(番外編)こんな日常、きっと夢じゃない。
恋なんて、全部演技。
そう信じていた私が、今、彼の隣で笑っている。
おかしいでしょう?
でも、変わってしまったの。あの人が、私の常識を壊したから。
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「ん、ミラ。ほら、口にごはんついてる」
「……どこ?」
「んー……ここ、っと」
——ぴと。
指でそっと、唇の端を拭われた。
その、あまりにも自然な仕草に、私は一瞬、頭が真っ白になる。
「……あの、それ、自分で拭けるわよ?」
「いや、癖なんだよ。妹が昔、よくこうやって……」
「ふ、ふぅん。妹ね……」
なんだろう、この気持ち。
胸の奥がちくっと痛むような、妙な感情。
昔の私なら、こう思ったはずだ。
——そんなの、演技で済ませればいいって。
でも今は、違う。
彼にだけは、ちゃんと、私自身を見てもらいたい。
ううん、見てほしい。そう思ってしまう。
「……あー、もう」
「ん? どした?」
「何でもないわ。気にしないで、バカ」
「え、俺なんかした?」
なぜか照れて、スープを勢いよくすする彼。
……ふふ、相変わらず、真面目で不器用な人。
でも、そんなところが——
「……好きよ、廉」
「ぶふぉっ!? な、なに急に!?」
ほら、噴き出した。
でもね、廉。
私は今、こうやって普通に笑ってる自分が、たまらなく愛しいの。
昔は、恋という言葉に縛られて、心に鍵をかけていたけれど——
鍵なんて、もう要らない。
だってあなたが、全部壊してくれたから。
恋は虚構?
……違うわ。
恋は、きっとこういう日常の中にある。
不器用で、ささやかで、でも——
世界の誰よりも、あたたかいもの。