第八話『総計していい日』
私は深呼吸を繰り返し、緊張を誤魔化すため話題を最初に戻した。
「師匠。実は私、とんでもない方法を思いついちゃったんです」
「本当にとんでもないことなんだろうね・・・」
「それはですね・・・レヴェナントさんを擬人化させたら絶対!私にとって理想の男性になるはずなんです!」
「うわぁ」
師匠は傘を差したまま天を仰ぎ、引きつった声で私を責めた。
「向こうの気持ちを度外視・・・非人道的で奇想天外・・・シーグリッドには狂科学者の素質があるかもね」
「お願いです師匠!レヴェナントさんに擬人化の魔法をかけてください!それか擬人化になれる薬を私にください!作るのでも可!」
「うううーん。ほら昨日獣人と触れ合ってなきょし、仲良しになってたじゃん!頭領さんもイケメ、格好良かったし。獣人に可能性感じてたりとかは・・・」
「なきょし?あ、いえ何も言ってないですよ?私モフモフは愛玩以上の感情湧かないみたいです」
「また一部を敵に回すような発言して・・・なら条件を出そうかな」
――やっぱり一筋縄ではいかないかー。
師匠は顎に手を当て、とんでもないことを言い放つ。それと同時に近くで爆破音と悲鳴が聞こえた。
「ハース君に名前で呼ばれることと、シーグリッドもハース君のことを名前呼びすること。やっぱり距離を縮めるには名前呼びが一番だよね」
「ええー」
――何で師匠は私とハース様を仲良くさせたがってるんだろ?
疑問をそのまま口に出すと、視界の先に黒い塊が映った。どうやら満身創痍になりながらもここまで来ちゃったみたいだ。
「ってあれ!?」
――師匠いない!?まだ質問の答えもらってないのに!
予兆なく姿を消した師匠に軽く不満を抱きながらも、私は全身に傷を負った冒険者にトドメを刺した。
「あ、そうそう忘れてた。はいこれプレゼント」
「え?」
謎のタイミングで戻って来た師匠は、幹部就任祝いに不思議な形をしたピアスを1個くれた。任務中という点は目を瞑ってありがたく頂戴する。
――お洒落。だけど『SAT』?アルファベット・・・?
「これ、私のイニシャルをあしらってます?」
「うん。モノグラムデザインにしてみました。ある条件を満たさない限り壊れない仕様だから――耳貸して」
「え、えっ私痛いのは嫌ですよ!?」
「大丈夫。そこもちゃんと考えてるから」
有無を言わさず右耳をつままれ、痛みも無くピアスがつけられたことに驚く。メタリックな質感のそれには不思議な魔力が込められていた。
――でも何で片耳だけ?
「それは装備している間『とある魔法』が使用可能になるピアスだよ。使いこなせばシーグリッドの『地雷』を更に活かすことができる・・・と思う」
――思うって・・・。
「私しか外せない仕様になってるから。どうしても要らないなーってなったら言って」
「はい。特にどこが変わったとかないんですけど・・・一体何の能力なんですか?」
師匠から内容と注意事項を聴き、試しに発動する。
――おぉ・・・確かに使いこなせばより安全に任務をこなせる!
「シーグリッドがもっと成長したなーって思ったらもう1つあげる。勿論別のヤツをね」
「ありがとうございます!師匠大好き!」
師匠は現金だな。と笑って今度こそ帰った。リップマン様と合流し、事後処理を済ませてから私も帰還する。
――師匠はレヴェナントさんを擬人化することに対して無理とは言わなかった・・・つまりその気になれば・・・。
私はレヴェナントさん人間バージョンのイメージ図を脳内で思い浮かべ、1人悦に浸るのであった。
●~*
本部に戻ると『屠殺集』頭領のガーフンドさんが来ていた。
「ガーフンドさん!昨日ぶりですね」
「ようシーグリッド!また向こうにも顔出してやってくれ。良かったら今夜飯でもどうだ?」
すっかり『屠殺集』の妹的ポジションに収まった私は、頭領を敬称無しで呼ぶことを許された。これが処世術ってやつか・・・。
「あー今日はちょっと・・・明後日なら1日空いてるんですけど」
「分かった。ソニアにも声かけといてくれないか?」
「了解です」
手を振って別れ、上機嫌の中未決の書類整理を始める。リップマン様の独断専行が良い形に働いたことで予定よりずっと早い時間に帰れそうである。
――任務は今のとこ足を引っ張らずにやれてるし、師匠から素敵アイテムももらえたし・・・順調だなー!
