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飢餓に喘ぐ宗教二世の私を救ってくれたのは──

作者: ファイアス
掲載日:2025/11/12

 人生に救いなんてない。

 自力で足掻くことをやめて救いを求める人間は、搾取され続ける運命を辿る。

 搾取できなくなったら捨てられる。

 私の母がそうであったように……


 母は異世界転生者を崇拝するカルト宗教『異世界真理の聖光』を妄信していた。

 転生者が自分の日常に光を与えてくれると信じていた。

 信仰の代償は献上金の要求だった。

 正常な思考を保てていれば、献金は私生活に支障が出ない範囲で行う。


 だが、母はそうではなかった。

 転生者の救いに導かれないのは、信仰が足りないからだ。

 そう言われた母は、生活を犠牲にした信仰へのめり込んでいった。

 私の食事は徐々に減らされ、最後には家を失った。

 私は母と共に路上生活を強いられると、ゴミ捨て場で貴族の食べ残しを漁る日々が始まった。


 母はそんな生活に耐え切れず、転生者に救いを求めながら餓死した。

 あまりにも哀れだった。

 私は愚かな母を憎んでいた。

 しかし、母が亡くなっても私の生活に希望が戻ることはなかった。


 悪臭の漂うゴミ捨て場で食事を繰り返していると、いつしか食事そのものが嫌いになった。

 でも、他に方法はなかった。

 だから、私は今日もゴミ捨て場を漁り、食べ残しを探していた。


「うっぷ……」


 吐き気がする。

 お腹いっぱい食べられたからではない。

 空腹と鼻を刺す臭いに、体が拒絶しているからだ。

 それでも生き延びるためには、食いつがなければならない。


「!」


 不快な食事を終えたのも束の間、数人の貴族が近づいてきた。

 逃げなければ……

 彼らに食事していたことを悟られてはいけない。

 今の私はゴミを荒らすカラスと同じだ。

 見つかれば景観を乱す害獣として、絶命するまで暴行を加えられる。

 だから私は、彼らに見つからないうちに、急ぎその場から立ち去ろうとした。

 しかし──


「うおっ……」


 足を踏み出した先には見知らぬ男性が立っていた。

 無地の白いTシャツに、チノパンを着用していた彼には何の飾り気もない。

 だが、がっちりと引き締まった肉体からは、全身鎧を身に着けた騎士のような迫力があった。


「ご、ごめんなさい」


 自分の不注意でぶつかってしまった私は、謝罪すると同時にその場から逃げるように立ち去った。


「ちょっと待ちな」


 彼は私を引き止めようとしたが、振り返らずに無視を決め込んだ。

 相手の素性は分からない。

 だから何をされるかわからない。


 私は彼の制止を振り切り、生活拠点の廃墟へと帰宅した。

 この廃墟は至るところから雨漏りをしており、雨風を凌げる場所とすら言えない。

 それでも今の私には贅沢なくらいの住処だった。

 いつものように日が落ちると、私はすぐに眠りについた。

 灯りのないこの廃墟では、夜にできることなんて何もないからだ。


 翌朝、私は今日も食事を求めていつものゴミ捨て場へと向かった。

 すると、そこには昨日ぶつかった大柄の男が、私を待つように立っていた。

 私は彼の姿を確認すると、その場を彼が立ち去るまで物陰から様子を伺うことにした。

 一時間ほど様子を伺っていたが、一向に立ち去る様子はない。

 どうすればいい?

 今日は他のゴミ捨て場を探すべきか?

 だが、もうお腹が限界だ。

 このまま新たに探すのは……

 私は意識が朦朧としてきた。

 それからどうなったかは覚えていない。


 目を覚ました私は、見知らぬ室内で暖かい布団に包まれ横になっていた。

 室内は汚れがほとんどなく、綺麗に清掃されていることが分かる。

 奴隷商人に拉致されたと考えるには、扱いが丁寧すぎる。


「私、死んじゃったのかな……」


 ここは死後の世界だ。

 そうとしか思えなかった。

 しかし、『ぐぅぅぅ』と空腹を知らせる腹の音が、私の体を伝ってくる。

 ああ、この空腹感は死後も私の精神を蝕むのか。

 私はその現実に絶望した。


「……」


 足音が聞こえる。

 誰かいるのだろうか?

