プロローグ②「配信」
色々と手続きをした。
配信諸々の書類みたいなのも同時に。肖像権とか、そういう類のもの。
はっきり言って、クッソ面倒だった。
「つかれたぁ……」
事前準備がようやく終わり、やっと実地試験を始めることが出来るようになった。
「試験はこれからなんだけどね……」
「うそでしょぉ……」
「配信もあるよ。頑張ろうね、夕夏!」
恐怖でしかない。
そういう手続き等は全て咲良に丸投げしていたのだが、しかしそれでも咲良は元気だった。やはり、咲良の体力は化け物クラスだ。
「配信開始予定の十六時まで、あと十分だからね。もう探索着にも着替えたんだから、もうすぐなんだから」
「……そうだね、うん」
咲良はしっかりとしている。私とは本当に大違いだ。言うまでもなく。
見習うことはしないけど、私もしっかりとしなければ。咲良の足を引っ張るような真似はしたくない。
「これ着るのってさ、試験の時だけだよね」
「うん。探索者になったら別に着なくてもいいよ」
探索着、結構重くてびっくりした。ずっと着なきゃダメ、なんてことはないらしいので助かった。
でも少なくとも、試験中はずっとこの重い服を着ていなければならない。
車から出て、ダンジョンの入り口で待機。
事務員さんに挨拶をしたりして、私は咲良が準備を終えるまで待った。
そして数分ぐらいで準備が終わり、ダンジョン内の安全地帯に移動してからついに配信開始。私は身構える。今更ながら寝ぐせがないかどうか気になってきた。メイクも、崩れていないか心配だ。
「……大丈夫だよ、夕夏。いつも通り可愛いから」
私の不安を察したか、咲良は私にそんな言葉を投げかけてくれた。
不安はいくらかマシになった。
ついに配信が始まった。
「やっほーみんな、こんなな~。待たせちゃったかな?」
≪キター!≫
≪こんなな≫
≪隣の人だれ?≫
≪ぜんぜん待ってないよ!≫
七瀬咲良――活動名は、『なな』。だから、『こんなな』なのだ。
空中に表示される無数のコメント。ダンジョン配信者用の撮影器具、流石に高いだけあった。
「今回は前に告知した通り、探索者実技試験の様子を配信していくよ。今回協力してくれたのは、こちらの……『ゆう』さん! もちろん本名じゃないよ」
「よ、よろしくね……?」
≪よろ≫
≪よろ≫
≪ウチのななちゃんが失礼します(殴≫
≪よろしく! ところで、ななちゃんと付き合ってたりしないよね?(圧)≫
≪可愛い子だね≫
相浦夕夏――『ゆう』。単純過ぎるネーミングだ。
にしても、コメントが本当に気持ち悪い。承認欲求と不快感を同時に接種出来る画期的な活動であるとも言えるけども……。
安全地帯は無人ではなく、周囲に人は多い。しかも咲良は有名人だ。そのため、今の私達はかなり目立っていた。恥ずかしい。
「もう、緊張しなくても大丈夫だってば」
そう言って、軽く背中を叩いてくる咲良。実は、地味に痛い。
咲良から与えられるものであれば痛みだってご褒美だ――とは言えないけども。
「私が付いてるから、安心してね」
「……うん」
カメラの前だから、格好つけているのかもしれない。普段の咲良は、そんなことを言うタイプじゃないからだ。
でも、私は勇気を貰った。
「頑張る。ちょー頑張るけども……具体的に何すればいいの?」
モンスターを実際に相手取るのは、私が魔力を得てからとなる。ダンジョンの中には安全地帯と呼ばれるスポットが点在しており、そこでモンスターが湧くことはない。地震等の外部的な問題、または人為的な事件が起きなければ、ここは本当に安全な安全地帯だ。
話が逸れたが、要するに……私が魔力を得るまで、どうするの? ということ。
「えーと、雑談?」
「一、二時間もダンジョンの中で雑談するの? 私もいるのに?」
「それしかすることないからね……それに、二時間なんてすぐに終わるよ」
会話が苦手な私にとって、それは地獄そのものだった。
≪がんばれゆうちゃん!≫
≪コミュ強ななちゃん……≫
≪皆が陰キャなだけで、普通のことなんだけど……≫
≪↑死ね消えろカスゴミクズボケバーカバーカ≫
≪↑小学生レベルwww≫
うっわぁ。コメント欄はもう見たくないので、私は咲良の顔を見ることにした。
「さ、じゃなくてななちゃん」
「一応公開はしてるけど、本名では呼ばないでね」
ななちゃんの本名は検索すれば出てくる。そもそも、ダンジョン庁の公式サイトに堂々と載っている。レベル5の一人であり、公式ランク第一位の『ヒイラギ』だけは例外で、下の名前も顔写真も掲載されていないのだが。
