12(イグネット)
魔女リリアによる学園テロ。
一人の受験生が拉致られ、多数が怪我を負った。しかし拉致られたのはクラス4の生徒ゆえ、捜索に割く資金は少なく、ほとんどが怪我した生徒に使った。
それはラテスも消えて"半年 "のことだった。
学園に入学したイグネットはずっと学園側に圧力をかけて、遂に学園側も折れた。
遺族宛に弔慰金、500ゴル(金貨)を送ろうとしたが、生憎クライスが書いた住処はイグネットの屋敷なので、
金は関係者であるイグネットの家に送られた。
これのせいでイグネットは令嬢の間では陰口で叩かれたが。
「詐欺をしてるでは?」
「もしかして魔女もこの女が...!」
「都合よくたまたま居候しにきた人が死んで、金も貰えるのですね、本当に"運"がいいですこと」
イグネットはそんなことに気にも留めなかった。
この金はラテスにクライスの家族へ送ったほうがいい。
そう思って、イグネットは人を使いラテスを探したが、行方を知れず。
遂に鉱山関係者のところでそれらしい奴隷がいることを突き止めたが、
「関係者によりますと、
ラテス様は...もう結構前に死んでいました...死体も川に捨てられて、申し訳ございますが、見つかりませんでした」
ラテスの死を聞いたイグネットはその場に崩れて、しばらく寝込んだ。
それだけショックなことに、イグネットはその日から笑うことができなくなった。
奴隷商に復讐にも力と時間が足りず、それにもう次の婚約者は決められていた。
無闇に復讐などして、家の名に泥を被らせるにはいかない。結局どうしようも無かった。
悲しみに落ち込んだイグネットは手紙をそのままにし、その日の授業はサボった。
イグネットは金と謝罪の手紙を携えてクライスの村にいった。
村人にクライスの住処を聞いて、
兵がクライスの家のドアをノックすると、ドアが開かれた。約二メートルの大男が現れた。
イグネットの親は彼に遮られ、彼が退けて、ようやく平凡な顔付きのクライスの親が見えた。
「これはこれは失礼ながら、どちら様ですか?」
イグネットは簡単な自己紹介をして、クライスの死のことを伝えた。
「クライスが、死んだのですか...?
そうですか、わざわざすみませんね」
特に悲しみ落ち込む様子はなかった。
「そうか、でも本当に悪いわ。
イグネット様みたいなお方があんな出来損ないの為に時間を使わせるなんてね」
淡々と、薄ら笑みでそう述べるクライスの母。
イグネットは何も言わず、弔慰金を渡した。
「これ...は?」
クライスの母は金を見て、思わず固まる。
その反応は、ありふれた欲望に身を滅ぼされる人間のソレだった。
大男は誰かとイグネットは聞いた。
「ルティス、ごさい!」
と自己紹介する子供。
背が高いだけで、魔力をまったく感じさせない。
この子があるから、魔力の素質があるクライスを出来損ないと呼ぶのか。
とんだ毒親だ。
イグネットは心底あのようなモノをクライスの親として認めたくなかった。
無知は罪だ。
学園を帰ってからも、
来る日も来る日もつまらないことばかり。
その中でも、一番興ざめなのが、彼女の婚約者ーーーバルトリンとの交流だった。
婚約者であるバルトリンは魔法の天才だ。
魔法に関してだけはずば抜けてる。
だがそれは実技が強いではない。
もし戦ったら、間違いなくイグネットに瞬殺される。
ーーー何せ反射が遅いから、発動する前に簡単に組み伏せちゃう。
ただもし魔法が発動すれば、受け止める人は早々いない。そんな天才がイグネットの婚約者。
その上公爵の長男だから、イグネットの親は不思議に思った、
なぜうちの娘を?っと
貴族と言っても、イグネットの家は成金上がり、本物の大貴族のバルトリンの家とは天と地の差がある。
その疑問を素直に彼に聞くと、
拍子抜けな答えだった。
単純にイグネットに惚れただけだ。
バルトリンは一言で言うと。
陰キャ。
ただ魔法が強い陰キャ。
権力も、金も、才能も、全てがイグネットより上の陰キャ。
魔法にだけ興味を持ち、他は一切できず、毎日研究室に籠って魔法を開発する。
イグネットは親の言いつけ通り、ご飯を持って、ついでに笑顔を作ってればいいと、
普通なら裏があると見破れるけど、バルトリンは馬鹿で頭ピンクなので、それで喜びます。
ついでに毎月5000ゴルのお遣い代をイグネットに送る。ご飯を運ぶだけで、だ。
二人の間は会ってからほぼ会話はなく、
イグネットからの打算と家を守るための一方的なアプローチ。
キモさを我慢して、学園でずっとそうやって生活してた。
が。ラテスが死んで、イグネットは作り笑顔さえしなくなった。
うんざりしたから。
「ど、どうしたの?
