第五話『自覚してしまった日』
目を覚ました時、私は救護室のベットの上で寝かされていた。
「・・・」
ゆっくり起き上がると、師匠が私の隣で添い寝していた。彼女を起こさないようベットから出て傍にあった椅子に座る。
――って何で私が師匠の目覚めを待ってんの?立場逆!
「ん・・・ここは・・・」
「師匠、おはようございます。ここは救護室です・・・って何で私が説明なきゃいけないんですか!」
ナイスノリツッコミ。とよく分からない言葉で返され、師匠は欠伸を一つした。
「ハース君と一緒ならあの任務くらい楽勝だよなーって思って行かせたんだけど・・・まさか建造物を半壊した上、帰る途中で気絶しちゃうとは思わなかった。本当シーグリッドは未来予想の斜め上をいくね」
「う・・・」
「第3陣営と鉢合わせて戦闘した訳じゃないんだよね?」
「はい。報告します・・・」
師匠はベットに座ったまま聞き、淡々と頷く。
「そっか。とにかく怪我がなくてよかった。初任務お疲れ様」
「はい・・・ありがとうございます」
――やっぱり、レヴェナントさんと同じ感じがする・・・。
「どうしたの?やっぱりハース君と何かあった?」
私の様子の変化を目ざとく察知した師匠は、2人きりで安心して話せる場所に連れて行ってくれた。
「・・・ここって師匠の部屋ですか?」
「うん。寝るだけの部屋だよ」
闇組織『世界の悪性』にはちゃんと寮がある。幹部以上は個室があてがわれ、私も昨日引っ越しを終えた。
ベットしかない殺風景な部屋で話すのは嫌だと文句を言い、明かりがあるだけまだマシな私の部屋に移動する。
「幹部の中だとハース君が一番邪慳でね、危険な敵だとみなすラインが凄い低いんだよ」
「ええ凄くよく分かります」
「ハース君がまともに話せるのは組織の中で統帥とアンシュッツ君と私と彼が召喚する子達くらいで・・・私やアンシュッツ君も、ハース君にはもう少し下の者に目を向けて欲しいなーって話してたんだよね」
ダニイル・アンシュッツ様は世界の悪性ナンバー1幹部だ。どうやらハース様は噂以上に厄介で面倒な実力者らしい。
「現ナンバー4のコルビー・マーフィー様やナンバー5のクノ・リップマン様でも駄目なんですか?」
「うーん。マーフィー君のことはレヴェナント君をキモイって言った日から毛嫌いしてるし、リップマン君は根が狂戦士だからコンビを組まされた時も半径2メートル以内に近づかないようにしてるみたい」
――終わってる・・・ハース様に限らず終わってる・・・。あと私もマーフィー様のこと嫌いだわ。
私以外の幹部が並ぶと師匠がまともに見えてくるのが不思議でならない。
「せめてもう1人くらいハース君と仲良しな部下がいたらいいなーって思ってたんだ。シーグリッドどう?」
顔だけで嫌だと表現しようとする私を、とある閃きがストップをかけた。
――レヴェナントさんはハース様が召喚する魔物・・・仲良くしたらもっとレヴェナントさんと会えちゃう!?
