第二十話『邂逅ロードマップ』
薄く目を開くと、私は鮮やかな花畑の中にいた。戸惑いながら起き上がり、辺りを見渡す。どうやらここは妄想の世界ではなく魔界のようだった。
『――目が覚めたか。体調はどうだ?』
「はうっ・・・」
「ソニア嬢共々、随分寝るのがお好きなようですね。あの師匠にしてこの弟子ありか・・・」
レヴェナントさんの声で心臓麻痺しかけた体をハース様の嫌味が救う。気をしっかり持って報告を求めると、私が魅力的な腕の中で卒倒してから数分しか経っていないそう。体感一生分だったのに・・・。
『ロジオンから訳は聞いた。次魔界に来る時があればすぐ俺を呼んでくれ』
「はぁ。えへ。はぁい」
――ままっマズイ!表情筋が崩れる!このままだと正気を問われちゃう!
緩む頬を力いっぱいつねって荒ぶる心を平常に戻そうとしていると、褐色の手がそっと重ねられた。心臓が口から出たのは言うまでもない。
『もう大丈夫だ。俺がついたからにはシーグリッド嬢を危険な目に遭わせたりしない。安心してこの魔界を楽しんでくれ』
「・・・っっ!!」
魂と絶叫が出そうになる前に唇を噛み、何度も首を縦に振る。どうにか衝動を抑え、レヴェナントさんの姿形について言及した。
『ロジオンにも初めて話すことだな。実は俺だけでなく、異形種族・・・現世界で言うデイザスターか。俺達には主に2から4種類の形態を持っている。現世界にいる時は基本形態だが、魔界にいる時はそれに加えて人型形態と最終形態と亜種形態に形態変化できるんだ』
「ほえー便利ですねぇ」
「レヴェナントはいくつ形態変化できるんですか?」
『全部だ。個体差によって解放できる形態の数が違うみたいだな。俺も全ての同種について詳しい訳じゃないが・・・さっきロジオンが仲間にした大河の主は基本形態と最終形態の2つしか変化できないと思う。それ以外になっているところを見たことが無いから。詳しいことは直接向こうに聞いてくれ』
説明を受ければ受ける程、私とハース様の疑問は増え続けていた。
「現世界でレヴェナントが最終形態になる方法は・・・」
「現世界でレヴェナントさんが擬人化するには・・・」
『はは。2人共分かりやすいな。今の時点で分かっていることは、現世界で形態変化しようとしても出来ないということだけだ。仮に命令されても無理なんじゃないか?そもそも現世界で形態変化したいと思うくらい、俺とロジオンが苦境に立たされたことがないからな』
「なら万事休すの状況下になったらワンチャンスありそうですか?」
『うーん・・・俺の心持ち次第かもしれない。最終形態と亜種形態はなると疲れるからあまり好きじゃないんだ』
眉を下げて微笑むレヴェナントさんは誰がどう見ても人にしか見えなかった。魔力の質を読むのに長けた魔導士なら気づくかもしれないけど・・・心の中にいる私が舌なめずりをする。
彼の新事実を聞いて新たな方向性が定まった。これから師匠に願うべきことは――『レヴェナントさんが現世界にいる時は常に人型形態になるようにして!』だ!
――わざわざ擬人化の魔法をかけるか薬や呪いを盛る手間が省けた・・・元からなれるんだったら話が早い!
興奮を隠してハース様とロジオン様の会話に相槌を打つと、流れで城下町を観光することになった。なにそれ楽しそうじゃん!
「城下町ってことはお城があるんですか?魔王城?」
『あぁ。大きいから少し歩けばすぐ見えるぞ』
「おいそれと魔族や魔物が集う場所に足を踏み入れてもいいんですか?魔界で人肉は需要が高いと聞きましたが・・・」
「え」
『その点については大丈夫だ。俺も真っ先に心配したが、2人に会ってから確信したよ』
ピシッと固まった私を大きな手が優しく撫でる。余計大丈夫じゃなくなったんですが!?心が!
