第二十四話『幹部の自覚を持て』
私は自分で作った瓦礫の道を彷徨していた。瀕死だった建物を更地にするだけの簡単な任務。空気が淀み、異臭がする地域でも・・・空を見上げれば綺麗な碧霄が広がっていた。
「魔界の空とは大違い――」
退廃した心が浄化していくような気分になれた。しかしそれも無常な銃声音で吹き飛ばされる。私は数分前まで図書室だった場所を後にして仲間の元に戻った。
「うぃーお疲れぇ。こっちも終わったから帰ろう。悪いけどこれ持ってって」
「はい」
今回の任務はナンバー1幹部であるアンシュッツ様と行った。事の発端は『世界の悪性』の傘下組合で起こった。組合の金をとある詐欺グループが根こそぎ騙し取ってしまい、ナンバー5幹部のリップマン様が粛清と報復に向かった。傘下の意地で詐欺グループを追いつめたものの、肝心の金は全てどこかへ渡った後だった。リップマン様が血反吐を吐く勢いで調べさせた結果、詐欺グループの生家である孤児院に寄付されたことが判明。私とアンシュッツ様は望み薄の回収とけじめをつけに赴いたのであった。
私達は舐められたままでいられることを許さない。面子を潰した詐欺師にはそれ相応の報いを受けてもらうのが道理。それはもう徹底的に。後悔しても遅いけど、心の底から愚かな行為を恥じるように折檻するのが闇組織『世界の悪性』のやり方だ。
「――結局戻って来た金は微々たるものでしたね」
「しゃーない。元養護施設児が義賊紛いのことしてるって気づいてても・・・まぁ金は金だ。困窮する者達にとっては出所なんてどうでもいい。俺は別に、悪側から掠め取って得た金を賑恤金として分け与えるって目的に批判的ではないけどなぁ・・・」
「相手が悪かったってことですか?」
「うん。『世界の悪性』に目を付けたのが運のツキだったな。馬鹿なことしなけりゃ孤児院と36人の未来が潰えることなかったのに。土産付きの報告を聞いた詐欺師共の顔を見るのが楽しみだなァ・・・」
あくどい笑みを見るたびに思う。最初にアンシュッツ様を見た時、真反対な印象を抱いた自分が恥ずかしくなるのでやめて欲しいと。
――でも当人の前ではそんな感情おくびにも出さないんだろうなぁ・・・。
アンシュッツ様はクズで下衆だが、ナンバー4のマーフィー様とは違う種のカスだ。マーフィー様が堂々と豪快に詰るのに対して、アンシュッツ様は人好きする笑みを絶やさず綺麗ごとで誤魔化すタイプだ。最後まで善人の皮を被ったままなんて流石ナンバー1。性根の腐敗度が違う。
「敗北者が絶望で歪んだ表情を見ると、退廃した心が浄化されていくような気になるよな」
「そうですねー」
分からなさすぎてついつい返事が適当になってしまう。そんな私に気分を害することなくアンシュッツ様は会話を続けた。
「最近ロジオンとはどう?ソニアと年近いから話しやすいとか・・・はなさそうだな。マジかよ」
「すみません。でも仲良くする気はあります!確かアンシュッツ様ってハース様と同僚歴長いんですよね?何かアドバイスあったら教えてください」
一回り年下の女の子に頼られると嬉しくなる。この上司あるあるはアンシュッツ様も該当するようだった。彼は得意げな表情でハース様との同志アピールを始める。
「ふっ、確かに?俺とロジオンはお互い物心ついた時からこの組織にいるからな。アイツああ見えて素直でカワイイとこもあるんだよ。失くしたくねぇな・・・あの純粋さを」
「素直?純粋・・・?」
――駄目だ当て嵌まらなすぎる。まさか違う人の話してる?