「ななちゃんも、ね」
しばらく咲良の顔をじっと見つめる。咲良はコメントを見ながら、時折私の方を向きながら、色んな話題を作って、作られて、私に振ってきたり、いきなり笑いだしたり、なんというか。
とても楽しそうだった。
とっても低俗な人達と話しておきながら。
「……さっきから思ってたんだけどね、どうしてゆうちゃんはさっきから私の顔をじろじろと見てるの? 何か付いてるかな」
≪ついてないけど≫
≪どうした急に≫
≪見惚れてるんだろ(適当)≫
「ごめん、みとれてた。顔にはなにもついてないよ」
≪!?≫
≪!?≫
≪!?≫
「そ、そうなの? ゆう……ゆ、ゆうちゃん」
「可愛いっておもって……」
≪ナチュラルに口説き始めた≫
≪暇だったんやろうな≫
≪百合の花が咲きましたわね……≫
コメント欄が何やら騒がしくなっている気がするけども、そんなのは関係ない。
咲良は、私のだ。
「そ、そっか……うふふ」
さっきの≪可愛い≫というコメントよりも、咲良は喜んだ。
完膚なきまでに私の勝ちでした。勝負ありがとうございました。
≪ななちゃん、マジで見たことないほどふにゃけた顔してる≫
≪ゆうななキタコレ≫
≪二人とも、蕩れ≫
ちなみにまだ三十分も経っていない。時間が経つのが遅く感じる。
もし配信なんてやってなくて、咲良と二人きりだったら、私はこの時間が一生続いて欲しいと思うだろう。でも、今は二人きりではない。
何十万人もの視聴者が、一緒にいる。
最悪だ。
この状況も。私も。
「ゆうちゃんも可愛いよ。あと、大好き」
「……」
カウンターを貰ってしまった。
ダメージというか、衝撃というか。硬直した。
≪何でコイツら配信中にイチャイチャしてんの?≫
≪尊いから何でもいいや≫
≪ゆうちゃん固まってて草≫
「……あ、ありがとう、ね」
びっくりしたぁ。本当にびっくり。
「わ、私もすきだから……」
「うん、分かってるよ。ありがとね」
これが大人の余裕ってヤツか……いや、同い年なんだけども。
にしても、咲良は本当に可愛いなぁ。顔が。
咲良の顔が好きだ。声が好きだ。喋り方が好きだ。歩き方が好きだ。寝息も好きだし、くしゃみも好きだ。
内面的なものを除いても、咲良は魅力的すぎる。
≪ななちゃんって女の子が好きなの?≫
「ノーコメント」
「私もおなじく!」
さっきから咲良の様子がおかしいな、と思っていたが、恐らくこれらは全て視聴者へのパフォーマンスだろう。サービスといってもいいかもしれない。
いつの間にか視聴者が配信開始時の倍になっている。咲良はこれを狙ったのか。
思ったよりも計算高い。
そして一時間が経過し、二時間が経過し、三時間が経過した。
……まだ、何も起こっていない。
「ねぇ、もう先に進んでもいいんじゃない?」
このダンジョンの安全地帯は一番最初のエリアだけ。次のエリアでは、初心者向けのモンスター達がたくさんいるらしい。
「うーん……全世界に配信されているわけだし、魔力を得ていない状態で安全地帯の外に出るのは禁止だから、ダメだよ」
そう言いつつも、そろそろ咲良も暇になってきたようだ。
視聴者も倍近く減ってしまった。
≪ひまー≫
≪まだ魔力発生しないん?≫
≪思ったよりも長かった……≫
「一応訊くけど、ゆうちゃんは何か変だなって思うことない? 違和感、というか……」
「……ごめん、何にもない。めっちゃ健康……」
「いや、健康なのは良いんだけどね」
健康なのは良い事なんだけどね。けども。
本当に何も感じない。体に違和感なんてない。それが違和感だ。
「何か、説明するのが難しいんだけどね……新しい感覚が芽生える、って表現する人が多いかな」
新しい感覚、ねぇ。
≪ゆうちゃんって昔にダンジョン入ったこととかあるの?≫
「ないよ。今日が初めて」
そもそも、資格を持っていない人間がダンジョンに入ることは禁止されている。ダンジョンの災害に巻き込まれたことだってないし、やっぱり私はダンジョンに入ったことが無い。
ここは、思ったよりも整備されていて驚いた。
「うーん、どうしようかな。あと五時間ぐらいなら待てるけどね」
「でも視聴者はまてないでしょ……あと私も」
≪は? 余裕で待てるが?≫
≪ニートなめんな≫
≪こちとら三十九歳無職子供部屋引きこもりの恋愛経験なしデブ童貞だぜ!≫
可愛そうな人がいる……何人もいる……。
