一章 神符八日月前立筋兜
暖かな日が照らす木に淡い紅色が色づき始め、春の訪れを感じさせる日の昼下がり。
ここ出羽国置賜郡(今の山形県米沢市)の城下町を吹き抜ける春の風を城内の一室にて肌で感じながら、少し緊張した面持ちで正座をしていた。
「遅くなったな」
後ろから声が聞こえて、慌てて額を畳につける。
よいぞ、と言われて頭を上げる。
「小十郎、いくつになった」
「18に」
短く答えて、小十郎は少し頭を下げる。
「早速だが、先日殿と鷹狩りに出てな」
と、話を切り出したのは、遠藤基信。伊達家当主伊達輝宗に仕える家臣である。最近はよく鷹狩りに出掛けては、遠い地にいる織田信長という男に献上しているらしい。
「そこでお主の話をし、お主を※梵天丸様の傅役に任ずることとなった」
※後の伊達政宗
「傅役…でございますか」
耳を疑った。率直に何故自分が、というのが頭に浮かんだ。それを見透かしたように基信がふっと笑い
「お主の才を買っているのだ。殿もな。」
とだけ言い、ついて参れとでも言うように手招きし、部屋を出た。
そこから梵天丸の待つ部屋に向かうまでの間、不思議と心が高鳴ってることに気がついた。小十郎は昔から、野心があった。伊達家を天下に轟かせるという野心である。その野心が密かに心の奥底で再び燃えているのだ。突然の傅役の任ではあったが、さほど気にはとめていなかった。来るべくして来たのだとさえ思っていた。姉が取り計らったのか、基信が進言したのかは分からなかった。
小十郎には20ほど歳の離れた姉、喜多がいた。梵天丸の養育係を務めている。その喜多から梵天丸の話はきいていた。幼い頃病にかかり生死を彷徨い、何とか一命は取り留めたものの、菌が目に移転し、その影響で目が垂れ下がっているそうなのだ。だが、強い意志を持っているとも聞いている。話を聞くうちに、小十郎は会ってみたくなっていた。
やっと、伊達家の一時代を築いていくであろう梵天丸に仕え、支えることができるのだ。
「ここだ。失礼なきようにな」
そう言うと基信は踵を返し来た道を歩いていった。
その姿を見送り、深呼吸をした。
よし、と心に唱え梵天丸の待つ戸に手をかけた。




