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7/13

政略結婚、それは終わらない呪い。

 その日、ミラ=ルクレシアは呼び出された。


 豪奢な馬車に乗ってルクレシア公爵邸に戻った彼女を迎えたのは、冷え切った空気と、見下ろすような父の視線だった。


 


「ミラ。恋愛ごっこはもう十分だろう?」


 


 テーブルの上に置かれたのは、一枚の書状。


 金色の封蝋が意味するのは——政略結婚の正式な通達。


 


「……また、ですか」


「またではない。これは決定事項だ。お前の将来、いや、ルクレシア家の未来にとって必要な一手だ」


 


 ミラの父、ディオン=ルクレシア公爵は、昔からそうだった。


 娘に愛情を注ぐ代わりに、価値を求め続けた。


 


「相手は、東部連合の次期総帥候補。恋愛偏差値も高く、国家間のバランスも取れる。……恋愛ごっこをしてる暇などないのだ」


「私は、まだ——」


「拒否は認めん。お前は、ルクレシア家の商品なのだから」


 


 その一言に、ミラの表情が微かに揺れる。


 幼いころから言われ続けた言葉。

 好きなんて無意味。

 愛なんて幻想。

 恋はただの演技。


 そう信じ込まされてきた。


 ——でも今は違う。


 


(あの人といると、胸が熱くなる。涙が出そうになる。演技じゃない、これは……)


 


 思い浮かぶのは、廉の真っすぐな目。


 どんなに笑われても、どんなに偏差値が低くても、「俺は本気で恋をしたい」と言ってくれた彼の姿。


 


「……私は、従えません」


 


「なんだと?」


「私は……私自身で未来を決めます。恋も、結婚も、本気で選びたい人とする」


 


 ディオン公爵の手が震え、書状を握りつぶす。


「……世迷言を。お前に意思など必要ない!」


 


 ミラは何も言わずに立ち上がると、踵を返し部屋を出た。


 後ろから飛ぶ怒号も、冷たい罵声も、もう届かない。


 彼女の中に芽生えたもの——それは、決して消えない本当の想いだった。


 


====


 


「逃げよう」


 


 学園の屋上で、俺はそう言った。


 夕陽を背に、ミラがぽつんと立っている。


「政略結婚の通達、来たんだろ?」


「……ええ。今度こそ、強制力のあるものだった」


「なら、逃げよう。俺と一緒に」


 


 ミラの目が見開かれる。


「あなた……何を言って……」


「無理なんてわかってる。現実的じゃないってのも。でも、それでも……お前が誰かに売られるのを、黙って見てるなんて俺にはできない」


「……」


 


 風が吹く。沈黙が流れる。


 


「俺さ、昔……裏切られたんだ」


「……え?」


「転生前、好きだった子に。信じてたけど、俺の本気は笑われた。誠実なんて重いって、捨てられた」


「……!」


「だから、もう恋なんてしないって思ってた。でも——お前に会って変わったんだ」


 


 言葉が自然とあふれてくる。演技でも、戦略でもない。これは、〈誠実力〉が導く本心。


 


「お前の演技が、どこか寂しそうだった。冷たそうで、でも本当は誰よりも優しかった」


「廉……」


「だから、逃げよう。お前が望むなら、どこへだって連れて行く」


 


 ミラは唇をかみしめ、目を伏せた。


 彼女の中にある恐れ——愛されること、信じること、そして選ぶこと。


 ずっと誰かの操り人形として生きてきた彼女が、自分で決めるということの怖さに震えている。


 


「怖いの……私は、恋をしていい人間じゃない」


「そんなこと、誰が決めたんだよ」


 


 俺はそっと、彼女の手を取る。


 彼女の手は、冷たくて、でも震えていた。


 


「俺が決める。お前は、恋していい。愛されていい。……だって、俺が、お前を——」


 


 言いかけたその瞬間、ミラの目から、涙がひとしずくこぼれた。


 


「……ごめんなさい。今は、まだ答えられない」


 


 でもその涙は、確かに演技じゃなかった。


 それだけで、俺は充分だった。


 


「大丈夫。答えなんて、急がなくていい。俺は、お前のそばにいる」


 


 二人の影が、夕焼けの中でひとつになっていく。


 過去の呪いに抗って——自分の意志で、未来を掴むために。


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