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第5話「妹」

 私、レベル5入んなきゃよかったかなぁ。


 私がレベル5に加入してからもう二週間経ったが、琴葉さんとは未だに一度しか会っていない。多分、初対面がアレなせいで避けられているのだろう。

 凜音さんはいつも優しくしてくれるけども、この前結構嫌な態度取っちゃったしなぁ。

 桜牙さんは言わずもがな。

 静凛だけは唯一仲良くしてくれるけども、いつもいつも気を遣わせちゃっているので、そこら辺がちょっとだけモヤモヤする。


 ……そりゃあ、苦しみながら生きようと言った。

 苦しいを生きようと言ったけども。

 だからって、こんなに地味で嫌な苦しいを生きたところで贖罪にすらならないだろう。贖罪をするつもりはないし、そもそも私が悪いとは微塵も思っていないのだけども。償いなんて私は望んでいない。咲良も。


 まぁ、今更そんなことを考えていてもつまらない。

 自分で決めた道だ。誘導はされたけども……。しかしそれでも、鈴音さんが来た時点でレベル5にはならないという選択肢もあったわけなので、最後に決断したのはやっぱり私だ。


 ダンジョン庁の公式サイトから、探索者順位にアクセスする。『アイウラ・ユウカ』が五位になっていることを確認し、私はスマホを閉じる。世間はどう思っているのだろうか。

 みんなのアイドル、ななちゃんの足手まといになり、結局咲良は死亡――その直後に、足手まといだったユウカ()がレベル5探索者として覚醒する。

 いやいや、納得できるわけねーじゃん。私が納得してないのに。


「……ははっ」


 私はわざとらしく笑った。心は全くこもっていない。


「敵」


 相浦夕夏は敵、というのが一般人の共通認識だろう。知らないけども。

 あー、だめだめ。知らないことを考えるのはもうよそう。そんなことに意味なんてないし、価値なんて見出せない。

 もう寝るか、と思って座っていた布団に寝転んだその時、コンコン、とノックの音がした。


「お姉ちゃん、今大丈夫?」


 ……ノックの正体は恋鞠だった。私の妹だ。


「うん。なに?」


「入っていーい?」


 私は返事をせず、立ち上がってゆっくりとドアに近付いた。


「長話?」


「いーや。でも、大事な話」


 恋鞠がそう言ったので、私はドアを開けた。

 ドアの先で、恋鞠が立っていた。憔悴しきったような表情で。


「……」


 そう――か。

 恋鞠は中学生だ。そして、恋鞠が相浦夕夏の妹である、ということは既に学校中で広まっていることだろう。

 ……イジメか。どちらにせよ、私のせいだ。完膚なきまでに。


「……あの、ね、お姉ちゃん」


「……なに」


「一緒に寝てもいい?」


「……」


 大事な話じゃなかったのか。確かに長話とは言えないが……。


「久しぶりに、どーかなって思って……」


「……別に、いいけども」


 別に良いけども。

 でも、どうしてだ?


「恋鞠、私のことうらまないの?」


「え、なんで?」


 素で訊き返された。本当に意味が分かっていないようだった。


「だって、様子見てたら分かるもん。あきらかに、イジメかなんか受けてるでしょ、恋鞠」


「……まー、うん」


 まぁ、うん。その言葉に、どんな感情が詰まっていたのか私には分からなかった。

 イジメかそれに準ずるものを受けている――そしてそれを受け入れているとでも言うのか?


「受け入れるわけないじゃん。でもね、お姉ちゃんはお姉ちゃんだから」


 しょーがないことじゃん、と恋鞠。


「……ごめん、ね」


「なんで謝ってるの? ちょっと、泣かないでよ。も、もしかして私のプリン食べた?」


「それはあやまらないけども、でも、恋鞠は、さ……」


「はぁ!? 私のプリン食べたの? 食べないでって言ったのに! あれほど言ったのに!」




 家族って大事なのかな?

