二章 六十二間弦月前立
体にまとわりつくような温もりをもった風が、城の中を歩き回るようにして吹き抜ける。汚く残った雪が泥と混ざり、その上を歩くと草履にも汚れがつく。その汚れを払い、梵天丸は床の木目を見ながら自室に歩いていく。
「梵天丸様」
高い聞き馴染みのある声が聞こえて振り向くと、細身の女性が立っている。喜多である。
「弟がもう少しで参ります。どうぞよろしくお願い致します」
少し頷くと、また歩き出す。
喜多の弟、名は小十郎。学問に優れていると父から聞いている。傅役に任ぜられたらしい。
梵天丸はここ数日塞ぎ込んでいた。病で目が垂れ下がってから、周りは変わった。周りの大人は皆、目を見て話さなくなり、母にいたっては距離を置いていると幼いながらに感じていた。腫れ物に触らないようにと言わんばかりの態度である。次第に梵天丸も、目を見られるのが嫌と感じるようになっていた。
自室について部屋に座り、暖かい茶を飲む。茶に自分の顔が反射して嫌気がさし、茶を机に置く。
ため息をついて、空を見る。雲が陽を隠しはじめた。外に雨音が落ちる音が聞こえはじめる。
先日、父輝宗に突然言われたことを思い出した。
「若い時は失敗することもある。家臣や周りから馬鹿にされることもあるかもしれん。だが、お前には俺が付いているから、自分の信ずる道を突き進め。」
きっと、落ち込んでいる自分を気にかけてくれたのであろう。味方と思える数少ない人の1人である。そんな父が認める喜多の弟、小十郎。果たして、どんな男なのか。
今からくる男に思いを馳せながら、曇空を眺めていた。
すると、かたと戸に手をかける音がし、姿勢を正した。




