第二十五話『替えの効く6番目』
ダニイル・アンシュッツ様から情熱的指導を受け、私は次の日から心を入れ替えることにした。
――まずは半年・・・いや1年か。『世界の悪性』第6幹部シーグリッド・トゥルースの名を組織に定着させる!
意識を恋から仕事に切り替えると、盲目だった部分に気づくことがあった。構成員の間で私がいつまで幹部の椅子に座れるかを賭けてるという噂やシンプル悪口、また何人で挑めば下剋上が成功するのかという噂を耳にて落ち込む。その日初めてハース様が同僚にビビる気持ちがちょっとだけ分かった。
――確かに私はまだまだ経験が足りてないし若いし、地頭もそんなによくないし若いし・・・腕っぷしだけで成り上がっただけじゃ納得できないって思う人もいて当然だよね。
師匠の修行で、自分に不利な状況で戦う術や『地雷』に頼りすぎないという心構えを学んだ。私だって好きに地雷を爆発させたい訳じゃないし、地雷は踏まない踏ませない。がいいに決まってる。
なので任務の内容によっては、あえて『地雷』を使わず自作の閃光弾や催涙弾でこなした。分身で手数を増やし、構成員時代の訓練を元に体術や暗殺術を実地で磨く。
『地雷』を使う所では惜しみなく埋設した。それでも敵味方に手数を知られないよう注意することも忘れない。怪我した日も甘えずに報告書を作成した。偉い。
「・・・6番目。今日は非番の筈では?何か緊急の任務ですか?」
振り向くと、怪訝な表情のハース様に見つかってしまった。私はややバツが悪そうに俯く。
「いえ。特に何もすることがないので・・・なら仕事しようなかって思っただけです」
「これは・・・ダニイルが担当する予定の任務ですよね?何故貴女が?」
「もらったんです」
「は?」
「仕事ないか聞いたらくれました。もっともっと沢山の成果をあげて・・・認められたいんです。『世界の悪性』の幹部の椅子に座ってしまったからには・・・頑張らなくちゃ駄目なんです」
「だからと言って――」
「でないといつまで経っても替えの効く『6番目』のままじゃないですか!」
最弱幹部、お荷物幹部・・・そんなレッテルを貼られる訳にはいかない。レヴェナントさんを擬人化させるために必要なことをやっているだけだ。
「・・・失礼します」
――大丈夫。まだやれる。頑張れる。
下っ端が受ける雑用や洗礼、妬み嫉みにも不言を貫き、私は3か月の間『レヴェナントさんに片思いする私』を封印することにした。そして更に半月が過ぎた日、まさかのレヴェナントさんと遭遇する。
『シーグリッド嬢。最近凄い頑張っているみたいだが・・・ちゃんと休めてるか?』
「はい大丈夫です」
『休日もダニイル坊に振られた任務に行ってるって聞いたぞ?ロジオンが注意しても、今度は分身が任務を引き受け始めたそうじゃないか。ソニア嬢はシーグリッド嬢を任務漬けにする為にあの魔道具をあげたんじゃない。いくら魔力を消費しないからって自分をこき使うのは・・・』
「分かりました。ご指導ありがとうございます。以後気を付けま・・・」
ハース様と同じ態度で終わらせようとすると――数多の瞳に私の虚ろな表情が映った。
『どうか最後まで聞いてくれ。デイズペアの言うことなんて耳に入らないだろうが・・・』
「い、いえ!そんなことは・・・すみません。でも、頑張ることは悪い事じゃないですよね?今の私にはこうするしかないんです!ま、真面目にやる私は駄目なんですか・・・?」
『真面目に頑張っているシーグリッド嬢は偉い。ソニア嬢やロジオンだって誇らしく思うだろう。けどな、俺は心配してるんだよ。もっと自分を大切にしてほしい』
「・・・」
『俺は心を潰してまで任務に励んでほしいとは思わない。このままだとシーグリッド嬢が壊れてしまうんじゃないかと・・・そう考えるだけで辛くなるんだ』