 その足音が次第に大きくなっていく。

 私の元へと何者かが近づいているようだ。

 死神の案内だろうか?


 足音が止まり、私のいる部屋の扉が開いた。


「えっ……」


 扉の向こうに立っていた人物の姿に、私は表情を硬直させた。

 ゴミ捨て場で出会った大柄の男だ。

 彼は死神として、私を待っていたのか。


「良かった。目を覚ましたんだな」


 私の目覚めに彼は、優しく微笑む。

 地獄への案内は、随分と丁寧なようだ。


「あなたは死神だったんですね」

「おいおい、何で俺が死神なんだよ」

「違うんですか?」


 状況を正しく理解できていない私に、彼は事の経緯を教えてくれた。

 彼は私が倒れていたことに気づき、救護してくれたらしい。

 どうやら私はまだ死んでいないようだ。


「嬢ちゃん、名前は?」

「シェローネです」

「ほう、いい名前じゃないか」

「そうですか?」


 名前は相手を識別する記号でしかない。

 そんな認識しかない私に、名前の響きの良し悪しを判別できなかった。


「俺は剛田力也ってもんだ。よろしくな」

「ゴウダリキヤさんですか?随分変わった名前ですね」

「俺の世界じゃ、ありふれた名前なんだけどな。あと俺のことは力也って呼んでくれ」

「えーっと?」

「どうした?」

「何でミドルネームで呼ぶんですか?」

「ああ、俺の世界じゃ名前の文化が異なるんだ」


 どうやら私がミドルネームと認識していた『力也』の名が、彼の国ではファーストネームに値するらしい。

 私はそんな文化の国を知らないが、彼はどこの国の人なのだろう?


「異国の旅人だったんですか」

「いや、ちょっと違うな」

「はい?」

「信じてもらえるか分からねぇが、俺は異世界からの転生者召喚だ」

「……」


 転生者──その言葉を聞いた途端、私は眩暈に見舞われて意識を失った。

 力也さんによると、私が再び意識を取り戻したのは、約20分後のことだったらしい。


 母の妄信していた救いの神が、目の前にいるなんて今でも信じられない。

 何で救いを求めていた母の願いに応えなかった?

 何で転生者を嫌う私を助けた?

 助けてくれたのは嬉しいけれど、どうしてその恩人が転生者なの……

 何もかもが嫌になる。


「はぁ……」


 思わず大きなため息が出る。

 助けてくれた彼には申し訳ないと思いながらも、私は抱え込んだ感情を抑えきれなかった。


「シェローネは転生者に嫌な思い出があるのか?」


 私のため息に、力也さんはすぐに心情を察した。


「……」


 私は彼に吐露すべきかと判断に時間を置く。

 転生者がいることで、異世界真理の聖光が台頭した。

 彼らがいなければ、私や母はこんな目に遭わなかった。

 けれど、転生者が悪いわけではない。

 力也さん自身はもちろん悪くない。

 悪くない──それでも嫌いなのは嫌いだ。


「ごめんなさい」


 打ち明けられない。

 その意志を謝罪の言葉で返した。

 彼自身は善人だろう。

 ワガママなのは自分だ──そう自覚した上での返答だった。


「話したくねぇならいいさ。それより飯は食えそうか?」

「は、はい!」


 彼の問いに迷わず「はい」と答えていた私の生存本能は、転生者への嫌悪感情をずっと上回っていたようだ。


「おう、じゃあ待ってろ。料理してくるからよ」

「ありがとうございます!」


 転生者は嫌いだ。

 でも彼のことは好きになれる。

 そんな気がした。


「待たせたな」


 約10分後、料理を終えた力也さんが私の元へ戻ってきた。

 彼の持ってきた料理は、私の想像を遥かに超えていた。

 大量の肉や野菜がバランス良く添えられており、その味はどれもこれまでの人生で味わったことないほどの絶品だった。

 料理が盛られた器はどれも新品のように輝いていた。

 こんなにきちんとした食事ができたのは何カ月ぶりだろう?

