プロローグ①「ダンジョン」
ダンジョンという災害――もとい、私達の職場。
私達、ダンジョン探索者の職場。
それが発生すれば、周囲は崩壊する。動物も植物も建造物も関係なく、善いも悪いもどうでもいいもお構いなく、そして容赦なく。
何もかもを壊す、そんな災害。
ダンジョンの中にいるのは、化け物。
ゾンビとか、スケルトンとか、ゴブリンとか、オークとか。
人間が創り出した筈の、二次元にしか存在し得ない筈の人外。
その力は強力であり、普通の人間ならモンスターのパンチ一発で塵になる。肉塊にすらならない。
そんなモンスター達に対抗するため、わたし達に与えられた力――それは『魔力』だった。
その『魔力』を使いこなさなければ、モンスターには勝てない。
だからこそ、ダンジョン探索者がいる。
そして、琴葉と、凜音さんと、桜牙さんと、静凛と、私がいる。
レベル5ダンジョン探索者――国際連合から認められ、定められた、特殊な力を持つダンジョン探索者の最高レベル。
世界に五人しかいない、レベル5の面々。
私達レベル5の仕事は主に一つだけ。
ダンジョンの内部で犯罪を犯した探索者は、その後一生、末代にまで渡りダンジョン探索者の権限と資格を取り上げられる。
そして罰を受けたダンジョン探索者――そして国際連合から認められていないか、定められていないか、存在を知られていない探索者――非公認探索者の、抹殺。
私達の仕事である。
最近は、ダンジョン配信というジャンルが流行っているらしい。
数十年前、突如として出現した『ダンジョン』と呼ばれる災害現象。出現した地域の半径数キロメートルは破壊され、その代わりに地下へと続く謎の建築物が出現する――という、まるでアニメのような現象が、今では当たり前となった。
そんな当たり前となった災害。今となっては、『ダンジョン探索者』という職業が生まれてしまった。
しまった、というと悪いことのように聞こえるかもしれないが、それは確かに悪いことなのかもしれないが、それでも私達はそのダンジョン探索者のおかげで無事に暮らしているといっても過言ではないのだ。
何故なら、ダンジョンの内部にはモンスターと呼ばれる化け物達がいるからだ。
狂暴さと知性を兼ね備えたウルフだったり、骨だけで動くスケルトンだったりと、まさに非現実的な生物なのかも分からないような化け物が、うじゃうじゃといるのがダンジョンなのだ。
そんなダンジョンを探索し、モンスターから周辺住民の身を守るためにモンスター達を討伐する職業――それがダンジョン探索者である。
そんなダンジョン探索者という職業だが、今では高校生でも資格さえ取ればなれるようになっている。
身体能力テストで規定値に達した人間は、仮探索者免許証を発行される。
それから、実際にダンジョンの内部を探索し、そこでモンスターを五体以上五体満足で討伐すれば、ついに探索者だ。探索者の友達は簡単だと言っていたが、殆どの人はその実地試験で落とされる。
一応、ベテランの探索者が付いてきてくれるそうだから、安全だと思うが……しかし、それでも過剰に怖がったりする人は多いらしい。それに、試験はグループで挑むため、揉め事が起きることもしばしば――と友達より。
そして実地試験――そこで、仮探索者達は『魔力』という力を得る。
モンスター達を倒すために必要な『魔術』を使うために、必要なエネルギーだ。
仕組みは分からず、現代科学では説明出来ず、物理学的に成り立たない物質かどうかも怪しいもの――それを、実地試験で得る。
ダンジョンに入って一時間もすれば例外なく魔力が得られるのだが、その魔力の量、質は人それぞれである。魔術は魔力の量と質によって種類系統効果何もかもが変わるもので、しかもそれぞれに『固有魔術』と呼ばれるものがある。
固有魔術というのは、人によって全く違う、その人だけの魔術だ。そして大抵の場合、探索者の実力はその固有魔術によって左右される。勿論、例外は存在する。私の友達なんかがそのタイプだ。
それはそうと。
実地試験を終えれば見事探索者になれるわけだが、ここで話を最初に戻す。
ダンジョン配信者。
探索の様子を動画投稿サイトにリアルタイムで配信し、投げ銭や広告、サブスク等々でお金を稼ぐ人々のことである。ただ、探索者の場合は普通に取り組んだだけでもかなりの高給なので、大抵は遊びでやっていることがほとんどだ。私の友達もそのタイプ。
話は変わる(変わらない)が、私は今日実地試験を受けに行く。
身体能力の数値が規定値に達していたので、仮免許証を発行されたのが昨日のことだった。そして今日は、ついに実地試験。乗り越えればダンジョン探索者の仲間入りだ。
そして今回なんと、その実地試験に私の友達が付いてきてくれるらしい。というか、私とその友達の二人で実地試験に向かうのだ――そして、その様子を配信するのだ。友達は配信者だ。
そしてその友達が、国内で最も多いフォロワーを誇る超有名配信者となれば、そりゃあ緊張もするってもんだろう。
「ふぅ……」
気持ちを整える。瞑っていた目を開くと、自分が居る場所がまだ自宅であることに気付いた。だが、そろそろ来てもいい頃だろう。その友達が迎えに来てくれるというから、私はじっと待っていたのだ。
覚悟を決めるために。
びしっと決めるために。
「ま、だいじょーぶだいじょーぶ……」
自分にそう言い聞かせるが、心なしかテンションが微妙に低い。
……なんでそんな話になったんだっけ?