 訊くと、彼女は『個人差』だと答えた。

 咲良は――そんなのよりも、私の方が大事だと言ってくれた。

 なら、私はどうだろうか。


 恋鞠よりも、ママよりも、咲良のことが大事なのか――あと、顔も知らないパパよりも。そうそう、おばあちゃんやおじいちゃんだって家族だ。

 もちろん、答えは決まっている。

 家族よりも大事なのは自分自身で、自分自身よりも大事なものは咲良である。

 大きな差がある。


「そんなにいっぱい家族がいるのに、私の方が大事なんだね。ふふ」


 家族よりも咲良が大事だと伝えたら、咲良は笑ってそう言った。どうやら、喜んでくれたみたいだ。

 しかし、いっぱいって。妹、母、爺、婆……一応父を入れておくが、それでもたったの五人だろう。大家族ってほどでもないし、ペットを飼っているわけでもない。


「五人は十分に多いよ。私なんて、お父さんしかいないからね」


 一人しかいないから――生き残っているのは。

 そういえば、そうだっけ。

 咲良の家族とは会ったことがないけども、話を聞いた事ぐらいはあったっけか。

 たしか……。


「お兄ちゃん、彼女も作らないでずっと勉強してたんだよ」

「昔、お母さんが作ってくれたオムレツの味にそっくりだよ」

「お父さんに怒られちゃったの。洗濯物を燃やしただけなのにね……」


 私と咲良の会話内にて、今まで咲良が家族について言及したのは、この三つだけだ。

 一個目は小学六年生の時。図工の時間だった。

 二個目は中学二年生の時。夏休み、何となく小腹が空いてファミレスに寄っていた。

 三個目は今年、高校二年生になった時。掃除の最中だった。


 咲良の中で、家族という存在の優先順位は非常に低いのだろう。小学四年生の頃に一家共々落石に巻き込まれ、残ったのは咲良とその父だけ――二人の兄と、一人の母、そしてそのお腹の中にいた子供は死亡したらしい。ついでにだが、一緒に居た父の姉とそのお腹の子も死んだそうだ。

 事故のせいで怪我をし、さらには精神を病んだことで入院することになった父――そして、全くの無傷で翌日には学校に登校してきた咲良。ちなみに、引き取られなかったらしい。


 そう、()()()()()()()()()。親戚からも、施設からも。

 そんなことがあり得るのか、と思わず突っ込みたくなるが、実際にあったのだからあり得るのだろう。

 もしくは、咲良がとんでもないイレギュラーなのかもしれないが。


 父が入院しているため、家には一人だけ。まぁ、お金には困らなかったようだけども……それに、気の毒に思った私の母が色々とやってくれたおかげで、両親を実質的に失ったにしては咲良はまぁまぁ良い暮らしを送る事が出来た。