「いやロジオンの話だよ。あーまだ分かんない?シーグリッドも大概顔に出るな。つまりアイツのことを一番よく分かってんのは俺。ってことか」
「こ、これから親睦を深めてやりますよ!ちゃんと名前で呼んでもらえるように・・・頑張って媚びて好感度上げていきます」
「おー頑張れ。って若者の背を押してやりたいけどな・・・それは今の立場を放擲してまで優先することか?」
急に声が低くなり、空気が尖ったのを肌で感じる。私は怯えながらも正解に寄った回答を出そうとした。
「い、いえ。幹部の仕事が最優先です・・・その、まだハース様とだけあまり仲良くなれてないんで。今後一緒に任務する時支障が無いようにしたくて・・・」
「研修期間は今日で終わり。明日からシーグリッドには単独任務についてもらう。つまり、無傷で帰れる確率がガクッと減るってことだ。ロジオンと仲良くなることなんて考えてる暇ある?」
「ない。です」
一理ありすぎる指導に肩が落ちる。そんな目に見えて萎んだ私を見て、アンシュッツ様は雰囲気を和らげることなく淡々と続ける。
「もっとしっかりしないと駄目だろ?幹部に上がってまでシーグリッドが成し遂げたいことは何だ。ちゃんと幹部の自覚を持て」
「はい」
「それにな・・・幹部の中で一番繊細で優しいヤツって誰だと思う?」
――師匠かな。
真っ先に思い浮かんだ人物を述べると、アンシュッツ様は笑ってハース様だと答えた。いや分からないって!
「優しい・・・ですか?あの人」
「厳しいのはその裏返しだって。ロジオンは誰よりも仲間を大切にするヤツだから。頑なに名前じゃなくて番号で呼ぶのも、お前がいつ消えても心が痛まないようにしているだけ。下は入れ替わりが激しいからなー」
「・・・そう、だったんですか?」
「うん。あ、文句あるなら自分の意識に問えよ?ロジオンや俺・・・つーか上の連中にそう思われたくないなら・・・分かるよな?」
「・・・」
という記憶を、任務帰りの『私』と共有してため息を吐く。
師匠からもらったピアスは『分身魔法』が使える魔道具だった。私そのものの分身は3体まで出せることができ、痛烈ダメージを負えば消滅する。
――分身も魔界に行きたいって我儘言いだすと思ったけど・・・心の中に『任務もちゃんと行かなきゃ。アンシュッツ様と一緒の日だから余計に』って本音があったから、分身もそれに則って動いたのかな。多分。
分身は命令するまで『もう1人の私』として動き、額を合わせるか消滅した時にそれまでの記憶が本体の私に共有される。これまで何回かこっそり使ったけど、今のところ便利な『もう1人の私』として活用できていた。
自室の風呂に湯を張り、そっと濡れた手でピアスに触れる。
「魔力も消費しないし・・・使いこなせば本当に便利な魔法だなぁ」
本体が魔界観光している間、分身の私はちゃんと任務に励んでいた。アンシュッツ様に気づかれたら師匠の名前を出して逃げるつもりだったけど、最後の最後まで暴かれることはなかった。気づいていなかったのか、師匠から聞いてて特に何とも思わなかったのか・・・考えても分かんないのでしょうがない。
――しっかりしろ。か・・・。幹部になって師匠に会うって目標が達成された今、確かに『幹部の仕事に慣れる』って上司ウケしない目標しかない訳だけど・・・。
分身の私同様、アンシュッツ様の指摘を受けても全く痛痒を感じなかった。
――図星を突かれた筈なのに・・・。
きっと心のどこかでは分かっていて、だからあっさり馴染んだんだと思う。
「・・・よし」
――それでもアンシュッツ様のお陰で1つ分かった。ハース様は幹部の中で最弱の私のことなんて虫ケラ以下だと思ってる。
「虫ケラの名前なんて呼ぶ価値もないってかぁ・・・?そっちがその気ならこっちだって・・・!やってやる!!」
憎悪の火花が散り、地雷に着火する前に息を吹いて消す。勢いよく湯船から上がり、熱いシャワーを浴びて――明日に備えた。