『ソニア嬢の仕業だな。ロジオンとシーグリッド嬢は魔王の加護を受けている。この魔界に滞在することを魔王が許可しているんだ。そんな者に危害を与える奴は馬鹿しかいないだろう』
――成程。つまり水妖と巨大魔魚はアホだったってことか・・・。
「やはりソニア嬢は魔王と繋がりが・・・ということは彼女の用事というのはまさか・・・」
ハース様は師匠がどうやって私達に魔王の加護を受けるようにしたのかをしきりに気にしていた。別に最低限の安全が保障されてることが分かればそれでいいじゃん。
「そもそも、何故私達が魔王の加護を受けられるのか・・・レヴェナントは知っているんじゃありませんか?ソニア嬢が一体何者なのか」
『・・・俺は事実しか話せない。ソニア嬢が魔界と現世界を自由に行き来できるのは魔王が認めた魔導士だからだ。そして彼女はお前達がいる現世界が壊れないよう尽力している。ロジオンが怯える必要はないんだよ』
「そーですそーです!師匠は優しくて良い人じゃないですか。そんなビビってないでもっと楽に考えましょうよ!」
「ほう。誰がビビっていると・・・?」
「あわわわあっアレ!あれが城ですか!?」
レヴェナントさんの背に隠れて一生懸命に指を差す。木々の隙間から黒煉瓦の城が顔を出していた。
『――ドォォォン!』
「!?」
進行方向から爆発音が聞こえ、私達はひたすらに森を駆け抜ける。魔王城から爆風が遍く広がり、濛々たる砂埃が巻き上げていた。城の一部が破壊され、残礎が露出している全貌を前に――レヴェナントさんの体は小刻みに震えていた。
『馬鹿な・・・魔王城に一体何が!?』
「あそこに誰かいます!あれは・・・ソニア嬢!?」
「えっ師匠!?」
背伸びして目を凝らすと、師匠が愛用の傘を開いて空を飛んでいた。まだ私達には気づいていない。
「おーーい師匠ーー!なにしてんですかぁー!」
「レヴェナント。中にいる魔王が心配です。今すぐソニア嬢が空けた穴から城に入りましょう!」
――えっこの人どさくさに紛れて潜入しようとしてる!?
『こういう時だけ図太いな!魔王はそう簡単に謁見できるもんじゃないんだぞ!それにこの世界にだって秩序と礼儀がある。いくら非常事態とは言え、それが建前になる訳ないだろう』
ズルい私も行きたいと言おうとした言葉を呑み込み、飛び火しないよう気配を消した。
「・・・」
『不貞腐れても駄目だ。それに魔王の身を心配すること自体が無礼にあたる。魔界を統治している存在なのだから・・・』
「俺ですら彼の力の前では為す術もないって?」
「!?」
師匠は空中から木の上に移動していた。ちゃんと私の声が届いたみたい。
「ソニア嬢。これは一体どういうことですか。簡潔な報告を求めます」
「そんな暇ある訳ないでしょ。こっち超忙しいから」
そう言って師匠は左手から血紅色の杖を出し、同色の仮面で目を隠す。これは戦闘態勢に入ったサインだ。つまり――師匠は今にも誰かと戦おうとしている!
――私が傍にいる時は基本押し付けてるのに・・・。
「えっ師匠!?まさか魔王を敵に回しちゃったんですか!?」
「そっちのがずっと楽だけどね・・・シーグリッド、ハース君、レヴェナント君。ちょっと手伝ってくれない?」
「――みーつけたっ!から死ーんーでっ!」
『チュドォォォン!』
女性の声が空に響いた刹那。私達の周りが焦土と化した。
「・・・え・・・?」
私は目に入った情報を受け入れるだけで精一杯だった。
師匠が結界を張って守ってくれたお陰で怪我一つ負わなかったこと。
私達を攻撃した魔力と声に――怖いくらい心当たりがあること。
「・・・」
魔界の月下に1人の女性。面影残る外見と癖の強い喋り口調に一種の懐かしさを感じた。
「お姉ちゃん・・・?」
逆光に照らされた私の実姉――アラクシュミィ・トゥルースは、師匠を見て仄かに微笑んだ。
この世界における魔族と魔物の違い。
・魔族・・・常に人型。形態変化は無し。魔力操作に長けており、多彩な魔法を使える。総じて知能指数が非常に高い。武器による攻撃や身体的な暴力は普通に効くが、魔物と違って防御や潜伏の選択肢を持ち合わせている。封印と寿命が尽きる以外の手段では行動不能にできない。
・魔物・・・基本形態は異形。2~4種類の形態変化を持っている。武器による攻撃や身体的な暴力は効かない。魔力調節が雑で50か100しか出せず、攻撃の仕方も単調。主な攻撃手段は元素攻撃と物理攻撃。不老だが封印と討伐は可能である。