 私は思わず涙がこぼれた。


「ありがとうございます」


 私は彼の料理を食べ終えると、迷わず感謝の言葉を述べた。


「ははっ、食い終わったあとは『ごちそうさま』だろ?」

「あっ、そうでしたね。ごちそうさま」


 ずっと一人でゴミを漁って食いつないできた私は、もう食事の必要性に嫌悪するだけで、感謝することさえ忘れていた。

 それがこうして言葉に出てしまったようだ。


 食事を終えた私は、力也さんに風呂へ入るよう勧められた。

 汚れ切った体、ぼさぼさの髪、こびりついた体臭を洗い流すためだ。

 私は彼の好意に甘えて、風呂場へ向かった。

 私は丁寧に体を洗う。


「……」


 力也さんが後から入ってくる様子はない。

 私の体を目当てに助けたのではないと安心した一方で、みすぼらしい恰好の私にそんな価値はないんだと落胆した。

 こんな感情に陥ったのは、力也さんの考えが分からなかったからだ。

 どうして私を助けてくれたか。

 それを知りたかった。


 湯浴みを終えると、私は力也さんに質問した。


「どうして、私を助けてくれたんですか?」


 私には何の価値もない。

 辛うじて価値があるとすれば、まだ14歳の小娘であることだけだ。

 その価値でさえ、痩せこけたこの姿が台無しにしていた。


 奴隷として利用するなら、教育されている奴隷を買うほうがよっぽど都合が良い。

 外見だって売り物になるようにと、ある程度は整えられている。

 奴隷商人から買うためのコストは掛かるが、その金額に見合った対価を得られたはずだ。


「食に飢えてる人間を見捨てるなんて、料理人失格だろうよ」


 彼は料理人だった。

 だから、あんなにおいしい料理が出てきたんだ。

 けれど、私には彼に料理代を支払えるお金なんてない。

 どうやって支払えばいいのだろう?


