第3話「今度こそ本当に初顔合わせ」
後悔も反省もしたくない。
それが十七年間生きてきた私の、モットーでありマニフェストであった。
だがやはり、このクソッタレな人生において、そんなのは不可能だろう。不可能に近い、ではなく不可能。あまりにも無理難題。
咲良を死なせてしまった――咲良を殺してしまったこと。
あまり深く考えず、レベル5の誘いを受けてしまったこと。
前者はどうしようもなかったし、後者は桜牙さんに脅されていた。だから、仕方ない、という人もいるのかもしれないが――それが、最善だったのかもしれないが。
しかしそれはやはり、私にとっては後悔するべきことなのだ。
反省の余地はなくても、後悔だけはずっと残っている。
「なんてね……」
探索者になろう、だなんて考えなければよかった。しかし、咲良が他の探索者と仲良くしているのを見て、自分も探索者になれば咲良ともっと一緒に居られるのかなぁ、とか考えない私は、その時点で私ではない。
だから結局、これは避けられぬ運命だったのだ。
出来れば避けたい未来だったけども。
「思い込み、かな」
で、だからどうした。
後悔なんかしても、過去が変わるわけじゃない。
そんなの、ただの言い訳じゃないか。
「到着。ここがレベル5用の会議室だ」
複雑で迷路みたいな廊下を抜けて、立ち入り禁止とされる地下室まで下りた先にあったのは、いかにも普通そう、というか本当に普通の扉があった。
「おもったよりもシンプルですね」
「重いけどな」
そう言いながら、軽々と扉を開ける桜牙さん。
少しは心の準備をさせて欲しかったのだけども……。
まぁいいか。
「……あら、遅かったわね」
女の人の声。大人っぽい色気のある声だった。
中にいるのは舞沢姉妹だけなので、恐らくその声は――。
「こ、こんにちは……」
とりあえず私は桜牙さんの背中に隠れながら、はっきりと挨拶をした。
「随分と桜牙に懐いてるじゃん。また高校二年生の女の子を落としたの?」
「……」
さっきのとは別の声。
とても可愛い、というか……ならその声は――。
「こんにちは、相浦夕夏さん。ほら、静凛も。挨拶はきちんとしなきゃじゃない」
「はーい。こんにちは相浦さん」
「は、はい……」
流石に桜牙さんの背中に隠れたままだと態度が悪いかなと思い、私はひょっこりと顔を出して二人の顔を確認する。
――衝撃だった。
「き、きれい……」
「「え?」」
綺麗だった。
どちらともサイドテールで、片方は右側、もう片方は左側で髪を結んでいた。
顔はそっくり――というかまんまで、コピーかとも思ったのだけども、若干身長が違う。
「まさか出会って早々綺麗だなんて。人を口説く才能あるんじゃないの?」
「だ、だってほんとうに綺麗だったから……」
「私も驚いたわ。ふふ」
美女に挟まれて緊張が解けない。咲良も鈴音さんも可愛いし、桜牙さんだってイケメンな筈なのに……霞んでしまうレベルの美しさ。それにしても、桜牙さんはよくこの状況で漫画なんて読めるね! 本当についてるのかな?
「夕夏ちゃん。お前ちょっと失礼なこと考えてないか?」
「ほ、ほんとについてるのかなって……ってそんなことはどうでも良いんですって!」
桜牙さんに内心を看破され、思わず失言しそうになった(した)私だが、ここで話を本題に戻す。
「今日手続きするって話でしょ。ハンコとか色々もってきたんですけども」
「あらあらあら、そうだったわね。あらあら」
あらあら、と凜音さん。その口調、もしかして慣れていないんじゃ……。
対面にいる桜牙さんが鞄から書類を取り出して、私の方に向ける。
「とりあえずこれに色々書いてるから、住所とか緊急連絡先とかを記入してくれ」
あと名前も、と桜牙さん。桜牙さんに言われるがまま、私は私の個人情報で記入欄を埋めていく。
「……そういえば、なんですけど」
私はふと気になって、というかずっと気になっていたことを言う。
「私、本当に強いんですか? 私にレベル5になれるほどの力があるとはとうてい思えなくて……」
魔力を得た。それは自分でも実感しているし、魔力を持っている、という感覚もある。しかしながら、私はそれを扱えない。
「魔力をどう使うかとか、何にもしらないですし」
「ていうか、知ってたら今頃処分してるけどな」
さいですか。
「魔力があっても、それを使えないなら危険性はない。オレ達がそう判断したから、お前は今生きてるんだ」
「でも、魔力もつかえないままじゃレベル5なんて……」
「手続きを終えたらお前は探索者だからオレ達が教えるよ。いちいちうるさい」
……桜牙さんと仲良くなったかなぁとか思ってたけども、全然仲良くなってなかった。確かに今の私がウザかったのはそうだけども、それでもそこまで言うことないでしょ。
「桜牙、何でそんなにイライラしてんの?」
「あぁ?」
静凛さんが火に油を注ぐように言うと、桜牙さんが静凛さんを睨み付ける。凜音さんは見て見ぬふり。私も同じです。助けて。
私は平和主義者だし、全員にそうあって欲しいと思うような人間なのだ。
だから喧嘩はやめてくれ。私は止めないけども。
「妹の話でもしてたの?」
「お前には関係ない」
「あー、図星かぁ」
……あれれ? 私のせいだったりしないよね?