それに、ニートってことはつまり忍耐力が無いって事ではないのか。ますます不安になる視聴者層になってきたぞ。
「三十九歳……もう手遅れだと思うけどね、卒業頑張ろうね。色んな事から」
≪ななちゃん……!≫
ななちゃん、鬼畜だった。
無職と子供部屋と引きこもりとデブと童貞を卒業する――三十九歳にもなって。
無理です。諦めてください。来世に期待もしないでください。
≪頑張る←無理笑≫
≪三十九歳は手遅れで草≫
≪最底辺がこんなところに。世界ランクが上がっていく……!≫
……最低は皆だよ。
じゃなくて、皆は最低だよ、かな。
どっちでも同じだけども。
≪にしても、静か過ぎるよな≫
≪周りに誰もいないの?≫
「そういえば……」
そういえば、あんまり考えていなかったけども……。
あまりにも人が少ない。どころか、私達以外に誰もいない。
声どころか音すら聞こえない。
……何も、聞こえない。
「よくよく考えたら、確かにおかしいね」
「さ……ななちゃん。なんかやな予感がするんだけども……」
「……ゆうちゃんは大丈夫だよ」
……ここでようやく、違和感を覚えた。残念ながら、魔力を得たことによる体の異常ではなさそうだったが。
――ゆうちゃんは、大丈夫だよ。
咲良には、何が見えているのだろうか……。
何か、見えているのだろうか……。
そして、 ある一つのコメントを見た咲良が、目を見開いた。
≪今日、そのダンジョン閉鎖されてね?≫
「え――?」
閉鎖? 今日? どういうことだ?
≪閉鎖告知がされてる。しかもたった今だぜ≫
そのコメントを打ったのは、先程の三十九歳手遅れ童貞だった――という話は置いておいて。
「なら、どうして私達に連絡が来ていないの?」
咲良はそう言って、意味が分からないといった顔をした。完全にその通りだった。
ダンジョン庁は私達が今日配信する、ということを知っているわけで――。
このダンジョンが閉鎖されたということは、このダンジョンに何かがあったということ。
そして私達は今、このダンジョンにいる。
――嵌められた? いや、そんな可能性は断じてないだろう。
だって、さっきまでは人が居た。
配信開始時には、かなりの人数がこの安全地帯に――そして今は消えている――ということは、この安全地帯だって安全とはいえないかもしれない。
「……たぶん、早く出た方が良いかも」
「そうだね。配信も、一旦閉じて――」
そう言って咲良が空中で浮かぶカメラに手を伸ばしたその時だった。
「おっと、まだ休もうぜ」
知らない男の声。
そして、咲良が伸ばした右手が。
そして、カメラを取ろうとする右手が。
親指が、人差し指が、中指が、薬指が、小指が――。
その関節が、手首が、肘から先――。
血管が、肌が、肉が、骨が、その他諸々が――。
――一瞬で、ばらばらになった。
「ッ――!」
咲良は反射的に右手を引っ込めた。しかし、右手はもうなかった。
攻撃を受けた時点で――全てが手遅れだった。
細い指。綺麗な肌。そして優しい温もり。それらは、失われた。一部分だけ。
「さ、咲良!?」
私は咲良に駆け寄る。駆け寄る、といえるほど距離は離れていなかったけども、それでも私は咲良に駆け寄った。
嗚咽をこらえながら、真っ直ぐに目の前の敵を見つめる咲良。私を見てはくれなかった。それでよかった。
「……全身をバラしたつもりだったんだけどな」
目の前にいる敵――見知らぬ男。
体型はかなり太っており、百キロは余裕で超えていそうだった。メガネをかけて、クラスに一人はいる真面目そうな雰囲気を醸し出してはいるが、その様子はまるっきり真反対のような――そんな様子だった。
笑いながら、体はどこか震えていて、汗も尋常でない。そして顔色も悪い。傷を受けたのは咲良なのに、同じぐらい男にもダメージが入っているような、それぐらい男はボロボロだった。
そして――笑っていた。
「ひひひ、ひっ、ひひっ、はっ、はっ、はっ……!」
「……随分な挨拶、だね……」
咲良は明らかに無理をして、男に話しかけた。
苦痛に歪む顔。明らかに悪い顔色。震える体全体。肘の上らへんを残った左手でぐっと強く抑えることで止血している。が、既に出血量が多すぎる。
「……夕夏」
咲良は夕夏の名を呼んだ。
そして、言った。
「逃げて」
四谷入りと申します。
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