第二十二話『激情クライマックス』
お姉ちゃんは魔力を封じられているというのに、呪いの椅子に腰かけているとは思えない程余裕そうだった。
「樊籠の身であるというのにまだそんな顔でいられるんですか」
「あーロジオンって召喚術士ぃ?あ、さっき言ってたっけ?忘れちゃってゃー」
――こちらが必要以上に危害を加えるつもりが無いことが分かっているからなのか、いつでも私を抱き込めると踏んでいるのか・・・どうなんだろ。
「ハース君ありがとう。上司の手を借りてしまうなんて・・・とんだ醜態だよ」
師匠はお姉ちゃんが行動不能になったのを確認してから地面に降り立つ。その様子を見て私とハース様は同じ疑問を抱いた。
「別に構いませんが・・・珍しいですね。いつもなら全て自分でやる貴女が――」
『バキィン!』
「っ!!」
お姉ちゃんは師匠が射程圏内に入ったと同時に拘束具を破壊し、躊躇なく殴りかかろうとした。師匠は寸でのところで躱し、再び傘で上昇する。これをただ見上げているだけの姉ではなかった。
「ああああ魔族因子も封じているのに何その身体能力!?」
お姉ちゃんが跳躍して足を掴もうとしたが、それも師匠は避ける。苛立った舌打ちが聞こえたと思いきや――お姉ちゃんは私に標準を合わせた。
「お姉ちゃんストップ!それ以上近づくと爆発させるからね!」
「えぇー?アーミィ何もしてなぁい」
「どーせ私を人質にとって師匠に魔法解いてもらおうとしたんでしょ!?私は『地雷』使えるからね!」
侮っていた。お姉ちゃんは魔法が使えなくても十分化け物だった。互いの距離に強力な地雷を設置しても、幼い頃から並外れていた身体能力で躱しきってしまうんじゃないかという恐怖が拭えない。
――って思ってることもお姉ちゃんはお見通しだよね・・・。
「アハハ!虚勢張っちゃってカワイイ!成長したシーリィの魔法を堪能したい気持ちもあるけどぉ、まずはアーミィの魔法を使えなくしたゴミ虫の駆除からね」
言葉を切り、お姉ちゃんはキメ顔で師匠を指さす。
「避けるので精一杯ってことわぁ、アンタ弱いんでしょ。魔法は強いけど体は雑魚ってコト?逃げてばっかで情けなーいっ!」
「悔しいけどその通りだ・・・『最初の行き止まり』の効果は解除しない限り永続的なんだけど、その間使用者の体力と防御力が蟻並みになっちゃうんだよね」
「弱っ!」
元から女性らしい体格の師匠は、魔法の効果によって弱体化していると暴露した。私よりヒョロヒョロしてる日陰者なのに・・・。
「ねねシーリィ。今ならアンタの師匠に一泡吹かせられるんじゃない?」
「え」
「えーとロジオン?もあの雑魚にお灸を据えちゃいなよっ!あんな奴が部下なんて怖いでしょ?過去に一度も痛い目見せたことないならぁ・・・今しちゃえ?やっちゃえ?」
「・・・成程」
お姉ちゃんは人のツボを突くのが非常に上手い。私とハース様はあっさり唆され、隙間に隠れていた欲に付け込まれてしまった。
「い、今なら師匠を参ったって言わせられる・・・?」
「私の内に燻っている排悶を失くす時が来ましたか・・・」
「えっ待ってシーグリッド?ハース君?君らチョロ過ぎない?そんな鬱憤溜まってたの?言ってくれたら二度とそんな気が起きないくらいの力で叩き潰すのに!」
『ソニア嬢・・・俺は人情について勉強中だが、多分そういうところだと思うぞ』
虚仮威しの地雷だって師匠には致命傷となり得る。こんな機会はもう二度と訪れないかもしれない。私とハース様は師匠をぎゃふんと言わせたい一心で――攻撃魔法を展開した。
「跳ね上げ方地雷『アザトースの譴責』――」
「『蝙蝠の翼撃』――」
「・・・魔王もシーグリッドもハース君も、後で比喩無しにぶっ飛ばしてあげよ」
『それは参った。何でもするから我だけは見逃してくれ』
体の芯から怯臆したと思いきや、突然私とハース様とお姉ちゃんの口から花が零れた。
「うあっ!?」
「っ、体から蔓が生えて・・・!?」
「アーミィまでぇ?ちょっとヘルゼビオー!どういうつもりぃ!?」
『落ち着いて呼吸し、下手に動かないことを推奨する。我の凌霄花は生気を蝕むからな。ソニアよ・・・来るのっ、遅れっ、ちょ、ちょい待て、我の謝罪聞いて!?神聖なる杖でポコポコ殴らないで!?』
「痛くないからいいじゃん。良かったね魔王ヘルゼビオ君・・・今の私が無力に近くて」
師匠は据わった目で魔王様を杖で殴り、レヴェナントさんは私達の身を案じつつ跪いていた。彼から漂う緊張感が電波し、ゴクリと唾を呑む。
――恐縮するのも分かるけど・・・師匠の所為で威厳崩れてない?大丈夫?