「お金のない私は何で支払えばいいんですか?」

「気にすんな!」


 だが、彼は私に何も求めなかった。

 不思議な男性だ。

 まるで異世界真理の聖光が説いた救いを与える転生者そのものだ。

 ……でも、それが私は嫌だった。


「どうした?暗い表情をして」

「ああ、えっとごめんなさい」

「謝る必要はねぇだろ。それともまた俺が転生者だからって話か?」

「はい……」


 彼の善意はもう十分伝わった。

 これ以上隠すことはないだろう。


「力也さんは異世界真理の聖光っていうカルト宗教をご存じですか?」

「ああ、聞いたことはあるよ」

「私がゴミを漁って生活してたのは、母が異世界真理の聖光を妄信していたからなんです」

「要するにシェローネは宗教二世ってことか」

「はい……」


 彼は私の話を真摯に聞いてくれた。

 転生者のイメージを歪ませている異世界真理の聖光は、力也さんも問題視していたらしい。


「だから力也さんが、彼らの唱える救いの神と重なることが嫌だったんです」

「なるほどな」


 力也さんは私の心情に理解を示してくれた。


「だったらよ、シェローネは俺の店で働いてみないか?」

「えっ?」

「そうすりゃシェローネは一方的に与えられてるわけじゃないだろ?」

「はい!」


 一方的に与えられる関係ではなく、利害関係が成立する。

 それが私は嬉しかった。


 彼の経営する店は『快輪(かいりん)食堂』という飲食店らしい。

 店は自宅の一部を利用して経営しているようだ。


「人手が足りてねぇんだ!助かるぜ」


 快輪食堂は開店すると同時に、客が雪崩れ込むほどの人気店らしい。

 だが、彼は一人で経営しているため、手が回らずに随分とお客さんを待たせてしまうことが多いらしい。


「お客さんが残した料理は、私が食べちゃってもいいですか?」

「いや、それはダメだ。衛生上の問題がある」


 食べ残しは衛生問題の観点から、全て廃棄する方針らしい。

 もったいない……

 その食べ残しで、つなぎとめられる命があるのに……

 私はそう思わずにいられなかった。

 しかし、力也さんには経営者としての責任がある。

 勿体ないとは思っていても、健康被害を出さないために廃棄するしかないらしい。


「提供した料理は食べきって欲しい。俺の願いはそれだけだ」

「分かります!」


 私は力也さんの言葉に賛同する。


「食べたいものがあったら、そのときはシェローネにも提供するから安心しろ」

「はい!」


 私は彼と契約を結ぶと、住む家のない私は彼の家を使わせてもらえることになった。

 毎日お風呂で身体を洗える環境になれば、みすぼらしい私から解放される。

 ……いや、それだけでは何も変わらない。

 この悪臭がこびりついたまま服をなんとかしなければ、どれだけ身体を洗ってもたかが知れている。


 私は洗面台で必死に自分の服を洗濯した。

 代わりの服がないので、しばらくは濡れたままになるが、軽く拭けばそこまで不快感はない。

 しかし、服を洗っていると突然トラブルに見舞われた。


「あっ……」


 ただでさえボロボロだったんだ。

 あれだけこすり付けるように洗えば、服が破けてしまうのも無理はない。

 これでは仕事に支障をきたす。

 力也さんに謝って、服を探す許可をもらわなければならない。

 私は急いで、彼に報告した。


「あの、力也さん、ごめんなさい」

「何を謝ってるんだ?」

「服を洗ってたら破けてしまったんで、明日は代わりの着れそうな服を探してきます」


 ゴミ捨て場を巡れば、服の一着くらい見つかるだろう。

