第6話「勘違い」
きっと、私は勘違いをしていた。
私の敵は一般人なんだ、と。
一般人の敵は私なんだ、と。
しかし、それは間違いだった。
どうやら、私には明確な敵がいるらしい。
アイツは誰の指示で咲良を殺したんだ、と。
考えたことはあった。
入院中に散々考えて、考えた末に――やめた。
咲良を殺したアイツが――結姫斗壱が、誰かの指示の下で動いているというのは誰の目から見ても一目瞭然だ。
でなきゃ、わざわざそんなことをする意味がない――それに、アイツは仕事だと言っていた。なら、自分の意思ではない――そう考える方が自然だろう。
じゃあ、一体誰が望んだんだろう。
七瀬咲良の、もしくはななちゃんの、もしくは第六位の――死を望んだ。
誰が? どうして?
ちなみに断言するが、鈴音さんは違う。もし彼女が私と同類なのであれば――鈴音さんはそんなこと絶対にしない。
だから、別の誰か――恐らく、まだ登場すらしていないような人間が、全てを企てた犯人なのだろう。
ここまで考えて、そしてやめた。
それが無意味なことだと分かってしまったからだ。
だって、そんなの絶対に分かりっこない――証拠は私が自分で処分してしまった。
それに、これ以上考えたくなかったというのも本音だろう。
だからこそ、私は気付かなかった。
気付けなかった。
あの事件の――黒幕の、真の狙いに。
標的が、咲良ではなく――私である、ということに。
そして気付いた時には、何もかもが手遅れだったのだ。
「琴葉さんは、桜牙さんのことがすきなんですよね」
パンケーキ屋にて。静凛さんがお手洗いに行って少し気まずい雰囲気だったので、私はずっと気になっていたことを訊いてみた。
凜音さんの言っていたことが、真実かどうか。
「うん。それがどうしたの?」
それが普通だと言わんばかりに肯定された。
流石にビビる。まぁ、凜音さんが嘘吐きでなくてよかった。
「それがどうしたってわけじゃないんですけども。ただ、気になっただけです」
私がそう言うと、琴葉さんは身を乗り出して、
「桜牙くんのことが?」
と訊いてきた。物凄い圧をかけて。
「い、いや、違います。琴葉さんが桜牙さんのことを好きだってきいて……」
「それを聞いてなんで気になったの? 桜牙くんのことが好きだから?」
さっきからずっと怖い。桜牙さんのことになると凄い怖いんだけども。
確かに圧の強さは第一位だよ……。
「ただのゴシップとしてです! すみません、面白がってるってわけじゃないんですけども、その……」
「……あー、いや、ゴメン……ちょっと熱くなっちゃった」
どうやら、琴葉さんは冷静を取り戻したらしい。また気まずい雰囲気が流れる。
にしても静凛さんさぁ、『琴葉ちゃん。めっちゃ良い子だから、夕夏ちゃんもすぐ仲良くなれるよ』だったっけ。
いや超怖いよ。仲良くなれるかな。
「ただいまー! なんか話してた?」
「ううん。何も話してない」
「そう! 琴葉さんとは何も話してないよっ!」
「そ、そう……」
静凛さんがお手洗いから戻ってきてくれた。彼女は私の救世主なのかもしれなかった。
にしても本当に怖いよ。桜牙さんの話す鈴音さんより余裕で怖い。
「……琴葉?」
とか思ったら、近くから声が聞こえた。
「琴葉さん、静凛さん、夕夏さん……お久しぶりです」
これは偶然だろうか。
「静凛と夕夏ちゃんもいるのか。三人とも奇遇だな」
「桜牙くん……」
「おっ、古橋兄妹じゃん!」
「あらら……?」
私達は、桜牙さんと鈴音さんの二人と鉢合わせた。
そして。
「どうして私達兄妹とあなた達三人が相席することになっているんですか!」
私大人数は苦手なんですよ! と鈴音さん。
いやいや、私も全くの同意見である。
どうしてあなた達兄妹と私達三人が同席しているのだろうか。
「いや、成り行きっていうか……鈴音は別に、この三人と仲が悪いってわけじゃないんだろ?」
「私、夕夏さんのこと好きじゃないもん」
「私、きらわれてたんですか……?」
鈴音さんには好かれていなかったみたいだ。まぁ当然かもしれないが……。
ていうか、兄には敬語じゃないのか。
「大体、おかしいですよ三人とも! 兄は男なんですよ! 女の子だけの集まりに男が混じっているだなんて、ウチの兄がハーレム作ってるように思われたら恥ずかしいですよ! 私が桜牙ハーレムの一人みたいに見られるじゃないですか!」
「それは漫画かラノベの見すぎだろ……」
大体、今は桜牙さんが認識制限魔術を周辺にかけているらしいので、周りは私達のことを全く気にならないんだけども。
「私、ネットでは一応清楚で売っているんです。男の存在を表に出したら清楚キャラが台無しじゃないですか! 彼氏の存在だって今まで隠し通してきたのに!」
さらっと衝撃的な告白が聞こえた気がするけども、あまり気にしないでおこうと思う。桜牙さんがショックを受けている気もするし……。
しかし、鈴音さんが清楚かぁ。私と鈴音さん、一度しか会っていないのに常識が欠けているという印象しかないんだけども。まぁ清らかではあるかもしれないが。
「なんかわちゃわちゃ言ってるけど、要するに『私はお兄ちゃんと二人きりが良いのに!』って言いたいんでしょ?」
「なっ……!」
琴葉さんの鋭い指摘に、鈴音さんが固まった。
……ブラコンなの? 桜牙さんに滅茶苦茶なこと言われておいて? しかも彼氏いるのに?
