この気持ちに、嘘はない。
静まり返った夜の中庭。
月の光が噴水に反射して、青白く世界を照らしていた。
その中心で、ミラは立ち尽くしていた。
胸の奥が、痛い。苦しい。あの男——日向廉の言葉が、ずっと離れない。
「……私なんかを、本気で好きになってどうするのよ……」
ぽつりと、呟いた声は、風に紛れて消えていく。
冷たい夜風が頬を撫でたそのとき——
「探したよ、ミラ」
——彼が、いた。
息を切らせながら、それでも真っ直ぐな目で、彼女を見つめていた。
「……また来たのね」
「来るさ。だって、まだ言えてなかったから」
「……?」
「俺の本当の気持ち。お前に、ちゃんと伝えてなかったから」
廉はミラの前に立ち、拳を握った。
逃げ場なんてないこの世界で、ただひとつの真実を、彼は差し出す。
「……俺は、お前のことが好きだ。演技でも、契約でもない。本気で、お前を想ってる」
その言葉は、まるで呪文のように、ミラの心を縛っていた鎖を一つずつ解いていった。
「バカね……」
「うん、バカだよ。恋愛偏差値ゼロで、空気も読めなくて……でも、それでもお前に本気で恋したんだ」
ミラの肩が、小さく震える。
「やめてよ……そんな目で見ないで。私なんて、本気で好きになる価値ないわ。これまでずっと、演技だけで生きてきたの。演技でしか、人と関われなかった」
「……それでも好きだ」
「私……ずっと、誰かに本気で想われたら壊れるって思ってた。怖くて、逃げたくて、なのに……」
涙が頬を伝う。
ミラ=ルクレシアの演技ではない、本物の涙だった。
「……なのに、あなたの言葉が、こんなにも……うれしいなんて、思わなかった……!」
涙が止まらない。
彼女は膝をつき、顔を伏せ、子どものように泣いた。
「私は……私は、あなたのこと、本気で好きになってた……!」
その告白は、声にならない叫びのようで。
過去に縛られ、愛されることを諦めていた彼女の、初めての自覚だった。
廉は、そっと彼女に寄り添い、静かにその背を抱きしめる。
何も言わない。ただ、彼女の震えが落ち着くまで、そばにいると誓うように。
——そして、しばらくして。
涙が止まったミラが、小さな声で呟いた。
「廉……もう一度だけ聞かせて。……あなたの気持ちを」
廉は優しく笑い、まっすぐな声で答える。
「——ミラ。俺は、君が好きだ。本気で」
月明かりの中で、二人の影が重なる。
初めて通じ合った心と心が、たしかに恋を結んでいた。
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翌日。
学園の掲示板に、決勝戦の予告が貼り出される。
【恋愛偏差値ランキング最終決戦——推しカップルグランプリ】
勝ち残った二組が、全校生徒と全国ネット中継の前で、公開カップルバトルを行う。
評価対象:
①愛情度の高さ
②観客の共感度
③恋愛パフォーマンス(演技力)
そして、そこに並ぶ対戦カード。
【ミラ=ルクレシア × 日向廉】vs【ジル=クローン × エレナ=ミストラル】
ジルとエレナ——演技力Aランク同士の最強カップル。
あくまで、エンタメに徹した、見せつけ愛の王道だ。
「どうする? 演技合戦じゃ勝ち目ないわよ」
「それでも……演技なんかじゃ伝わらない、本気の恋を見せようぜ」
廉が握るミラの手には、もう迷いがなかった。
愛されることの痛みも、喜びも、すべて知った彼女は、今ようやく——自分の恋を生きていた。