 しかし、中学に上がってすぐ、咲良はこう言った。


「夕夏のお母さん……あのね、私を気の毒に思わないでほしいな。今までありがとうございました。もう、何もしないでね」


 同情を拒否した――それに対し「オーケー」で返す私のママも異常だが、それよりも咲良は、なんというか……。

 やっぱり、ちょっと変だった。


「夕夏の言う通り、私はダンジョン探索者になるよ。いっぱい頑張って、お金を稼ぐよ」


「うん、頑張ってね!」


 運動神経抜群で、陸上部でも中学生記録どころか全世界の記録を軽々と塗り替えた咲良には絶対に向いていると思った。だから勧めた。

 多分、それは失敗だったのだろう。

 もし私がこの時、咲良にダンジョン探索者を勧めなければ……私達は今も一緒にいる筈だったのに。


「今日はレベル4探索者達で顔合わせがあるの。あの古橋鈴音や、九条くじょう三姉妹も来るんだよ。凄いよね」


「……うん、そうだね」


 毎日一緒、がちょっと難しくなった。

 ずっと一緒にはいられない――どちらにせよ、高校を卒業すれば咲良は進学、私は就職で一緒にはいられないのだ。

 いつか来る未来を、先取りしただけ。

 それでも、私達の仲は不滅なので。

 と、そう思っていた。

 しかし……。


「日曜日は空いてないんだよね。ごめんね」


「そうなんだ。なにかあるの?」


「その日、サリナさんとご飯に行く約束をしててね……」


 咲良が、私より他の人との約束を優先した。

 先に約束していた人を優先する――そんなの、当たり前のことなのに。

 昔は違った。それだけの理由で、私はショックを受けた。

 サリナ、というのは咲良の配信者友達だ。最近はよくコラボもしているようだし……と。


 ……これ以上、黙って見ていられなかった。

 他の人が咲良と仲良くなる様子を、見ることが出来なかった。

 苦痛だった。最悪の気分になった。


 そして、血迷った。

 そして、間違った。

 そして、誤った。


「私も、探索者をめざそうかな」


「えっ。夕夏、探索者になるの?」


「そうおもっただけだけど……」


「いいね。一緒にやろうよ」


「……うん」


 やってみよう、かな。

 それが全ての始まりだった。

 誤りの始まり。

 終わりの始まり。

 まだ始まっていなかったのに、終わった。


 この時、探索者にならない道を選んでいたら――と心の底から後悔している。

 私にはお金も、力も、仲間さえも要らなかった。

 ただ、咲良がいれば良かったのに――。


 咲良がいればそれでよかった。

 咲良といれればそれでよかった。

 それだけが私の全てだった。


 それを台無しにした人は、もうこの世にいないらしい。

 私がいつの間にか殺してしまったらしい。

 無意識に。

 無感情に。


 復讐が出来れば、また変わったのかもしれないが――もう、何もかもが遅すぎた。

 多分、もう、私には、何も、ない。

 きっと誰にも何にも価値なんてない。


「……」


 一番大事なものが無くなったら、二番目に大事なものが繰り上がって一番大事になるのかな――と思っている人もいるのかもしれないが、それは違う。

 正解は――もう何もかもどうでもよくなる、だ。


 よって、私にとって家族なんて大したものじゃない。


「……おはよー、お姉ちゃん」


 ふと、声が聞こえた。

 眠っていたのか――ならさっきのは、夢だろうか。

 少し、昔のことを思い出していた。


「……恋鞠?」


 そうだ、一緒に寝てたんだった――と私は段々昨夜の記憶を取り戻していく。

 どうして同衾(男女どころか姉妹だが)を希望してきたのかは分からないが、しかしまぁ、たまには妹と一緒に寝るというのも悪くないかもしれない。


「もうちょっと、だけ……」


 私は恋鞠を抱き枕にして、そのままぎゅっと強く抱いた。

 まだ眠い。


「ちょっと、学校間に合わないって……」


 恋鞠は文句を言いながらも、抵抗する様子は全く無い。

 むしろ、抱き返してくれた。


「……ひひっ」


 私はちょっとだけ笑った。フリだけども。




 二人とも昼に目が覚めた。ママは起こしてくれなかったらしい。気を遣ってくれたのかもしれない。

 とりあえずとして食パンを四つ焼いて、バターとマーガリンとジャムとチョコシロップを塗る。二つずつ重ねてアイスを挟めば、なんか美味しそうなやつが完成した。


「うわー、なにこれ! おいしそー! 天才?」


「天才かもしれない……才能あふれすぎてるわこれ」


 才能に溢れすぎている。初めてご飯を用意するが、まさかこんな天才的な料理を作ってしまうとは……自分の才能が怖い。


「ほら、はやく食べないと溶けちゃう」


「あ、そーだね。いただきまーす」


「いただきます」


 一口で分かる美味しさ。パンってこんなに美味しいのか。

 十分もかからずに食パンを食べ終え、食器を洗って片してから部屋に戻る。


「フレンチトーストが食べたいな」


 ふとそう思った。




 「フレンチトースト食べにいかない?」


「え?」


 ダンジョン庁総合施設、地下一階のレベル5専用部屋にて。

 私は静凛さんを誘ってフレンチトーストを食べに行くことにした。というか、部屋には静凛さんしかいない。


「あたしは良ーけど……でも、夕夏ちゃんって出かけてもだいじょぶなの?」


 今の私は全一般人の敵――しかし、そこら辺はきちんと考えてある。


「ウィッグ被ってサングラスかけるから」


 変装用具はちゃんと持ってきた。

 元々、レベル5の誰かと食べにいこうと思っていたのだ。

 その誰かに迷惑はかけたくない。なるべく。


「ならオッケーだね。んーと、他に誰か誘う?」


「誘いたい人でもいるの?」


 私としては大歓迎だ。いや、大歓迎はちょっと言い過ぎだけども。

 人見知りなので、なるべく知っている人がいい。桜牙さんとか、凜音さんとか。


「今日、琴葉ちゃんも来るらしーからさ。どうせなら誘っていーい?」


 琴葉さんか……まぁ、丁度良い機会だ。


「うん、いいよ」


「よっし。なら早く来るよう急かすね!」


「それはいいよ!」


 もしくは良くないよ。

 とか言おうとしたところで、いきなり部屋の扉が開いた。


「おはようございまーす……」


 タイミング良く琴葉さんがやってきた。


「あっ、丁度良いタイミングだね」


「ちょ、丁度良い? 何か用だった?」


 そういえば、琴葉さんとはすれ違った時以来だ。

 やっぱりどこか気まずいが……まぁ、これを機に少しでも仲良くなれれば、この息苦しさも少しは軽くなるだろう。


「いま、フレンチトーストを食べに行こうって話してたんです」


 でも、初っ端からため口はハードルが高かった。私のこういうところが、あんまり人と仲良く出来ない所以なんだろうなぁ。


「フレンチトースト……駅前の店?」


「いや、なんも決めてない。とりあえず行こーってなったけど」


「どうしましょうか……」


「駅前のパンケーキ屋はどう? あそこはフレンチトーストも置いてるし、パンケーキも絶品なんだよ」


 わたし好きなんだよね、と琴葉さん。やはり、友達が多い子は良いお店をいっぱい知っているのかな。静凛さんも『あそこ? いーじゃん!』と言っていたし、他に意見も無かったので満場一致でそこに決まった。


 店を決めたら早速出発しようということになった。

 ウィッグって意外と蒸れるなぁ……。


「にしても、ウィッグを被っただけなのに随分と印象が変わるんだね」


 琴葉さんが私を見てそう言った。そうか?


「そうですか? 実は鏡で見た時ちょっと自信なかったんですけども」


「そー? 全然分かんないけどね。グラサンもかけてるし」


 確かにサングラスをかけてはいるが、ラウンド型(まん丸で丸くてちょっと細めのフレームのやつ)のやつなので、そこまで顔は隠せない。

 いや、それだけ自分の顔が見慣れているってことか。

 他人から見れば全然別人か。


「みんな他人ですよね」


「急にどしたん?」


 私達は駅前のパンケーキ屋へ向かった。

 琴葉、お気に入りキャラなんだけどいまいち上手く書けない。


 四谷入り。良かったら感想・評価・誤字報告等よろしく。

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