確かお酒に酔った勢い――な訳なくて(私も友達もまだ高校生だ)、普通に素面の時だったと思うけど……。
「……覚えてないや」
記憶力は悪い方。ではなく、終わったことは記憶から消すタイプなのだ。どういう流れでそうなったとか、そんな過程はどうでもいいことなので。
どうでもいいことなら、興味がない。
その時の私が、それでオーケーだと判断したのだから、私だってオーケーなのだ。
……いや、少し恨むけどね。その時の自分を。
少しして、ピンポン、とインターホンの音が聞こえた。
私は「はーい」と声を少し張り上げて、それから「今行く」と同じぐらいの声量で言う。私は普段、声が大きい方ではないのだ。
玄関に向かい、慌てて鍵を開けてドアを開く。
そこに居たのは、予想通りの人物だった。
「おはよう夕夏。今日は頑張ろうね」
「……うん、おはよう」
七瀬咲良――今日の実地試験を共にするパートナーであり、私の唯一の友達である。ダンジョン探索者であり、またフォロワー二百八十万人を超える超大物の有名配信者でもある。ついでに同じ高校の同級生。
「わがまま言ってごめんね。実地試験の様子を配信しようって人、中々いないと思うから……」
……そうか、思い出した。
私がこの話を受けた理由は、ただ単に――咲良に頼まれたから、だ。
咲良の言う事は、頼み事は、何でも聞くし、何でもする。唯一の友達なんだから、当然だろう。
元々仮探索者のグループで行う筈だった実地試験だが、咲良が上に頼んでくれたおかげで、今回は私と咲良の二人だけで試験を受けられるんだとか。
まぁ、配信に他人を載せる訳にもいかないだろうし。
そんな特例が許されたのは、咲良が有名配信者だったから、というのもあるだろう。しかしそれよりも、咲良が探索者の中でもたったの二十五人しか居ないレベル4の探索者であることが大きく関係している。
探索者にはレベルというものがあり、最大は5で最小は1。1でも一般人を片手で嬲り殺すぐらいのことは出来るだろうが、5はそんな比じゃない。冗談抜きで地球を壊せるレベル――と噂されている。
実際、四人しか居ないレベル5の探索者達は、名前以外の全情報が完全に秘匿されている。身体能力と魔力量と質、そして固有魔術によって判断されるダンジョン庁公式の探索者順位の第一位であるレベル5の一人に関しては、下の名前すら明らかになっていないのだ。
そして咲良はレベル4――探索者順位では、六位――のとんでもない実力を持っている咲良なら、もし何かあったとしても十分に対応できるだろう、と上は判断したわけだ。賢明な判断。
「ちょっと緊張してきたなぁ」
「大丈夫だよ。魔力を得るまでは適当に雑談でもして、魔力を得たら何体か倒せば良いだけだから。まぁ、魔力を使いこなせるようになるには一ヶ月ぐらいは練習しなきゃだけどね……」
一ヶ月。
咲良は、一ヶ月で魔力を使いこなせるようになったらしい。
普通の人なら何ヵ月かかるのだろうか。
「それに、魔力がゴミでも身体能力でどうにかなるから、やっぱり大丈夫だよ」
「それは咲良だけでしょ」
流石に突っ込んだ。
普通の人ならモンスターの攻撃を避けることすら難しいし、身体能力試験で歴代一位の記録を出した人間に言われても。
「私も咲良の配信アーカイブを見て、ちょっとは予習したんだよ」
「そうなんだ。それなら、きっと大丈夫だよ」
大丈夫、大丈夫、大丈夫……言われ過ぎると、本当に大丈夫か不安になってくる。
捻くれているとか、天邪鬼だとか、そういうわけではないのだけども。
