偽りから始まる本気の予感。
王立恋愛学園の朝は早い。
というより、騒がしい。
「ヒュウガくん! 今日の愛情度ランキング、27位だったよ!」
「昨日、耳打ちしてたのが加点対象だって! やるぅ〜!」
「次は、抱きしめ演出を見せてくれたら100票入れるから!」
「やらん! やるかッ!」
登校するたび、モブ生徒(主に女子)に囲まれる異世界生活にも、そろそろ慣れてきた。
いや、慣れたくはない。だが、契約恋人の存在がそれを許さない。
「おはよう、ヒュウガくん」
「……おはよう。今日も演技頑張るか」
「そうね。ふふ、さっさと手を出しなさい。手を繋ぐの、当然でしょう?」
そうして俺の右手を奪ってくるのは、ルクレシア公爵令嬢——ミラ=ルクレシア。
今日も完璧な笑顔。どんな距離感でも演技でこなす、まさにAランク〈恋愛演技〉スキルの化け物だ。
だが最近……俺はちょっと気づいてしまった。
(……この手の温度、なんかおかしくないか?)
完璧な演技にしては、ミラの手は少しだけ震えていた。
冷たいようで温かくて。
不安のような、期待のような、微妙な鼓動が伝わってくる。
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その日、学園では特別アナウンスがあった。
『今週末、愛情度試験〈アフェクション・チャレンジ〉を実施します!』
『テーマは、理想の恋人演出! 全校カップル参加必須です!』
『高得点カップルには、王都主催パレード出場権を授与!』
「ふざけてんのか、この国はあああああッ!!」
教室の隅で叫んだ俺を、皆が「またか」といった目で見ていた。いやマジで。
だが、その後ろで、ミラは表情を変えずに一言。
「……出るわよ、当然でしょ?」
「は!? 出るの!? 俺ら契約カップルだよ!?」
「逆に、契約だからこそ出るのよ。政略結婚を避けるには実績が必要なの」
「うっ……」
「……それに」
そこで、彼女は少しだけ声を落とした。
「……あなたとなら、少しは……楽しく演じられる気がしてるから」
「……ミラ?」
「なんでもない。ほら、練習するわよ、ヒュウガくん」
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その日から、俺とミラは恋人演技の特訓を始めた。
とはいえ、普通に手を繋ぎ、目を見つめ合い——
「ちょ、ちょっと距離近すぎないか!? ミラ!?」
「うるさい。愛情度は物理的距離でも加点されるのよ」
「でも、おま、顔近っ、息あたってっ……!」
「耳が赤いわよ、ヒュウガくん。演技にしては反応が素直すぎるわね?」
「演技だって言ってるだろッ!?」
——なんなんだこれは。
これは修行か。羞恥プレイか。いや、甘い地獄か。
だけど、不思議だった。
演技と言われれば、それまでのはずなのに。
ミラと目を合わせるたび、何かがチクチクと胸を刺してくる。
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その夜、寮に戻った俺は、思い切って聞いてみることにした。
(……やっぱ、気になる)
魔導通信の簡易チャットを開き、ミラへメッセージを送る。
──
【廉】:今日の練習、ありがとうな。
【廉】:ちょっと聞いてもいいか?
【ミラ】:何かしら。
【廉】:……あの演技、なんでそんなに真剣なんだ?
【廉】:お前、恋なんて信じてないんだろ?
——既読が、つかない。
少しして、やっと返信が来た。
【ミラ】:……誰かに、信じられてみたかったのかもしれない。
【ミラ】:でも、それって滑稽よね。演技しか知らない私が、何言ってるのかしら。
【ミラ】:おやすみなさい、ヒュウガくん。
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試験前日。愛情度ランキングが更新された。
第1位:演技型・茶番カップル(キス連打型)
第2位:自撮り多投カップル(映え狙い)
第3位:王族パフォーマンスカップル(政略色強め)
……第28位:ヒュウガ&ミラ(契約カップル)
「なにこの茶番世界……」
俺は頭を抱えたが、その横でミラは目を伏せていた。
「……恋が全部演技だって思ってた。……でも、あなただけは——」
「ミラ?」
「……明日、私、ちゃんと演じるわ。本気でね」
「お前……」
その言葉が、本気の演技なのか。
それとも、演技に見せかけた本気なのか。
——もう、俺には分からなかった。