真摯な本音が脳髄に刷り込まれる。私はレヴェナントさんを擬人化させる為の努力を惜しまないつもりだった。ハース様に名前を呼んでもらって、師匠に擬人化の魔法をかけてもらって・・・やっと私の恋が本格的に始まる。
――恋の為なら、レヴェナントさんの為ならこれくらい苦でもない・・・だから頑張ってこれたのに。
『いつもロジオンと顔を合わせる度に余計な一言で噛みついてきただろう。それすらないから心配してるんだ。体調じゃなくて、シーグリッド嬢の精神を』
まただ。と無意識に歯を食いしめる。レヴェナントさんに話しかけられる度、熱い眼差しに囚われる度――柔らかな温もりに包まれたような気分になってしまう。
――だってレヴェナントさんは私に嘘をつかない・・・師匠と同じだ。台詞に誇張は一切なくて、きっと心から思っていることを伝えてくれる。
「・・・」
『!?あ、いや、すまん。泣かせるつもりは・・・』
一度零れた感情を途中で止めることは不可能だった。拭っても拭っても悲しみの象徴はとどまることを知らず、レヴェナントさんを余計困らせるだけ。
――だったら・・・とことん困らせてみようかな。
「アンシュッツ様が言ってたんです。は、ハース様が私のこと名前で呼ばないのは愛着が湧かないようにする為だって・・・。どうせすぐ消えると思ってるから、っ見下してるから・・・分かりますよ!?私だって構成員時代、いついなくなるか分からない同僚と親睦を深めるなんて無駄だって思ってましたし。悲しい思いをするくらいなら最初から突き放した方がいいって気持ちは・・・分かります。だから責められないんです」
『・・・それは』
「だから少なくとも1年・・・いやもっとなのかな。頑張らなくちゃいけないんです。必要とされない居場所なんかで生きたくない!」
感情に任せて語気を強めると視界が黒一色に染まる。耳元で美声を囁かれたことで、レヴェナントさんに抱擁されていることを理解した。
――あわぁうわぁぁっ!?
脳内で擬人化したレヴェナントさんに変換され、余計頬に熱が集まってしまう。
『・・・シーグリッド嬢がそこまでロジオンに執着する理由はなんなんだ?』
「は、え、だってハース様に名前で呼んでもらわないと・・・」
『ないと・・・何だ?』
「・・・っ!」
――耳!近い!いい匂いする!声!耳ぃ!腰にクる!!
『その先を教えてくれ・・・シーグリッド嬢』
「はううっ・・・えっち、えっと、ハース様に名前を呼んでもらわないと、師匠がレヴェナントさんを擬人化させてくれないんですーー!」
「・・・成程。そういうことでしたか」
あっさり自白した私とレヴェナントさんの間に手が差し込まれ、ベリッと引き剥がされる。アツアツな抱擁シーンを邪魔してくるような無粋魔導士はこの世に1人しかいない。
「ハ、ハース様・・・」
どこまでいやどこから立ち聞きしていたんですかと聞く前に、ハース様は鋭い舌打ちをした。怖い。
「レヴェナントを擬人化させる条件として、私がシーグリッド嬢を幹部の一員として認めることをソニア嬢が条件付けた・・・そうですね?」
「ぅ・・・はい」
――すっごい怒ってる・・・。
『何故そうまでして俺を人型形態に・・・?』
「そんなの決まっているでしょう」
「な」
――なにぃ!?まさかハース様に好きバレした!?
ハース様を黙らせるか逡巡した隙をつき、彼は私に向かってステッキを突きつけた。
「レヴェナントを擬人化させたい理由は――」
「待っ・・・」
「――レヴェナントを弱体化させて・・・この私を撃破する魂胆だったんでしょう!」
「ぇ」
思考停止しかけた意識を無理くり戻してシャウトする。
「な、なんでそうなるんですかーー!?」