「楽しもうよ。実地試験に二度目は無いからね」
「それ余計プレッシャーなんだけど……」
実地試験に落ちた場合、得た魔力を没収されてそのまま探索者業界から追放される。魔力だけ得て探索者にはならない、というのは酷い大罪なのだ。
というより、魔力を得た人間とダンジョン探索者は全く同じものだ。魔力を得なきゃダンジョン探索者とは認められないし、ダンジョン探索者にならなければ魔力を得ることは出来ない。もし隠れて魔力を得たりしたら速攻死刑、幼稚園保育園小学校中学校高校高専大学専門学校営業経理部下部長社長無職配信者漫画家作家関係なく、例外なく。
馬鹿な母親探索者が二歳の赤ちゃんを連れてダンジョンに入った結果、その母親の夫、母親の妹、妹の夫、妹の娘、そして母親の娘、両親諸共虐殺された、という話は有名だ。
そういった処分は、基本的にレベル5の人間が行っているとの噂だが――はっきりいってやりすぎだろう。
全く関係のない身内の命すら奪う。まぁ、そのぐらいの厳しさが一番いいのかもしれない。魔術は、犯罪に使える。とてもよく。
探索者が犯罪を犯せば、即処分。
しかも、何も知らない、何も悪くない、何もしていない大事な家族もご一緒に。
魔力という強力な力が存在するのに、ダンジョンが発生する前と治安があまり変わっていない原因は、そこだろう。
ちなみに、さっきの母親の妹――二人目の子を妊娠していたんだって。
「……ゆーうつだよぉ」
「元気出してよ。夕夏なら簡単に行けるから……」
話を戻すが、魔力というものは一度手に入れたらそれを自身の力で手放すことは出来ないし、手放したらもう二度と戻ってこない。
実地試験に落ちたら魔力を没収される――というのは、とある誰かの『魔力を没収する固有魔術』によるものだ。
とはいっても、没収した魔力を自分の力にすることは不可能らしい。
他人の魔力に干渉出来る固有魔術を保有している人間なんてその人ぐらいしかいないのだから、多分その人はとても忙しいのだろう。その魔術を使える人間がその人だけっていうのは少し心配だが……しかし、彼の両親はご存命だし、結婚もしている。子供も二人いるらしい。家族がいるのに、犯罪を犯そうとするバカな探索者はいない。
「そろそろ出発しても良いんじゃないかな」
咲良の言葉を聞いて時計を見ると、時間は午前の十時三十分。駅まではバスで向かって、新幹線で東京に向かって、そこからバスに乗って……まぁ、十三時までには余裕で間に合う。
そのぐらいの距離だ。
「だね。もういこっか」
「忘れ物とか大丈夫? 夕夏、物忘れ激しいから」
あまり信用はされていなかった。私は「大丈夫」と返した。
鞄は持ってるし、身分証明書と発行された仮の探索者免許証は財布の中に入れてるし、その財布は鞄の中に入れている。ご飯や飲み物は、現地で買えば良いだけだ。薬や念のためのものも鞄につめておいていた。
咲良も鞄に撮影器具を入れている。配信ではあまり使わない自撮り棒が、鞄からかなりはみ出ているので、いつか落っこちそうだった。指摘はしないが、十分に気を付けておこう。安全に、十全に。一切を、大切に。
咲良に何かあるだなんてこと、絶対にあってはならないのだ。
「今日も一日、頑張ろうね」
咲良は眩い笑顔で私の目を見ながら、はっきりとそう言った。
「……うん、がんばる」
私もきちんとそう言った。
四谷入りと申します。
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