「これも追加でお願いします」
――げ・・・!
フラグを立ててしまったと気づく前に回収され、思わず苦虫を嚙み潰したような顔になる。悪役幹部になってから仕事内容は派手になったものの・・・地味な事務処理の仕事はしっかり後をついてきた。
――そんな好きじゃないのに・・・絶対得意そうなハース様がやった方がいいと思うのに・・・。
心の中で好き勝手言いながら仕事を進めていると――机の横に飲み物が置かれた。
「え・・・レレレレヴェナントさん!?あ・・・お、お疲れ様です!」
『シーグリッド嬢お疲れ様。仕事が辛いようだったらいつでもロジオンに言ってくれ』
「ありがとうございます!あ、飲み物いただきますね」
笑顔で例の紅いお茶を飲むと――場が俄かに喚き立った。私は気にせず半分まで飲み、気を引き締めて仕事に取り掛かる。
『おい・・・アイツあの茶を飲んでピンピンしてるぞ』
『師弟揃って化け物かよ・・・』
「はぁ・・・6番目。話があります」
――え?
仕事を中断し、別室に移動する・・・前に出されたお茶を飲み干した。同じ部屋にいたおじさん連中は驚愕した顔で私を見てたけど、気にせず空になったカップを置く。
会議室に入ると、ハース様が神妙な面持ちで立っていた。後ろにはレヴェナントさんと知らない魔物が控えている。えっこれどういう状況?
「ここは見ての通り会議室で、私と6番目の距離はそこまで遠くありません。貴女はこの状況で私を倒せますか」
「まぁ・・・いや場所が悪いですよ。だってこの部屋何回も入った事ありますもん」
「では入ったことがない場所でならどうですか」
――それは・・・。
思考を巡らせ、ハース様を倒すシミュレーションをして・・・やめた。私は彼と力比べをする気はサラサラないから。
「そもそも戦いたくありません。擦り傷1つ作るのだって嫌なんです。私の魔法に立ち向かいたいなら、私がいないところでやってください」
「・・・」
『ピポピポーン!』
知らない魔物の頭部から〇の記号と音が出た。正解を意味しているんだろうか。
「ライデは真偽判別・・・噓発見器と同じ能力を有しています。業腹ですが・・・6番目の人間性の無さがこれで明らかになりましたね」
「そんな!確かにこの組織にいられるってことは多少の素質はあるかもしれないですけど・・・私はまだマシな方です!」
――失敬な!私はハース様と違って人をゴミ扱いしないし!
「今失礼なことを考えていたでしょう」
「なな考えてませんけど?」
『ブッブー!』
――やべ。
咄嗟に嘘をつくと、魔物・・・ライデさんが×の記号を出した。私は絶対零度の視線からぎこちなく逃れる。
「ハース様が私にビビっているように、私だってハース様の強さにビビってるんですからね!不意打ちで本気で来られたら死んじゃうのはお互い様です」
「しつこさは貴女の方が上でしょう。いくら背中を取ったって止めを刺すまでに手足の1本2本は犠牲にするか・・・最悪相打ちだってあり得ます」
ビビりあるある。リスクを誇張しがち。まああながち間違いでもないんだけど。
「ハース様だって死ぬ間際に相手を呪いそうじゃないですか」
「精通している魔物を今ここに召喚して差し上げましょうか?」
「すいませんでした」