いやいや、『なんで鈴音さんはそんなに厳しいんですか?』とは訊いたけども、過去の話は桜牙さんが勝手にやったことでしょ……。
はっきり言って、一ミリも興味なかったよ。
「まだ鈴音ちゃんのこと誤解してるの? いい加減……」
「鈴音のことを一番知ってるのはオレだ」
誤解? それは一体……。
と気になったところで、いきなり隣から「ドスン!」と轟音が聞こえた。
私と桜牙さん、それに静凛さんの視線が一気に集中する――私の隣に座る、凜音さんへと。
……そして、割れた机へと。
「やめなさい」
「……はーい、おねーちゃん」
「チッ、分かったよ」
静凛さんは萎縮したように、桜牙さんは不貞腐れたように謝罪した。
そして私は……。
「ちょっと夕夏さん。ごめんなさい、怖がらせてしまったのは私だもの。あなたが謝る必要なんて……ねぇ、お願いだから土下座はやめて頂戴!」
一瞬で土下座した。
大丈夫だ、謝罪には慣れている。
というわけで、気を取り直して。
「これでだいじょうぶですか?」
全ての記入欄を埋めたので、私はそれを桜牙さんに渡す。
書類を受け取った桜牙さんは、しかしそれに全く目を通さずに、鞄の中に再びしまった。そしてまた違う紙を取り出し、私の前に置いた(予備の机の上に……予備の机って何?)。
「これは……」
「探索者の規則が載ってる。レベル5限定のものとか、色々書いてあるから、後で目を通しておけ。ま、オレ達はレベル5だから、たとえ違反したとしても揉み消せるがな」
「……わかりました」
凄まじい職権乱用というか……腐っている。
まぁ、実際に違反しようとは誰も思っていないだろうけども。
犯罪が自由に出来るようになっても、犯罪をする理由が無ければ、人は罪を犯さない。
「まぁ、理由なんてあちこちに転がっているもんだけども」
「……夕夏ちゃん、何か言ったか?」
「いいえ。なにも」
何にも言っていませんよ――と私は返さなかった。
「相浦さん相浦さん。夕夏ちゃんって呼んでもいい? 桜牙もそう呼んでるし」
「好きなようによんでください。私は私なので」
手続きが全て終わり、桜牙さんが私を置いて部屋を出ていってしまった。凜音さんも桜牙さんに着いていったので、今は静凛さんと二人きりだ。
何を話せばいいんだろうか。私は極度でなくとも人見知りだ。
「いやー、やっとあたしも先輩になれたよ。結構長い間後輩だったからさぁ」
……いや、後輩であることはこれから先も変わらないだろう。
「静凛さんはいつからレベル5にはいったんですか?」
「えーと、確か十二歳からかな」
「そんなにまえからですか……」
小学生からとは。いや、中学一年生でもあるのか。
静凛さんは私と同い年だから、十六歳でも大体四年ぐらい――か。
「たいへんですか?」
「いや、そこまで大変でもないかなぁ。まぁ、高校には進学出来なかったけどねぇ……」
「けっこう忙しいじゃないですか」
「いや、仕事しないならそこまで忙しくもないよ。夕夏ちゃん、そこまで人殺すのに積極的じゃないでしょ? 琴葉ちゃんとか、仕事はせずに高校通ってるし……」
「琴葉?」
知らない名前だ。ということは……。
「第一位のしたの名前ですか?」
「あ、言っちゃった。まぁ隠してるってワケじゃないだろうし、別に良いけどね」
ヒイラギ琴葉。恐らく、漢字は『柊』だろうから、柊琴葉か。
まぁ、普通の名前だ。探せば同姓同名の人が二人ぐらいはいそうなぐらい。
「琴葉ちゃん。めっちゃ良い子だから、夕夏ちゃんもすぐ仲良くなれるよ。まぁ、学校無い組とは基本休日にしか会えないけどねん……」
「学校無い組って……凜音さんも学校にいってないんですか?」
「一応どっかの大学に籍を置いてるらしーけど、入学式以来は行ってないって」
