転生したら恋愛至上国家でした。
目を覚ましたとき、俺は空を見上げていた。
……青い空、白い雲、草原の香り。そして、視界に表示された謎のウィンドウ。
〈ステータス〉
名前:ヒュウガ・レン
年齢:17歳
種族:人間(転生者)
スキル:〈誠実力〉 Lv.1
称号:異世界転生者/純情騎士見習い/恋愛偏差値:?
「……は?」
俺は思わず声を漏らした。
これは夢だろうか。いや、草の匂いも風の感触も、やけにリアルすぎる。
(落ち着け……思い出せ。最後に見たのは……)
信号無視のトラック。跳ね飛ばされた感覚。血の気が引いた。つまり、俺は——
「死んで、異世界に転生した……ってことか?」
まさか、自分が、なろう系の主人公になるとは思わなかった。しかも。
〈ステータス画面を確認しますか? YES/NO〉
無意識に「YES」を選んでしまうと、さらに詳細な項目が現れた。
〈恋愛ステータス〉
恋愛偏差値:E-(評価不能)
愛情受容度:低
恋愛スキル一覧:
・誠実力Lv.1:
真心から発せられた言葉だけが人の心を動かす。嘘をつくとスキル無効。
・ モテ力:0
・ 口説きテク:未習得
・ デート適性:評価D(訓練次第)
「……なんだこのゲームみたいな世界観は!」
しかも、全項目が、恋愛に関するものばかりだ。レベル、魔法、武器……そういったファンタジー要素は一切なし。
(この世界、まさか……)
そのとき、俺の前に現れたのは、豪華な装飾の制服を着た美青年だった。
「やあ、転生者さん! ようこそ、アルシェ王国へ!」
「お、お前誰だよ……」
「私は王立恋愛学園の入学案内係! 恋愛偏差値を測るためのスカウトを担当してるんだよね。キミ、すごいスキル持ってるよ?」
「いやいや、俺、恋愛とか興味ないから! てか恋愛偏差値って何だよ!」
「えっ? まさか、知らないの? この国はね——恋愛こそすべてなんだよ!」
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──俺が召喚されたこの国、アルシェ王国は、恋愛ファースト主義によってすべてが動いていた。
経済活動も、政治も、進学も、就職も、結婚はもちろん、なんと税率までもが「恋愛偏差値」によって決まるという。
(ふざけんな。なんで俺はこんな国に……!)
「恋愛スキルが低い人は、社会的信用も低くなるんだよ? 結構ヤバい立場だね、キミ」
「やめてくれ、俺にとって恋愛は……トラウマなんだ」
——そう、俺はもう二度と恋なんてしないと決めたんだ。
転生前、俺には好きな子がいた。中学からずっと想い続けて、やっと付き合えた。でも、あっけなく裏切られた。
信じていた分、傷は深かった。
だからこそ、俺は決めていた。
「この世界でも、俺は……軽々しく人を好きになったりしない」
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——しかし、そんな俺の意思とは裏腹に、なぜかこの世界の女子たちが寄ってくる。
「きゃーっ! あの人が転生者!? 本物よ、本物ぉぉっ!」
「誠実力って、伝説級のレアスキルじゃない!? しかも顔も普通にかっこいいんですけどー!」
どこに行ってもモテまくり。意味がわからない。
どうやらこのスキル〈誠実力〉、この世界ではかなり貴重らしい。
曰く「嘘の言葉に溢れた恋愛社会の中で、唯一真心で語れるスキル」らしい。
(そんなの、当たり前の感情だろ……)
でも、この世界では「嘘でも愛を語れる人」のほうが高評価らしい。スキル〈甘言巧語〉や〈モテ演技〉なんてものがSランク評価だったりする。
おかしいだろ、この国……!
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そんなある日——
「そこのあなた。少し、いいかしら?」
俺に話しかけてきたのは、一人の少女だった。
長く、銀糸のように光る髪。ルビーのような瞳。高貴な雰囲気と、どこか冷たさを感じさせる完璧な美貌。
少女の名は——ミラ=ルクレシア。
「私と、恋人のフリをしてくれない?」
「は?」
「演技で構わないわ。期間限定、契約恋人ということで」
彼女は公爵家の令嬢で、政略結婚を避けるために、恋人の存在が必要らしい。
「報酬はあなたの望むものを。資金でも、身分でも、情報でも……」
「俺にそんなこと頼んで、メリットあるか?」
「あるわ。あなたの〈誠実力〉は、今この国で一番信頼されるスキルだから」
なるほど……俺のスキルは、嘘がつけない代わりに、信じられるという効果を持っている。
(演技でいいなら、俺にもできるかもしれない)
恋愛じゃない。ただの契約。嘘の恋人。
それなら——
「……わかった。演技の恋人、引き受けよう」
「ありがとう。あなたなら、嘘の恋を演じる資格があると思った」
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そして俺は、ミラ=ルクレシアと契約恋人になった。
だが——
その夜、彼女が誰もいない部屋でひとり、静かに涙をこぼしていたのを見たとき。
(この子、本当は——)
俺の心に、小さな違和感が芽生えた。
嘘のはずだった契約のはずが。
この国で一番本気じゃないはずの関係が。
——なぜか、心に刺さってくる。
恋なんて、もうしない。そう決めたはずなのに。
俺の再会は、演技から始まった。
けれど、その涙が、誰よりも真実に見えてしまったのは——
……俺のスキルのせいだけじゃない気がする。