……なんだか、印象と違うなぁ。
初対面とも、桜牙さんから聞いていた話とも違う――反社会性パーソナリティ障害とか、常識が欠けているだとか、そんな風には到底思えない。いや、常識が無いのはそうだけども……。
「そもそも、私とお兄ちゃんは仕事で来てるんです! 二人で食べたい、じゃなくて真面目に仕事しようとしているだけなんですよ!」
仕事? 今日は平日なのに?
鈴音さんって確か普通に高校通っている筈じゃ……?
まぁそれは琴葉さんにも言えることだけども。今日学校ないの?
「わたしは今日サボったから」
「私は公欠です」
……何故か二人とも私の内心を見破ってきた。
そんなに顔に出てただろうか……。
というか、琴葉さんってサボりとかする人だったんだ。鈴音さんの公欠はまぁ普通だけどもさ。
「大体、お兄ちゃんがどうしても行きたいっていうから仕事の真っ最中にパンケーキ屋なんか来たんだよ? もういい! 私一人でやるから!」
そう言って、鈴音さんは兄を置いて去っていった。
桜牙さんはあまり気にした風でもなく、いつの間にか注文したパフェをちびちび口に運んでいる。
「全く、妹の反抗期にも困ったものだな……」
「いや、仕事の最中にパフェなんて食べてる方が悪いと思いますけども……」
私の突っ込みを華麗にスルーし、桜牙さんは琴葉さんの方に目を向けた。
「そういえば、最近あまり部屋に来ないな。学校が忙しいのか?」
「い、いや、そういうわけじゃないけど……」
「そうか。まぁ、なんていうか……たまには顔見せてくれよ。寂しいからな」
今日は会えてよかった、と桜牙さん。
ちびちびと食ってた癖にもうパフェを完食し終えた桜牙さんは、「じゃあな」とお金だけ置いて去っていった。
「……アイツってさぁ、けっこー思わせぶりなことするよね」
「……そうですね」
そして琴葉さんは、顔を真っ赤にして固まっていた――。
そういえば、鈴音さんも桜牙さんも私の変装を見破っていた。というか、全く気にしていなかった様子だ。
まぁ、あの兄妹が例外なだけなのだろうけども……しかしまぁ、やはり少しだけ不安になった。食事中だったからサングラスを外していたってのもあるだろうが。
「しかし、予想外だった。ほんとうに」
「鈴音ちゃんのこと?」
私の呟きに、静凛さんが反応した。私は頷く。
「桜牙さんの話じゃ、鈴音さんは殺人症候群だとか、殺傷症候群だとか、そんなかんじの印象だったのに……」
「どっちも実在しない症候群だけどね」
え、そうなの……?
「実在するので言えば、行為障害――かな。殺人とか殺傷とかじゃないけど、攻撃性、反社会性が強い、的な」
まぁ、桜牙くんの話が本当だったらの話だけどね――と琴葉さん。
どうやら、琴葉さんも妹について同じ話をされていたらしい。なんなら静凛さんも頷いているし、全員同じ話を聞いているのだろう。
「やっぱ、アイツは鈴音ちゃんのことを誤解してると思うな」
「……正直、私もそうかんじる」
「わたしもあんまり信じてないし、凜音さんもそうじゃないかな」
――少なくとも、行為障害ってのはね。
琴葉さんはそう付け加えた。
それが何を意味するのか、私にはよく分からなかった。
考えたくもなかった。
「んで、この後どーしよっか?」
「このあと?」
静凛さんの言葉の意味が分からず、私は思わず首を傾げる。
「このあとってなに?」
「うっそでしょ! まさかホントにフレンチトースト食べてそのまま帰るつもりだったん!?」
「逆にどこかよるつもりだったの?」
別に良いけども、と私は言った。
でも、琴葉さんは?