暴悍な見た目である魔王様に畏怖したのは最初がピークだった。むしろ今は、魔王がひたすら首を垂れている相手――師匠に恐怖を感じてしまう。私もしかして世界最強に盾突こうとした?
「じゃ、軌道修正はお願いね。アラクシュミィの所為でとんだ目に遭った・・・」
師匠と魔王が魔法を解除したことでやっとまともに息を吐けた。レヴェナントさんは同じ体勢のまま固まってるけど。
「レヴェナント。もう楽にしていいのでは?この状況で不敬もあったものではないでしょう」
『許可が下りていない。あのお方は2人の立場で例えると統帥みたいな存在なんだぞ』
「・・・」
私達は顔を見合わせ、身が竦むような思いのまま片膝をついた。そしてお姉ちゃんと魔王の劇場が幕を上げる。
「アーミィばっかりヘルゼビオのことが好きで辛い・・・!ごめんね、分かってる。無理矢理襲ってなし崩し的にしちゃったのが悪いってちゃんと分かってるんだけど・・・!本当にっ、うぅ・・・愛してるの!!」
『――我も愛している!!』
魔王は力強く叫び、禍々しい怒気ごと強く抱きしめた。
『我はもう其方を・・・アーミィを手放せない体になってしまった。脆い人族にここまで心を掻き乱される己を信じられなくてな・・・怖かったのだ。だがもう迷わん。アーミィを生涯愛し尽くすと誓う。どうか愚かな我を許してはくれまいか!』
「ヘ、ヘルゼビオ・・・本当に私を・・・?」
『早く城に帰ろう。アーミィが我の愛を疑うことが無いよう、この身に刻み込まなくては・・・あぁ勿論、我にも証を残してくれ。共に満たし合おう』
「うん!いっぱい教えて・・・?」
むせかえるくらいに甘めな愛が充満し、誓いのキスで幕が下りる。濃厚なキスシーンが始まり、咄嗟に師匠とレヴェナントさんが私とハース様の目を塞いだ。
「は、ちゅっ。んっ、ん・・・ちゅっ」
『ん・・・じゅるっ。ふ・・・』
――ああああああ。耳!耳も塞いで!自分の手?ちょっとまだ痺れてて動けない!
漏れ出る擬音と嬌声の生々しさに顔が火照る。そして数分後。視界が開くとハース様も顔に熱が集まっていた。居心地悪そうにしている師匠とレヴェナントさんが、2人の世界に入り込んでいる夫婦を見て溜息を吐く。
「犬も食わないって言うしね。そっとしておこうか・・・ちょっとだけね」
『何百年もの間独り身を貫いてきた魔王が、まさか人族を正妃にするなんてな・・・前代未聞だぞ。色んな意味で常識が覆ってしまうな』
「・・・彼の魔王は意外とアラクシュミィ嬢に耽溺していたようですね」
「お姉ちゃん・・・いいなぁ」
――私もあんな風に愛されたいな・・・。
熱のこもった瞳でレヴェナントさんを盗み見る。そんな私を――
「・・・」
――目撃したハース様がどんな風に思ったのか。それを知るのは・・・もう少し先の話。