「あ、あの、師匠がさっき言ってたレヴェナントさんって、ハース様がよく召喚する魔物さんのことですよね」
「魔物さん?うんまぁ・・・そうだね」
「レヴェナントさんって・・・ちょっとカッコよくないですか?」
「・・・ん?」
「強くて声が良くて優しくて・・・私、レヴェナントさんみたいな方がこ、好みみたいで・・・!」
「え?ごめんもう1回言って?」
こんな気持ちになったことも、誰かに話したことも初めてだった。だってこの15年間、私には同性の友人なんていなかったから。あ、師匠はギリ除外で。
「そのっ、レヴェナントさんのことが気になってるというか・・・さっきから胸が熱くて苦しくて、レヴェナントさんの言葉とか、押し倒された記憶とか、お姫様抱っこされたトキメキが・・・頭から離れないんです」
「・・・」
「これって、この気持ちって・・・『恋』ってやつですよね?」
「そ、そんな・・・まさか」
師匠は絶句していた。無理もない。師匠は子供の私しか見ていなかったんだから。私は今年で16歳――もう立派な女性だ。
「こんな男だらけの組織で食指が動かない理由がようやく分かりました・・・レヴェナントさんこそがまさに!私の中で理想の男性だったんです!」
「い、いやーー。でも、まぁ確かにレヴェナント君は人より人の心を持ってる魔物だけど・・・かなり希少種、というか異端だけど・・・種族違うよ?」
「それがどーしたっていうんですか!」
「な、なんだって!?」
「お貴族様は基本、政略結婚で子を作りますよね?この世界は望まれない婚姻で溢れてるって教えてくれたじゃないですか!家督の為だとか、国交の為だとか・・・妥協と打算で汚れた夫婦ばかりの中、種族が違うだけで本気の恋をすることがそんなに受け入れられませんか!」
「わ、私のいた世界で例えると20代女子がメバルの卵を産みたいって言うようなもん・・・いや駄目じゃないけど。悪い事もないけど。まぁ・・・普通のことではないよね」
「・・・驚きました?」
「うんとっても」
「師匠は・・・反対ですか?私のこの想いに」
正直返ってくる答えが分かった上で敢えて聞いた。師匠は期待通り首を振って否定してくれる。
「身分差の恋じゃない。種族も掠ってすらない。あらゆる意味で・・・相容れない存在かもしれないよ?」
「でも・・・今日のことまだお礼言えてないですし。もっとレヴェナントさんのこと知りたいんです。私これからもこの組織で頑張りますから。師匠が協力してくれたら嬉しいなぁー?」
両手を組み、上目遣いでお願いのポーズを取ると――師匠が愛用している傘が突然開いた。まるで堪えきれず噴き出したかのように。
――あの傘・・・石づきが髑髏の形してるからかな。たまに意思を持ってるようにみえるんだよね。それも性格悪い寄りの。
「そうだね・・・言い方はアレだけど、レヴェナント君はあくまでハース君の所有物だから。シーグリッドの恋にハース君は必要不可欠だよ」
「ですよね・・・」
夕食は高級レストランでのディナーだった。勿論師匠の奢り。
「幹部は基本1人で任務をこなすんだけど、最初は先輩幹部のサポートから始めるんだって。順番に私からローテーションする予定だったんだけどー。勝手に入れ替えちゃったから明日は私とやろうね」
「了解です」
――師匠とか・・・危険はなさそうだけど不安だなー。
「ちなみに、何で私がシーグリッドを世界の悪性に加入させたのかって理由は・・・」
「そんなことはどうでもいいです!早く師匠が知ってるレヴェナントさんの情報を教えてください!ついでにハース様のも!」
師匠が複雑な気持ちで見ているなんて気にも留めず、私の心中は初恋の花が咲き乱れ――文字通り頭お花畑状態なのであった。
●~*
幹部になって2日目の任務は――
「この道一帯に爆破型地雷。普通のでいいよ。歩いた先にある石橋の下には対車両地雷を・・・」
――知らない場所での地雷設置作業だった。それも結構な箇所。
構成員時代は専ら座学と基礎訓練の繰り返し。たまに事前調査員として派遣されたり、幹部が終えた任務の事後処理を行ったりした。
――故意に雪崩を起こしてトンネルを封鎖させたり、荷馬車を大破させたり・・・地味だけど楽でよかったな。
「構成員だった時とやってることそんな変わんないんですけど」
「でもこれが本来の『地雷』の使い方じゃない?」
「まぁそうですけど・・・」
ひたすら歩いて地雷を設置し、最後の地雷には自己破壊機能を設定した。この一連の作業が後にどういった展開を生むのかは知らない。
――見なきゃいい。知らなきゃいい。説明を求めなければ・・・私は地雷を埋めただけ。踏んだのは踏んだ人や物の所為だ。それか命令した師匠に責任がある。
魔法は個性。発揮しては駄目な個性なんてない。『地雷』を封じることは『私の一部』を殺すことと同じだから。