第十九話『半泣きプリディカメント』
「大ピンチですお疲れ様でしたぁ・・・じゃないですよぉぉ!」
「どこに行くんですか?レヴェナントはあの大河の向こう側にいるという話だったでしょう」
回れ右して逃げようとする背中にハース様の声がかかった。振り向くと、彼は水の上に立つ馬の背に跨っていた。いつの間に!
「立地は少々悪いですが、6番目のお得意な一体多数戦闘ですよ?ご自慢の魔力でどう制圧するのか見ものですね」
表情を見ただけで分かる。ハース様は――私にしっぺ返しをしようとしていた。八つ当たりかよ!
「何でですか!私ハース様にっ、何かしましたぁ!?」
「水妖は不死ですが、倒せば復活に暫くの時間がかかります。精々頑張ってください」
――無視ぃ!?
「こんのおっ・・・!」
いつもの私なら爆発でジャンプ力を上げ、水上にいるハース様に突撃していた。でも今日の私はひと味違う。
――多分避けられて水面ドボンして、水妖バトルスタート・・・って流れになっちゃうよね。それは困る!
早起きして結った髪に華美すぎないヘアアクセをつけ、少しだけメイクもした。それも全て――レヴェナントさんに『可愛い』と言ってもらう為に!
――水浸しになったらメイクと香水が落ちる!絶対に嫌だ!
幸い、水妖は川岸にいる私を威嚇しているだけで襲ってはこない。水中で力を発揮するという情報は真みたいだった。
――えーとえーと。大河を渡りたいけど水妖が邪魔してて、倒すには潜って水雷を設置しなきゃだけど・・・それは無理。と。
ハース様に視線を送り、勝手に絶望する。いくら彼に平伏したって私が嫌な気分になることは変わりなかった。
「そもそも私、水上戦はそんなに好きじゃないのに・・・」
すっかり気落ちしてしまった心が脳に伝わり――ふと過去の記憶を思い出した。
『シーリィ!実験しよっ!新しい湖を見つけたの!すっごい大きくて深そうなやつ!ちょっと遠いけどいいよね。行くよっ!』
小さい頃、私達は魔法で爆弾を作っては水中で起爆させ、その威力を実験していた。
『ここなら前より大きいし?アーミィの爆弾で干上がったりしないでしょ!ねっシーリィ!』
家の近くには川しかなくて、当時の私達は知らなかった。この世界の湖と大河には必ず――『主』が存在するという定義を。
――遊びの延長で起爆した水雷が湖の主に当たって半泣きしたんだっけ・・・。
どうにか巨大魚から逃げて帰った日、父から『湖の主』と『河の主』の話を聞いた。私はその思い出をゆっくりと噛みしめ、水面に足をつけてすぐに離す。
――魔界と私がいる世界は違うかもしれないけど・・・こんな大きくて深い川なんだから。暮らしてる生物が水妖だけなんて有り得ない!はず!
「やいやいハース様!そんな近いとこにいると地雷の被害に遭っちゃいますよ!」
「・・・!」
いけ好かない見物人に向かって指を差し、そのまま指を鳴らして合図する。
「重魚型地雷『サラーキアの流眄』――『起爆』」
魚雷は自分で目標を探しながら水中を航走し、すぐ事前に目標設定した『最も巨大な生物』に命中した。
「やっぱりいた・・・!さぁこれで起きてくれるといいけど・・・死体が浮かんできたらどうしよう」
名付けて『第3の敵を出現させてハース様と一緒に倒そう作戦』。水妖が敵に回したくない水生生物がいる方に賭け、そいつを魚雷で起こす作戦は――
『グオオオオオオッ!』
――見事成功した。でも思ったよりずっとデカい!