ライネス嬢、機嫌悪いの?」
イグネットは何も答えず、ご飯をそっと彼の前に置いて、研究室を出た。
せっかくの癒しが消え失せ。
更にこんな嫌な奴と結婚しなければならない。
ご飯もマズイ、娯楽もなく、本はイマイチ、交際相手が下の下。ハズレも大ハズレ。
死にたい。イグネットはそう思った。
---
イグネットは授業の合間、いつものように窓辺でぼんやりと外を眺めていた。
曇り。
そんな時、
廊下から声が漏れてきた。
騒がしい声がイライラさせる。
「いけないと思うよ...怖い」
一人の女の子が怯えた声。
「あんな陰湿な女が何が怖いんだよ」
イグネットはゆっくりと声の方へ向いた。
二人組が教室に入る。
赤い髪の娘が振り返り、吊り目が大きく見開かれる。黒い髪の娘は後ずさる。
ーー赤髪のラグゼと黒髪のナッティー
名の知れた仲良し組。
吊り目のラグゼは意地っぱりの正直者、垂れ目のナッティーは意地悪な臆病者。
二人は小さいからの付き合いで、いつも腕を組んで歩いてる。トイレもお風呂も一緒だったと聞いた。
「イ、イグネット嬢、ご機嫌よう」
イグネットはじっと彼女たちを凝視する。
「ご機嫌よう」
なかなか可愛いじゃないか。
「二人は仲良しですね」
「そ、そんなことはないよ」
二人は逃げるように席へ戻った。
嫌われたものですね、とイグネットは思い、
尿意を感じてトイレへ駆け込んだ。
窓の外が風が吹いてる。
歩くと女子からの嫌悪の眼差し、男子の嫌らしい目付きが見える。どっちにも嫌われてる。
トイレから教室へ戻ると。
仲良し二人組が、
イグネットの席に悪戯をしていた。
悪戯と言っても、イグネットの馬鹿でっかい貴族様専用の机の隅に、小さい字で「お馬鹿なライネス嬢」って書いてるだけ。
目のいいイグネットは見えるが、もう少し目が悪い人ならただの黒い点にしか見えないでしょう。
しょぼい悪戯。
イグネットの足音に気づき、二人は慌ててその文字を隠すようにイグネットと面と向かう。
そんな仕草に、イグネットはふと思いついた。ストレスの発散法をーーー
「二人とも、少し付き合ってくれない?」
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イグネットは二人を連れて、トイレに入った。
昼休みのトイレの個室。
連れションしてる女子の話声が聞こえる。
こんな騒がしい時に。
なぜトイレに?
ナッティーは怖くなった
「あ、あたしたちを、何故ここに?」
ラグゼが強がった声を出す。
ナッティーは怯えた顔で、ラグぜの背後に隠れてた。
イグネットは扉を閉め、鍵をかけない。
逃げ道を残す――というより、そもそも閉じ込んでいない。ストレス発散に、そんな回りくどいことはしない。
「もしかして、わたくしが怒ってる、
と思った?」
イグネットは静かに話す。
二人は震える。
「机に落書きする、それは別にいいの。
可愛い子の悪戯で済ませるから」
「でもねーーー」
イグネットは一歩近づいた。
声は低く、穏やかで、授業中よりずっと大人びている。
「少し嫌なことが重ねて、わたくし、
ちょうど今が不機嫌のピークなんです」
ラグゼが顔にハテナがいっぱいで、何を言ってるのか、まったくわからなかった。
ナッティーも同じで困惑してたが、ただイグネットの声が凄くいいと思った。
「あなた、ラグゼちゃん、だったわね?」
名前を呼ばれ、赤い髪が揺れる。
「可愛い顔なのに、妙にトゲがあるわね。」
ラグゼの瞳がブレる。
恐怖、そして褒められてるのか否かの疑惑。
「ナッティーちゃん?