 サイズを理由に捨てられた服なら、比較的状態の良い服を確保できるはずだ。


「ああ、わりぃ服のことは考えてやれてなかったな」


 なぜか力也さんが謝る。

 どうしてだろう?


「明日一緒に買いにいこうか」

「えっ?」


 買ってやるからゴミを拾うような真似はやめろ。

 力也さんはそう私に言い聞かせた。


「シェローネは女の子なんだからよ、魅力的な服装で接客してれば客足も増えるだろ?」


 これは自分のためであって、一方的に与えてるわけじゃない。

 力也さんはそう言って、私を言い包めた。

 ずるい人だ。

 そんなことを言われたら、私は好意に甘えるしかできない。


「安心しな。若干俺の趣味が入っちまうかもしれねぇが、立派な看板娘に仕立ててやるさ」

「はい、ありがとうございます」


 翌日、私は力也さんと共に新しい衣服を買いに繁華街を歩いていた。

 すれ違った人々からは、私を蔑むような視線を感じた。

 引き締まった体をした力也さんの隣で、みすぼらしい恰好をして歩く私は、卑しい奴隷にしか見えないからだ。


 アパレルショップに辿り着くと、力也さんはゆっくりと服を見定める。

 私も彼と一緒に見て回った。


「これでいいですか?」


 私の手に取った服は、安価な古着だ。

 これなら、あまり力也さんの負担になることはない。


「いや、それはやめておけ」


 だが、私の選んだ服は全て却下された。


「シェローネ、服装は自分の魅力を引き出す道具だ」


 どんな服で接客すれば魅力的に見えるか?

 それをもっと考えろと言われた。

 彼は言い分は理解できる。

 けれど、それを言うなら力也さんの服装だって安っぽい。

 どうして自分の服装は気にならないんだろう?


「自分の服装は気にしないんですか?」

「男は服装よりも筋肉を見せたほうが恰好いいだろ?」

「……」


 私にはよく分からなかったが、力也さんの簡素な服装は彼なりの美意識があってのことらしい。

 入店してから数十分、ようやく彼は私に着せる服を選び終えた。


「これなんかどうだ?」


 彼が選んだのはメイド服だ。


「……」


 文句はない。

 だが、値札に記された金額を見ると、私はどうしていいのか分からなくなった。


「あの、力也さんって数字は読めますか?」

「あったりまえだろ」


 転生者の彼は数字を読めないのかと思ったが、そういうわけではないらしい。

 15000ゴールドという価格を分かった上で、私に見せてきたのだ。

 その価格は私が今着用しているボロ着の約30倍の値段だ。

 いくらなんでも高すぎる。


「金額を見てますか?」

「しつこいぞ」


 きちんと価格を分かった上で選んでいる。

 彼はそう強調する。

 そう言われた私はもう与えられることから逃げられなくなっていた。


 私は試着室でメイド服に着替えた。


「どうでしょう?」

「おう、似合ってるじゃないか」

「そうですか」


 似合ってる。

 そう言われても実感が湧かない。

 鏡を見ても、こんな私には勿体ない服だと考えてしまう。


「ちょっと待っていろ」


 そんな私を気にもせず、力也さんはさらに二着の服を持ってきた。

 寝間着と、外出用のドレスだ。

 寝間着の価格もさることながら、特に驚かされたのはドレスの価格だ。

 45000ゴールド──どう見ても貴族向けの衣服だ。


「これ貴族の方たちが着る服ですよ」

「平民が着たらいけないってわけじゃないだろ?」

「それはそうですけど……」

「だったら決まりだ」


 そういうと彼はすぐに購入の手続きを終えた。

 快輪食堂はそんなに利益を出せているのだろうか?

