第三十話『唯一の師匠』
――まぁ、師匠の手前折れたって感じするけど・・・。
「2人が喧嘩する程仲良くなってくれて嬉しいよ。これお土産兼お見舞い品。試しにに飲んでみて」
師匠は謎の液体が入った小瓶を私とハース様に手渡し、飲むのを今か今かと待っている。どうやら師匠が会いに来たのは愛弟子ではなく実験台のようだった。
「これは一体なんの薬ですか」
「回復薬。いつもならマーフィー君にお金渡して飲んでもらうんだけど、今回は丁度活きのいい傷病者がいたから」
「臭いが苦いって訴えてるんですけど。他の構成員に押し、譲りたいです」
「多少魔力ある魔導士にも効くかも・・・って内容の薬だから。それに良い薬っての大体苦いもんなんだよ」
とうとうカウントダウンを始めた師匠に絶望し、諦めて瓶の中身を一気に呷る。ハース様も『自分以外にまともな幹部はいないのか・・・』という顔で私の後に続いた。
「うえぇ苦い・・・それに全然完治してないし」
「ゲホッ。いや・・・半分程度といったところでしょうか」
ハース様が左腕に巻かれていた包帯を解くと――綺麗な肌色しか見えなかった。まるで最初から傷なんて無かったかのように。
「うーん。やっぱシーグリッド級の魔力量だとまだ厳しいか。ハース君でも半分・・・まだまだ道のりは遠そうだ」
ハース様は薬のお陰で全治2か月が2週間にまで縮んだらしい。私はただ毒にも薬にもならない苦い液体を飲んだだけ。酷い!
「ごめんごめん。魔界観光に行ってからシーグリッド頑張ってるって聞いたよ。下の人間は勿論、他の幹部達も一目置いてるみたいだし・・・これはご褒美をあげないとね」
「唯一の師匠!愛してます!」
「そっか愛してるか・・・私は哀してるとこだけど」
「え?」
師匠が出入り口に向かって手を伸ばし、傘のハンドルを掴むと――
「・・・ごめん・・・」
――分身が小間(傘の布部分)と親骨に絡めとられていた。
「ゲ・・・!」
「貴女の分身が何故・・・?」
「お見舞いの道中に見つけて、何か変なモノ持ってコソコソしてたから連行。シーグリッド・・・怒らないから正直に話して?」
半泣きで消沈する分身の手には催眠魔水晶が。師匠はそれを取り上げ、私に分身を消すよう命じた。
――師匠が怒らないって言った時は本当に怒らない。未遂の段階でバレたのが不幸中の幸いだった・・・。
けれど、横にいるハース様が激怒しないとは限らない。いや絶対ブチギレ不可避・・・。
「その魔水晶・・・まさか魔原子爆弾ですか!?」
ハース様が誤解する前に話せと急かされ、私は全て吐いてしまうかを悩んだ。
――まだ踏み止まれる・・・誤魔化しが効く。どうしよう・・・。
「そ、その話にハース様いります?」
「いるよ」
私はガックリと項垂れ、ちょっとした奸曲を説明する羽目になった。
「使う前に発覚してよかった。流石の私も怒ってたかも」
「すみませんでした」
「貴女が深手を負った状態で向かう先は、催眠魔水晶の隠し場所だったと」
「はい」
「私とソニア嬢を意のままに操る為に・・・?」
ハース様の声が地を這い、こめかみがピクピク動く。心配して損でしたか誠に申し訳ございません。
「魔が差しました!だって師匠がハース様に名前呼び=認めてもらったらレヴェナントさんを擬人化させてくれるってぇぇぇ!でも名前呼びどころか仲間とすら思われてないし!頑張っても頑張ってもハース様はビビりで偏屈で意固地のままだし・・・」
「ハース君抑えて。シーグリッドは吐露しすぎ。それが正しくても本人には言っちゃ駄目な時だってあるんだよ」
結局、催眠魔水晶は没収。私とハース様は師匠監視の下、ベッドの上で書類仕事を行った。
「スヤァ・・・」
――全然監視してない・・・でも五月蠅くして起こしたら終わる!