わたくし、この娘が気に入ったわ、もらっていい?」
ナッティーの呼吸が乱れる。
「ナッティー?」
ラグゼは当然その質問に、ナッティーの顔を見て、ナッティーが動揺してるのがはっきりわかった。
イグネットは更にラグゼに詰め寄る。
「黙っているなら、肯定と見なしますわ」
そして――
イグネットはラグゼの顎に、指先を添えた。
「……その唇、頂戴しますわ」
触られて、ラグゼは強情に睨み返そうとした――が、声を聞いた途端、身体が固まる。
距離が、消える。
ぬめりを帯びた感触が、ラグゼに襲う。
すぐにそれが唇だと察知するが、離れない。
イグネットの腕はラグゼの背に回させ、ぎっしりと固定した。
確かめるように、イグネットの舌が伸びて、ラグゼの口に触れる。
呼吸が混じり、ラグゼの喉が小さく鳴った。
「……いやっ」
そう鳴いたラグゼ。
しかし何も起きない。
彼女はただそう言っただけ。
何の抵抗もせずに、本能的に唇を開いた。
親友の前で、さっきまでイジメしようとした女の子に、舌の蹂躙を許した。
情けないとラグゼちゃんは目を閉じ、涙を流した。
長く、ゆっくりな、時間を溶かすような口づけ。頭の中まで侵される感覚。
とうとう息ができないと、彼女は縋るように、目を開けて、視線でイグネットに懇願した。
『ゆるして』と言わんばかりに。
イグネットは応じた。
そして離れた瞬間、ラグゼは息を荒くして俯いた。
「な……ラグゼ?」
ナッティーちゃんは顔を赤くして、二人の行為に驚いた。
「足りませんわね、ナッティーちゃん。
まさか、ラグゼちゃんがこんなに弱いとはね。
けど、弱い者イジメはよくないと思うの。
ナッティーちゃんはそう思いませんか?」
イグネットはラグゼの体から手を離し、妖艶な顔でナッティーに見つめる。
同時にラグゼは弱い声を上げた。
「……ナッティー、たすけて?」
その声がナッティーの心に勇気をつけた。
イグネットはナッティーの頬を包むように抱いた。
「いいかしら?」
イグネットはやはり無表情のまま。
寒気をもたらすその無機質に、ナッティーは怖いと思った。
「ご、ご勝手に?」
これが精いっぱいの反撃。
「そう、じゃあ頂きますわ」
ーーー
個室を出る頃には、二人ともすっかり腰が砕けて、乙女が出しちゃいけない顔になっていた。
もちろん、行為中も、
イグネットたちの声はしっかりと周りに漏れていた。
"三回戦"のときは、もう連れションしてる女子は、誰も一言も喋らず、みな三人の色っぽい声に釣られて、仲がそこそこいい女の子はペアを組んで、キスし始めた。
十二歳の女の子たちは、性に関する知識はある程度わかるが、あくまで子供は男女で一緒にでなければという程度。
それはつまり何も知らないと等しい。
無垢が故に、彼女たちは、その行為は何を意味することも知らない。
個室から出て、すっかりデキ上がったこの空間に、イグネットは咳をする。
その声によって、女の子たちは騒ぎをやめ、
恥ずかしそうに、ペアでトイレから出ていった。
イグネットは久しぶりに晴れやかな気持ちでいられた。ストレス駄目、ぜったい。
両側にはハート目のラグゼとナッティーが「お姉様」と呼んでいて、凄く可愛らしかった。
「教室に戻りましょう、もうすぐ授業ですわ」
「「はい!」」