『・・・!』
「まさか・・・この大河で会えるなんて・・・!」
水妖は私に目もくれず水中に身を隠し、ハース様は過去一で興奮していた。その隙をついて跳躍し、無理矢理受け止めてもらう。
「・・・うわっ!?強引に乗らないでください!ウーシュカが驚くでしょう!」
「そんなことよりあれ!あれなんですか!?」
「チッ・・・あれは巨大魔魚キフォティラピア。種族はレヴェナントと同じデイザスターです。デイズペアとも言いますが・・・とにかく現世界で非常に恐れられている魔魚ですよ!それを貴女は乱暴に叩き起こして・・・」
「あーストップストップ!ハース様って今日『新たに使役する魔物を探す』って名目で魔界に来たんですよね?ならアレを仲間にできたりしないんですか?」
ハース様が怒りに任せて横抱きしている私を投げ落としそうだったので、即座に話題を巨大魔魚にずらす。意識は逸れてくれたが、彼が小声で「後で覚えとけよ」と呟いたのを聞き逃さなかった。
――ひょわ・・・。お怒りが心頭じゃん。魔界にいる間に挽回できるかなぁ・・・。
そんな中、巨大魔魚が猛スピードでこちらに襲い掛かってきた。水の上を走る馬――ウーシュカは私達を乗せたまま高くギャロップし、巨大魔魚から距離を取って疾走する。私はハース様の前に座り直し、彼の説明に耳を傾けた。
「召喚術士が新たな生物を召喚するには3つの方法があります。1つは交渉して契約を結ぶこと。これは私の言葉が理解できる種族に限ります。レヴェナントやヨラン等がそうですね」
「交渉が上手くいかない場合もあるんですか?」
「その場合もしくは言語が理解できない生物相手なら2つ目の方法――相手の急所に全て触れれば強制的に使役が可能となり、同時に魔方陣も手に入ります」
例えば急所が頭にあった場合は対象の頭部を手で1回触れ、心臓が胸に4つある魔人とかだったら胸部に4回触れなくてはならないらしい。楽なような地味にキツイような・・・。
「3つ目は昔の召喚術士が2の方法で残した魔方陣を入手し、使役するやり方です。私が召喚する相手の殆どがこの方法ですね。私しか召喚出来ない生物は意外と少ないので」
「そうだったんですか・・・」
首だけ後ろを向き、巨大魔魚を観察する。どう見てもコミュニケーションがとれる相手じゃなかった。必然的に2の『急所に全て触れる方法』しか残らなくなる。
『コォォォォォ・・・』
「ウーシュカ!飛んでください!」
『ヒヒィーン!』
ウーシュカが跳躍した瞬間、巨大魔魚の口から破壊の一閃が放たれる。その威力を眼下に見た感想は『もしこの魚が味方になったらとっても心強いだろうな!』だった。
「ハース様はあの魔魚の弱点知ってます?」
「7つあるエラと鼻先・・・なので計8箇所に触れる必要があります。仲間にする場合の話ですけどね」
「・・・」
気弱な声を聞いて俄然やる気になった私は、自分なりの方法で役に立とうと決めた。
――安全に触れるにはある程度弱らせる必要がある・・・なら!
「すみません行ってきます!」
「6番目!?」
空中で加速し、巨大魔魚の背に着地する。私はもう一度魚雷を発射し、加えてとっておきの水雷をお見舞いしてやろうとした――が。
『――ドゴォンッ!!』
「投下型地雷・・・っひゃああっ!?」
横からの衝撃で巨大魔魚が吹っ飛び、私も空に投げ飛ばされる。全く予想していなかった展開に体がついていけないでいると――確かな温もりにしっかりと支えられた。
『向こう岸が騒がしいと思って様子を見てみれば・・・シーグリッド嬢。怪我はないか?』
――え?え?この声は・・・。
「レヴェナント、さん?」
『あぁ。どうした?シーグリッド嬢。まさかどこか怪我を?それとも状態異常にかかっているのか?』
「や、やっ大丈夫です!ちょっと・・・え?」
『ん?』
「ほ、本当にレヴェナントさんですよね・・・?」
深呼吸して現在の状況を確認する。レヴェナントさんは2本の足で水上に立ち、2本の逞しい腕で私を抱きかかえていた。心配そうな様子でこちらを覗く彼の顔面は――紛れもなく人間の顔面骨格をしている。それも超絶美形。
レヴェナントさんは合点がいったように頷く。
『あぁ。いつもの姿だと魚を生け捕りにするのが難しくて。力を抑えたい時だけ人の姿形を採用しているんだ』
「はおっ・・・」
――顔が良いおおおおお!!
夢みたいな光景を最後に、私の意識は昏冥する。視界の端では巨大魔魚がプカリと水面に浮かんでいた。