「じゃあ、カラオケにでも行かない? わたし、歌ってみたい曲があるんだけどさ」
あ、結構ノリノリだった。
そんな訳で、私達はそのままカラオケに向かうことになった。
帰り道。
結局夕方まで遊び倒した私達三人は、そろそろ疲れたという誰かの一言で解散が決まった。ちなみに、カラオケは満室だった。静凛さんはあの部屋に荷物を置いていたらしいので、そのまま駅前でお別れすることになった。
つまり今、私と琴葉さんの二人きり――というわけ。
気まずい。
「……」
「……」
なんで喋らないんだろうか……。いや、それは私にも言える事だけども。
でもさ、気まずい雰囲気をどうにかしようって思わないかな。話を聞く限りめちゃくちゃ友達多いらしいじゃん。
「……あのね」
そんな他力本願思考に浸っていると、ついに琴葉さんから話しかけてきた。
そして、
「ごめん」
と、私に頭を下げた。
「……え?」
どうしたんですか急に――という言葉しか出てこない。
謝ることをされた覚えがないし、謝られることをした覚えもない。
一体どうしたというのだ。
「いや、実はわたし、夕夏さんのこと避けてたんだよね」
……あー。
だから最近来てなかったのか。いや、薄々察してはいたけども。
「そうなんですか?」
「うん。とっても自分勝手な理由なんだけどね」
そう言って、琴葉さんは頬を掻く動作をする。
「ほら、桜牙くんって夕夏さんのことを『夕夏ちゃん』って呼んでるじゃない?」
「あー……そうですね」
「あれ、夕夏さんだけなの」
「え?」
つまり――桜牙さんがちゃん付けで呼ぶ人間は、私以外にいないと?
なんで?
「それって、要するに特別扱いでしょ。それが、ちょっと癪に障っただけなの。だから、夕夏さんは全然悪くない――悪いのは全部わたし」
特別扱いか。されて悪い気はしないが、特別扱いされてるからといって私が桜牙さんの特別であるとは限らないだろう。
「でも、それって我儘だし。桜牙くんが誰のことをなんて呼ぼうと、桜牙くんの勝手でしょ」
「そりゃあ、まぁ……」
「それに今日見た感じだと、桜牙くんは夕夏さんのことなんてちっとも意識していないみたいだし……」
それはわりと失礼じゃないだろうか。いや、別に良いけども。
「意地を張ってても疲れるだけだから」
「……そう、ですか」
ダンジョン庁公式探索者第一位にして、レベル5探索者――柊琴葉。
その正体は、どこにでもいるような女子高校生であり、ただの恋する乙女だった。
「なら、喧嘩はしていませんけども――仲直りしましょう。指きりか握手で」
私は自然な感じにそう言った。どんな感じだよ、と思うかもしれないが。
つまり、当然のように。
「切るってのも縁起わるそうですし……握手で」
「……夕夏さん」
なら、敬語は禁止ね、と琴葉さんは言った。
私は「うん!」と返した。
ママと恋鞠にあげる用に買ったお菓子を持って、私は帰路についていた。
帰り道が違ったので、あの後琴葉さんとはすぐに別れた。一人で帰ろうとしたところで、美味しそうなお菓子が置いてある店に目を惹かれたのだ。
これで友達が増えた。
正直言って、私には友達なんて必要ないのだけども。
まぁ、良い感じの雰囲気にしておいた方がいいだろう。
喧嘩は嫌いなので。
「……と、そろそろ変装は解いておこうかな」
近所の人にだって忌み嫌われている私だけども、しかしだからといって何か実害があるわけではない。嫌うだけ嫌ってくれればいい。元々我が家と大した親交はないのだから。
それに、自分の家に帰るのだ。変装は必要ないだろう――と思ったので、私は変装を解いた。具体的には、ウィッグを外しただけなのだけども。
「うわぁ、髪ボサボサじゃん」
当たり前のことだが、思わず声に出してしまった。通行人はいなかった。
……しかし、何やら遠くで何か騒ぎが起きている。
それは予感とか、そういうものではなかった。
聞こえるのだ。
遠くから、人の声が聞こえる。
「何かあったのかな……?」
まぁ、何があろうが気にする必要は無いか……と私は足を止めることなく。
そのまま、自らの家に向かった。
段々と、聞こえる声のボリュームが――騒ぎが大きくなっていることには気付かずに。
気付かないフリをして。
そして、自宅があった場所に到着した。
そこは、火の海だった。
そろそろ物語を始めようと思います。
初めまして四谷入りです。良かったら感想・評価・誤字報告等よろしくお願いします。