「えぇ……」
お金の無駄じゃん……まぁ、レベル5なら給料高いだろうし、無駄に使えるお金ぐらいはあるんだろうけども……。
「というか、凜音さんって学生なんですね。ちょっといがい」
「まだお酒もタバコも買えないようなトシだよ、おねーちゃん。成人だけど」
「そうなんですか?」
ちょっとじゃなくてだいぶ意外だった。ていうか、桜牙さんより年下なのか……。
「今年で買えるようになるけどね。ま、たまに桜牙とサシで飲み行ってるっぽいけど」
「み、未成年飲酒じゃないですか……」
「成人だけどね」
探索者はどんな軽犯罪でもやった時点で重い処分なので、いくら処分する側のレベル5とは言えど、未成年喫煙なんてする筈がない――全くの見当違いだった。
やっぱり世界は腐っている。
「ビールやらタバコやら、何が良いんだか分かんないや。飲んだことも吸ったこともないけどさー」
「え、静凛さんやってないんですか?」
「もしかして私もそーゆーことしてるって思ってた?」
思ってた。
なんていうか、ノリが未成年飲酒・喫煙お構いなしのグループに居そうな女の子みたいな……。
「そんな認識だったのあたし? ちょっと凹むんだけど……」
「いや、ごめんなさいちがうんです! ただの陰キャぼっち特有の偏見ですから!」
「土下座はしないでよ……」
考えていることが顔に出ていたらしく、悲しそうな顔をする静凛さんに私は慌てて土下座した。逆に慌てられた。
「あたしは、そーゆーくだらない犯罪とかしないって決めてんの。トラブルに遭ったら面倒だし、おねーちゃんに迷惑かけたらやだから」
……それは、それは。
とても良いことだと思う。尊敬されるべきだ。尊重されるべきだ。
「……静凛さんは、お姉さんのことがだいすきなんですね」
「うん!」
静凛さんと桜牙さんの仲が少し悪そうなのは、恐らくだが――自分の妹を悪く言う兄のことが、気に食わないのだろう。
自分が同じ妹だから。
……まぁ、桜牙さんも鈴音さんのことを嫌っているわけではないと思うのだけども。
「てゆーかさ、同い年なんだから敬語なんてやめよーよ。硬いよ」
「……うん、私もちょっとそうおもってた」
「ひひっ。これで、あたしらは仲良しだ」
――ぼっちなんかじゃないよね、と静凛さん。
静凛さんの態度には、気遣いが見て取れた。
私はつい先日に、唯一の友人を亡くした。
だから、静凛さんはそんな私を励ましたいとか、そんな感じのことを思っているのだろう。
少しでも励みになれればいいと。
……桜牙さんは嘘吐きだ。
レベル5はおかしい――確かにそうかもしれない。
人がこんなにも優しいだなんて、明らかにおかしいだろう。
彼女がレベル5で、しかも人を殺せる人間だなんて、到底信じられないが……それは置いておいても、人を殺したからといってその優しさは消えない。
人を殺したからおかしい――なんて、それこそおかしい。
「……そうだね」
静凛さんは間違いなく良い人だ。
桜牙さんはやけにレベル5のメンバーを悪く言っていたけども、多分何らかの偏見が混じっているのだろう。
自分がこうだからこう、とか。
「もう、なかよし」
私はそう言って、静凛さんに笑いかけた。
自然な笑顔を作って。
あたかも、嬉しそうに。
私は笑ってみせた。
静凛さんもにっこりと笑った。
多分、素。
「ひひっ」
変わった笑い声だなぁ、と思った。
「静凛ちゃんって呼んでよ。呼ばなくてもいーけど」
「……し、静凛、ちゃん?」
「うひひっ。ありがと夕夏ちゃん」
顔真っ赤ー、と揶揄ってくる静凛さん。
もう、と私は言った。
恥ずかしそうな顔をしながら。
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