 私は少し彼の金銭感覚が心配になった。


 翌日から私は快輪食堂を支えるべく、力也さんと共に必死に働いた。

 最初は不慣れな仕事に失敗をしてばかりだった。

 想像していたよりもずっと大変だった。

 でも、辛いとは思わなかった。


 頑張ったらきちんと労ってくれる人がいる。

 私の接客で笑顔になってくれる人がいる。

 だから辛くなかった。

 大変だけど、毎日が充実していた。


「シェローネちゃん、今日も可愛いね」

「もう褒めたって値引きはできませんよ」


「シェローネちゃん、今度俺と遊びに行こうぜ」

「だーめです」

「もうシェローネちゃんはガード固いなー」


 仕事を続けていると、私を口説く人もちらほら現れた。

 悪い気はしなかった。

 けれど、私の心は動かなかった。

 力也さんより魅力的な異性なんているはずがないからだ。


「シェローネはすっかり人気者だな」

「力也さんのおかげです」

「俺は何もやってねぇよ」


 力也さんはいつもそうやって謙遜する。

 でも、それが良かった。

 恩着せがましいことを言わないからだ。


 そんなある日、一人の貴族の男性が来店した。

 女性なら誰もが目を奪われるような美形の男性だ。


「へぇ、君みたいな若い女の子が働いてるなんて大変だね」

「お気遣いありがとうございます」

「良かったら、これを受け取ってくれるかい?」

「えっと、これは何ですか?」

「僕の名刺さ」


 私は彼の名刺を受け取った。

 彼の名はフォウル・アルカエストというらしい。

 フォウル──どこかで聞いたことがある名前だ。

 けれど、いつどこで聞いた名前かは思い出すことができなかった。


「もし、悩み事があるなら、いつでも僕を頼ってほしい」

「えっ、急にどうしたんですか?」

「それが僕の仕事だからね」

「そうなんですか」


 身分に囚われず優しい口調で話すフォウルさんに、私は思わず心を揺さぶられた。

 力也さんがいなければ、私は彼に恋していたかもしれない。

 それほど魅力的に思えた。


「お仕事中ですので、失礼します」

「お仕事、頑張ってね」

「はい、ありがとうございます」


 雑談中に話を切り上げると、たまに嫌な態度を取る男性もいたが、彼はそんな素振りを一切見せずに労ってくれた。

 やっぱり魅力的な男性だ。


「また来るよ」


 私は退店するフォウルさんの後ろ姿を見送った。

 しかし、フォウルさんの座っていた席に目をやると、私は彼に失望した。

 注文した料理を半分以上残していたからだ。

 優しそうな人だったけど、食への敬意に欠ける人を私は好きになれない。

 そう思わされた。


 私はその日の仕事を終えると、フォウルさんに渡された名刺の裏側を確認した。

 書いてあったのは相談の受付日と場所だった。

 どんな相談でも受け付けているらしい。

 彼を好きになることはできないと分かったけれども、相談そのものには興味があった。

 彼の名刺を確認していると、力也さんが私に声を掛けてきた。


「おっ、そいつは昼間の貴族から渡された名刺か?」

「はい、そうです」

「気があるんなら、仕事を休んで行ってきても構わないぞ」

「えっ?」

「お前もそういう年頃だろ?」

「……」


 私じゃ力也さんの相手に相応しくない。

 そんなことは分かっている。

 けれど、想いくらいは伝わってほしかった。


「おいおい、何か悪いことを言ったか?」

「何でもありません」


 力也さんは私の気持ちに気づいてくれない。

 どうしよう……

 そんなときに思い出したのが、フォウルさんの言葉だった。

「悩み事があったら、いつでも僕を頼ってほしい」

 彼はそう言っていた。

 そうだ、彼に恋の相談をしよう。

 そう思い立った私は快輪食堂の休業日を見計らって、彼に会いに行くことに決めた。


 名刺に記された場所へ辿り着くと、そこにはフォウルさんの姿があった。


「こんにちは」

「やぁ、来てくれたんだね。僕は嬉しいよ」

「あの、相談なんですけど……」


 私はフォウルさんに恋の相談をする。


「どうすれば力也さんに振り向いてもらえるでしょうか?」


 しかし、彼からの返答は信じられない言葉だった。


「それならば、僕と一緒に異世界の聖光を探さないかい?」

「は……?」


 私は彼の言葉に表情が凍り付いた。

 思い出した。

 フォウル──彼の名は母が生前に救いを求めて、何度も口にしていた教祖の名前だ。

 そう、彼こそが異世界真理の聖光の教祖だったのだ。

 優しく、丁寧な言葉で全てを包み込むような彼の包容力の正体は、偽りの救いへと導く罠だったのだ。

 彼の甘い言葉にどれだけの人々が人生を狂わされたのだろう?

