恋人申請、多すぎ問題。
ミラ=ルクレシアと契約恋人になってから、まだ三日しか経っていない。
にもかかわらず——俺の日常は完全に壊れた。
「ひゅ、ヒュウガくんっ! よよよ、よろしくお願いしますっ!」
「え? なんで土下座してんの……」
「こ、恋人になってくださいッ!」
「いや、だから契約恋人いるんだけど!?」
今、俺は王立恋愛学園の中庭で、全校生徒の前で土下座されている。なぜだ。なぜこんなことに。
「ヒュウガくん、私も! 週末デート、空いてる?」
「ヒュウガさまぁ! この恋文を受け取ってくださいまし!」
「さあ、一緒に恋愛イベントを制覇しましょう! 特典スキルも狙えるわよ?」
「ちょ、待てって! 俺、恋愛科にすら入ってないから!」
その通り、俺は普通科(非モテ枠)に所属している。恋愛科に入るには、恋愛偏差値D以上が必要だが、俺のステータスは現在「E-(評価不能)」
……にも関わらず、モテまくっている理由は一つしかない。
「スキル〈誠実力〉って、そんなにレアなんですか?」
「レアどころじゃないよ!」
俺の質問に答えたのは、隣でパンをかじっていた青年、ラース=ディアノート。
筋肉ゴリゴリの騎士志望、だが恋愛偏差値は「D-」で頭打ち。妙にいいヤツだ。
「〈誠実力〉は、嘘を一切つけない代わりに、全ての感情が伝わるんだ。だから、女子からすると『信頼できる』『裏切らない』『尊い』って三拍子なんだよな!」
「でも、俺は……」
恋愛に興味がないわけじゃない。
むしろ、本当は誰よりも——
……いや、考えるのはやめよう。ここは異世界だ。あの頃とは違う。
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「やっぱり、断るわ」
俺は、目の前に立つ女子にそう告げた。彼女は肩を震わせたが、少しの沈黙のあと「……ありがとう」とだけ言って去っていった。
(誠実に、向き合おう。スキルのせいでも、好奇心でもなく。ちゃんと)
——そして、昼休みが終わる頃。
「ヒュウガ・レン。……やっぱり、面白い男ね」
俺の前に現れたのは、契約恋人・ミラだった。
貴族令嬢にして、恋愛科の上位者。完璧な外見と立ち居振る舞い、そして、恋愛を演技として捉える冷徹な頭脳の持ち主。
「本来なら、あれだけの恋人申請、断れる人はいないはずよ」
「……演技するなら、せめて筋は通したいからな」
俺の答えに、ミラはふっと笑った。
「誠実力って、面倒なスキルね。嘘もつけない、気遣いもできない」
「そうだな。でも……本音だけで人と向き合えるのは、嫌いじゃない」
するとミラの表情が、ほんの一瞬だけ曇った。
「……そう」
(ん?)
ほんの一瞬、彼女の瞳に寂しさのようなものが走った気がした。
——けれど、次の瞬間にはもう、彼女はいつもの仮面を被っていた。
「なら、今日の放課後もよろしくね。人前でイチャつく恋人の演技、完璧にこなしてちょうだい?」
「演技だよな?」
「ええ、演技。だから、覚悟して」
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放課後、中庭での公開カップルタイム。
「ひゅ、ヒュウガくんっ、あーん……」
「ちょ、おまっ、なぜパンを食わせようとしてくる!?」
ミラの演技は完璧だった。いや、完璧すぎた。
手を繋ぎ、目を見つめ、頬を染める。
その全てが、愛してますと叫んでいるようで——
(……マジで演技か、これ)
ふと、ミラが耳元で囁いた。
「今のうちに慣れておきなさい。本当の恋のふりなんて、見破られたら終わりよ」
「お前、それどこまで本気で言ってるんだ……」
だけど彼女は、にっこりと笑って言った。
「私? 嘘しか言わない女よ。恋なんて、全部演技でいいのよ」
その言葉に、胸が少しだけ痛んだ。
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その夜。
ミラと別れ、寮のベッドに横になりながら、俺はひとり考えていた。
(恋愛スキル、演技、偏差値、数値化された感情……全部茶番みたいな世界だ)
でも——ミラの寂しげな横顔だけは、本物だった気がした。
演技だと、言い張る彼女の中に。
——誰にも見せていない、本当の気持ちがあるのだとしたら。
「……興味ないはず、だったんだけどな」
眠れぬ夜、俺はそっと胸に手を当てた。
契約恋人。演技の関係。
なのに、どうして。たった数日で——
彼女の本心が知りたいなんて、思ってしまうんだろう。