懇願されて、仕方なく売らないことにした。
期待して二日後、チュビさんが告げる、商人が近くの街ーーテュルデからしばらく出かけるようだ。
つまりまだ髪は売れそうにない。
ーーー
髪を売って少し金を作ってから、もう少しラテスの様子を伺うと思ってたが、
さすがにそれはもう無理。
人から善意で雇って貰えるんなら、それでいい。
少なくともガンを患ってすぐに「もうこないでくれ」と言った店長よりまし。
翌朝、予め今日一日の分の食料を置いて、俺はラテスに「行ってくる」と、村の酒場へ向かった。
行く間際に、ラテスは悲しそうな顔をした。
お前が原罪だぞ?世話かけやがって
まったく
酒場の扉を開き、チュビさんは朝から笑顔で俺を待ってた。
カウンターの奥に、折り畳まれた一着。
見ただけで顔の痙攣が止まらん。
私服ならまだいいが、仕事か。
「早く着替えてください」
圧力をかけてくるチュビさん。
はい。
物置部屋に行って、渡された服に袖を通す。
黒のワンピース風ベースに、白いエプロンとフリル。スカートは長めだけど、そこまでは動き辛くない。スースーするが、前お嬢様にされてたから、もう慣れた。
頭にはカチューシャ付きのリボンまである。
鏡ないから、よくわからんけど、チュビさんが「完璧!」って拍手した。
「名前はどうします?
クライスだと男の子っぽいから、客も乗り気にはなりませんよね?」
つまり、偽名?
「その通り。
そうだな、クリスでどうですか?」
チュビさんはニコニコな顔。
俺はげっそりと帰りたくなった。
....じゃあ、それでいいよ
「今日からよろしくね、クリスちゃん!」
開店時間になったが、客はない。
それはそうだ。
この時間はみな畑か果樹園にいるから。
夕方から夜の時間が客が一番多いらしい、
でも暇というわけじゃない、
昼間の俺の仕事は掃除と皿洗い。
皿の量はそこそこ。
昼過ぎになると、いつもの三人組が入ってきて、俺を見て固まった。
「……魔女が、いる!」
「マジで魔女だ、何でここに?」
俺は無言で睨みつけてやった。
リーダーの赤髪がビクッとして逃げていった。
夕方になるにつれて、
客がぞろぞろ増えはじめた。
俺が注文を取りに近づいた瞬間——
尻を揉まれた。
おいおいおいおい、まじかよ、
初日にこれ?
『うはああーーよく寝た。
ん?なんじゃ、君、
ここは、もしや娼館?』
神の揶揄いを無視し、俺は必死で笑顔を作って、低い声で尋ねる。
ご注文は何にしますか?
尻を触ってるおっさんは、目を開いて、俺の顔をじっと見て、ゆっくりと手を離した。
「ああ、いつもの、ビールに焼き芋」
チュビさんはカウンターの後ろでクスクス笑って、「はーーい」って返事した。
絶対知っててやらせてんだろう!
客が増えてきて、俺はてんやわんや。
最初の客は男と知って、触らないだけで、
「クリスちゃん、こっちも!」ってばかりだった。
注文間違えそうになると、チュビさんがフォローしてくれる。どうやら常連さんしかいないみたい。
『ふふふ、客の視線が熱い熱いのう……特にあのお兄さん、君の尻ばっか見ておるぞ』
....まじかよ、珍しくイケメンもいると思ったのに、変態かよ。
閉店後、チュビさんが今日の分の食料(二人で三日分くらいありそう)を袋に詰めてくれた。
「お疲れ。
明日は良いです、二日に一回で大丈夫ですよ」
……はい!
あ、営業スマイルで返事してしまった。
「慣れが早いですね。」
....うう
小屋に戻ると、ラテスがベッドで待ってた。
「やっと帰った...って、ええ?」
俺の姿を見て、ラテスがびっくりした顔で、ベッドから立ち上がった。
「……その服、どうしたの?」
あ、そういえば店の服でまだ着替えが!
...これは恥ずかしい。
説明すると、ラテスはしばらく黙った。
「似合ってるよ。……すごく、綺麗」
ソーセージを食べながら、今日のことを少し話した。主にセクハラの話。
ラテスは笑わなかった。
「やっぱり気分が悪い?」
そうでもない。なかなか楽しかった。
前世で女装してちやほやされる奴らの考えがわかった気がする。
「そっか。クライスがいいなら、僕も応援するよ。」
隣りで座ってるラテスの体から匂いがする。
微妙に酸っぱい臭い。
村の男たちの汗臭いのほうがよっぽどましになるレベル。なるほど、長い間ラテスと生活して、鼻がバグったのか。
そろそろ体洗ってあげた方がいいな。