 そう考えると怒りが込み上げてきた。


「この世界に迷える子羊を導くのは、異世界から現れた転生者なんだ。彼らの与える無償の愛はいつだって僕らに救いの光を差し伸べてくれる」


 彼は私の思惑などいざ知らず、教えを唱え続ける。


「彼らの残滓──すなわち異世界の聖光に触れられれば、君の人生にも温かな光が差し込む」

「もういいです」


 私はフォウルの言葉を遮り、その場を後にした。


「ああ、哀れなる子羊よ。僕は導いてあげられなくて残念だ」


 彼は不服の表情で引き返す私を引き留めることもなく、ただ見送った。

 しかし、その帰り道の途中だった。


「ッ!!」


 私の背に今までに感じたことのない痛みが走る。

 何が起きたのか分からないまま、私は倒れた。

 それからのことは覚えていない。



 ****



 気づくと、私は力也さんの家にいた。

 彼を死神と疑ったあの日と同じだ。

 私はまた彼に助けられたんだ。


「シェローネ、俺が分かるか?」

「はい、力也さん」

「良かった」


 私の意識ははっきりしている。

 力也さんはそう理解すると、次の質問に移った。


「何があったんだ?」

「それは……」


 私はフォウルに出会った時のことを力也さんに説明した。

 彼に何をされたかは分からない。

 けれど、タイミングからしてほぼ間違いなく彼の仕業だ。


「なっ、あの男がカルト教祖だったのか?」

「はい、ほぼ間違いありません」


 力也さんは私がどんな状況で倒れていたかを教えてくれた。

 背中に矢が刺さっており、何者かに命を狙われたのではないかという話だった。

 第一発見者の男性は快輪食堂の常連客で、倒れていたのがすぐに私だと気づいたらしい。


「シェローネ、三日ほど留守を頼めるか?」

「え、どうしたんですか?」

「王宮にフォウルのことを告発する!」

「それなら私も一緒に行きます!」


 私は一人待っているのが嫌だった。

 暗殺未遂をされた不安が、私の胸を締め付けていた。

 だから頼れる力也さんと共にいたかった。


 それに転生者の彼に全てを委ねるのは、異世界真理の聖光を束ねるフォウルの教えそのものだ。

 力也さんに依存するだけの女にはなりたくない。

 依存願望に委ね、身を滅ぼした母のようにはなりたくない。

 未来は自分の力を切り開きたい。

 それが私の願いだった。


「いや、それは危険だ。お前がまだ生きてると知れたら、再び襲撃されるかもしれない」

「……私がここに残っても、フォウルは私がまだ生きてると気づくはずです」

「どうしてそう思う?」

「快輪食堂を三日も空ける理由が他にないからです」


 暗殺未遂に至った理由を知っているのは当事者たちだけだ。

 だから当事者ではない力也さんが、何らかのアクションを起こせば、私から情報が漏れたと理解できる。

 人々を洗脳し、巧みに言葉を操る知能犯ならば、そのことにすぐ気づくはずだ。


「だが……」

「一緒にいさせてください!」


 私は涙ぐみながら、彼に懇願する。

 もし、どちらの選択をしても死ぬというなら、私は愛しい彼の傍で死ぬことを選びたい。

 私のワガママなのは分かっている。

 けれど、今彼に気持ちを伝えられなければ、もうその機会はずっと巡ってこないと思った。


「私がフォウルの元へ向かったのは、どうすれば力也さんに振り向いてもらえるかって相談するためでした」

「シェローネ……」


 遠回しな告白だ。

 皮肉にもフォウルの凶行が、私に想いを伝える勇気を与えた。


「転生者は嫌いじゃなかったのか?」

「嫌いです。けれど力也さんのことは好きです」

「……」


 力也さんは私の告白に口を閉ざす。

 彼は私のことを娘として見ていたのだろう。

 だから、異性として求められたことに困惑しているんだ。

 けれど、彼は少し時間を置くと私の体をぎゅっと包んでくれた。

 嬉しかった。

 やっと心から一緒になれる。

 そう思えた瞬間だった。


 翌日、私たちは共に王宮へと足を運んだ。

 力也さんは正門で兵士たちに何かを告げると、王宮内へと案内された。

 犯罪の告発をするだけで、王宮内に案内されるなんてありえない。

 彼は門番に何を告げたのだろう?


 私たちは王様の元へと案内された。


「お久しぶりです」

「おお、力也くんか。元気そうじゃないか」


 あれ、力也さんと王様が知り合い?

 私は二人の様子を見て困惑する。


「それで今日は何か用かな?」

「国内に蔓延るカルト宗教に関する報告です」


 彼は知ってる限りの情報を王様に伝えた。

 時折、私の証言を求められることもあった。

 王様は私たちの言葉を真摯に受け止めてくれた。

 近々、兵を派遣し、フォウルの拘束を試みるらしい。

 王様への告発が終わると、私たちは王宮を後にした。


「王様と知り合いだったんですか?」

「ああ、召喚は国の権限で執り行われるからな」


 王様は軍事兵器となりうる戦力を確保すべく、異世界から人材を召喚していたらしい。

 力也さんもそんな経緯で呼ばれた転生者だった。

 だから力也さんは王様と面識があった。


「まっ、俺は戦う力のない失敗作だったけどな」

「でも追放されたって感じじゃなかったですよね」

「ああ、料理の腕だけは評価してもらえたからな」


 彼の料理の腕は国内外から、多くの人々を引き付ける。

 そう判断した王様は、経済の活性化に彼は欠かせないと判断し、快輪食堂の開業を支援していたらしい。


「すごいじゃないですか」

「稼ぎはそこまで出てないけどな」

「それは力也さんが利益計算できてないからです!」


 杜撰な利益計算や技術の安売りは、私がもっと指摘したほうがいいのかもしれない。

 そう考えながら、私たちは帰路へと着いた。


 それから五日後の朝、私は力也さんに新聞の朝刊を手渡された。


「シェローネ、朗報だ」

「えっ?」


 何があったんだろう?

 私は不思議に思いながら、新聞に目を凝らす。


【異世界真理の聖光の教祖フォウル!国家反逆罪の容疑で拘束!】


 フォウルに国の権威を陥れる意図があったとは思えない。

 彼は国の所有物である転生者を、我欲を満たすために悪用したことで、国家反逆罪とみなされたらしい。

 この法解釈が適切とは思えない。

 けれど、適切な罰を与えるために必要な判断だと思った。

 彼の所業を思えば、極刑以外にありえない。

 法の抜け道を搔い潜り、人々の人生を狂わせてきたフォウルは、でっちあげの罪状を突きつけてでも処刑されるべきだと思ったからだ。


 新聞の一面に記されたフォウル拘束の報は、私の心に光をもたらした。

 けれど、それは復讐心が満たされたからではない。

 また力也さんと共に、安心して快輪食堂で働けるという喜びだった。


「力也さん!」


 新聞記事の一面を読み終えた私は、仕事の支度を終えて彼の元へ向かう。


「これからはずっと──」


 私はこれからも毎日を力也さんと共に過ごし、快輪食堂を笑顔の溢れる場所にしたい。

 その想いを伝えると、力也さんはぎゅっと私を抱きしめてくれた。

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