師匠は寝起きが頗る悪い。緊急事態の時でも無理矢理起こした暁には・・・いや止めておこう。これは常識なので、ハース様も大人しくしていた。
こうして2週間後。ほぼ完治した私達は――
「6番目とはいえ我が組織の幹部です。秒殺した後、手厚く葬ってあげましょう」
「生の執着なら負けません!殺す気はないですけど・・・御身を大切にしてくださいね!」
――眦を決して立ち向かっていた。
1時間前。私は出勤早々師匠に捕まり、とある高原に連れてこられた。そこには何故かハース様と召喚済のレヴェナントさんも。ちょっ待って聞いてない!
「この面子に誰の邪魔も入らないフィールド。今から何するか分かる?察した?」
「はい!」
元気よく手を上げ、レヴェナントさんにいい格好を見せることだけを考える。
「ハース様をボコボコにして皆に強くなったねって言ってもらう!」
「うーん不正解」
「・・・はい」
殺気立ったハース様は私をギロッと睨みつけて一言。
「今から調子に乗りすぎた部下の性根を叩き潰すんでしょう?ここの地面は柔らかいので簡単に埋められますね」
「潰したら矯正できなくない?レヴェナント君はどう?」
『まさか・・・俺を形態変化させる気じゃ』「はい大正解!準備が整ったからやってみようかなって」
師匠はレヴェナントさんが言い終わる前に手を叩き、とんでもない正解を発表した。私とハース様は血相を変えて師匠に詰め寄る。
「この世界でレヴェナントを形態変化させることが可能なのですか!?一体どうやって!?」
「ついに擬人化するんですか!?でもまだ師匠が課した目標を達成できてない・・・」
「達成してるよ」
「え?」
「彼、私と話す時はシーグリッドのこと普通に名前で呼んでるよ」
ハース様を見ると、彼は軽く舌打ちしてお前は苗字も名前も長い。6番目の方が呼びやすい。とかなんとかほざいていた。
――あ、ふーん?じゃ、じゃあ私も・・・。
「ロ・・・」
不思議とその先が出ない。思わず固まり、私は心の中で彼の名前を繰り返し唱える。
――ロジオン様、ロジオン様・・・うん。呼べる呼べる。実は男の人を名前で呼んだことなかったけど・・・それは今関係ない。うん。
「――で、要となるのがレヴェナント君自身なんだ。ハース君とシーグリッド。どちらも傷つけたくないと願う想いが、君を適した形態に変化させる」
私が悩んでいる間、師匠はレヴェナントさんを魔方陣の上に立たせて原理を説明していた。聞いてもよく分からないので暫く自問自答していよう。
――終わりだけ聞いてればいいや。って思ってたのが間違いだった・・・。
こうして冒頭に至る。どうやら、私とハース様が本気で死合えばレヴェナントさんが勝手に擬人化してくれるらしい。
「師匠の方がよっぽど術者であるロ、ハース様を瀕死にできるんじゃ?」
「私はレヴェナント君が形態変化するまで戦いを邪魔させない役があるから」
それに。と師匠は仮面越しに笑う。
「ハース君とレヴェナント君は味方だから知らないんだよ。『悪魔の起爆装置』がいかに恐怖なのか――大丈夫。私が居るから、この土地にクレーターが沢山できても、ハース君が木っ端微塵になってもすぐ戻してあげる」
「・・・!!」
瞬間、ロジオン様とレヴェナントさんから強烈な緊張を感じた。魔法の性質上、私は中々『本気』を出せない。というかどこまでが本気なのか分からない。
――『ドォォォォン!』
景気づけに一発、威力水準『滅亡』の地雷を起爆する。10キロ先で埋まっていた地雷の威力はこの高原にまで及んだ。
「いや、戻すとは言ったけど・・・文明が終わるレベルの爆発を起こしていいとは言ってない・・・」
師匠のぼやきは爆風で掻き消え、私とロジオン様は本気の模擬戦闘を始めた。




