第十八話『魔界サイトシーイング』
ややお疲れ気味のハース様は私を一瞥し、ペラペラと聞いてもいない疑問を解消しにかかった。彼の言い分によると、通りすがりの魔物さんがたまたま私と狐獣人の会敵を目撃し、たまたま近くにいた任務帰りのハース様に報告したらしい。こんな偶然あるんだふーん。
「・・・」
「・・・」
沈黙が続き、気まずさから引き起こされた苦痛が麻痺してきたところで――低く通った声が破った。
「・・・怪我がないようで何よりです。帰りますよ」
「は、はい」
――色々ツッコミたいとこだけど・・・つついてもゴリ押しされて崩せなそう。ここは別の切り口で!
「理由はともかく、助けて・・・くれたんですか?」
「・・・そうですが。何か?」
「いつもなら『幹部たる者この程度の獣・・・1人で捌けて当然です』ってスタンスで無視を決め込む癖に・・・」
「貴女もベリーウェルダンをご所望ですか?」
「ローのままでお願いしますいませんでした」
すぐさま頭を下げ、手配した馬車に乗り込む。しれっとハース様も同乗したのは正直意外だった。
「あの、ありがとうございました。任務帰りにわざわざ・・・」
――いらなかったけど。
微妙な反応を見て、ハース様は渋面を更に深めた。マジ何で手ぇ出した?
――ひょっとして私のことが好き・・・は無いか。流石にね。
だが次の瞬間、ハース様の表情が今まで見たことない甘いものに切り替わった。思わず二度見した私は悪くない。
「6・・・いえ。シーグリッド」
「へっ!?は、はい!」
「シーグリッドは大切な仲間ですから。貴女を慮った故の暴走だという認識で構いません」
「そ、そうですか?えへへ」
――きゅ、急に優しくされると調子狂う・・・ハース様が美形じゃなければこんな気持ちには・・・!憎い!その綺麗な顔立ちが憎いよ!
「お礼は結構・・・と言いたいところですが、今朝ソニア嬢から魔界見学の話を伺いました」
「そーなんですよー。あっハース様も一緒に行きます?」
「貴女に少しでも感謝の気持ちがあるのなら――は?」
「え?」
ハース様は目を瞬かせ、いつものいけ好かない雰囲気に戻った。
「・・・同行してもよろしいのですか?」
「いいですよ・・・って連れてってくれるのは師匠ですけど。私からも頼んでみます」
「そうですか・・・」
楽し気に笑うハース様を不覚にも可愛いと思ってしまった。やはり美形は罪。彼こそ危険視されるべきじゃない!?
夜月を晩靄が覆った日。私は隣に座る上司をほんの少しだけ見直したのだった。
●~*
「じゃあ出発しよう――着いたよ。魔界へようこそ?」
師匠の軽い台詞を聞くだけで景色が切り替わり、瞑々とした闇を前にして目を見張った。
「え?え?なんかもっと・・・凝った演出とか無かったんですか?」
「そこに文句言われても・・・じゃあ私は用事してくるね。ハース君と一緒なら大丈夫だろうけど、ちゃんと用心してよ?」
「はーい」
笑顔で師匠を見送り、ハース様の方を向くと――
「あ、あれは異形種族!こちらを見ても襲ってこないということは・・・友好系か中立系か?ヨラン!あの方の通訳をお願いします!」
『オケッ!』
――初めて来た世界にはしゃぎまくっていた。早速見つけた魔物と対話を図ろうとしている。
「成程。貴方のルーツはビクニャに近い種のようですね・・・。少しだけ灰白色の毛に触れても・・・」
「・・・」
「・・・ん゙んっ。何か?」
――澄ました顔しても今更遅いって。
「いやぁ?ハース様すっごく楽しそうですね!ここに来れて嬉しいですか?」
悪い笑顔で指摘すると、ハース様はこめかみに青筋を立てた。でも全然怖くない。
「6番目こそ・・・もっと感動するべきでしょう。異形種族は敵対系が殆どです。希少な中立系を間近で見られる機会は滅多にないんですよ?」
いや知らんがな――と言おうとした口を閉じる。魔界に関しては知識不足というか全くの無知なので、ハース様が言う『滅多に無い機会』を素直に堪能した方が良いと思った。
「見るからに背に乗って地を駆けれそうな骨格してますけど・・・どうなんですか?」
「恐らく無理でしょう。彼に私達を乗せれるだけの力は無い。重さに耐え切れず潰れてしまいます」
『コイツも無理ッ!って言っテル』
闇妖精のヨラン様も腕を組んで頷く。すると目が合い、様は要らないと言われた。
――ま、まさか・・・この闇妖精私の心を!?
「ヨランは翻訳だけでなく対象の思考も読み取ることができます。翻訳以外で私に教えてくれることはほぼありませんが」
『だってロジオン心弱イ。自分の悪口言ってタラ教エテって言わレテ、そうしタラめちゃショボンした』
「・・・別に落ち込んでません。怒りに身を震わせていただけです」
ハース様まで私の反応を読んで補足の説明を入れてくれた。ヨラン・・・恐ろしい子!
――ってヨランの前だったら私がレヴェナントさんに恋してることがバレちゃう・・・!
『レヴェナント?』
「わーっ!」
身振り手振りで誤魔化すと、ヨランは曖昧に頷いて西の方を指さした。
「ありがとうございます。そちらに向かえばレヴェナントに会えるんですね」
『ジャッ!』
ヨラン様は丁度忙しい時だったらしく、早めにいなくなってしまった。全然嫌いじゃないけど・・・少しだけ安心したのは内緒。
「私の方で召喚してもいいですが・・・折角近くにいるようなのでこのまま会いに行きましょう」
「了解です。ハース様はレヴェナントさんの召喚前の姿は見たことあるんですか?」
「いえ。なので私が高揚しているように見えるのは普通のこと。召喚主である私がレヴェナントの知らない一面を知ることに喜びを抱かない筈がありません」
――内心はしゃいでることを正当化してきた・・・まだ何も言ってないのに。
鼻歌を歌いそうな様子のハース様と小高い丘を下り、朦霧の中を進む。道の先どころか隣を歩くハース様すら辛うじて見える視界の悪さで――天空に鎮座する朧月が私達を照らしていた。
――綺麗な月・・・魔界でも月の色形は同じなんだ。確か常に夜なんだっけ・・・。
「・・・番目」
「はっ!?」
意識を戻し、異世界で気が抜けていたことを少し反省した。ふと視線を戻すと――ハース様は圧を強め、私に向かって手を伸ばす。
「ここで離れ離れになるのは賢明ではありません。これは失策を防ぐための行為です」
「・・・は、はい」
私は彼と彼の左手を見比べ、恐る恐る握ってみる。思いの外しっかり握り返された感触に驚き、1歩前を歩く背中に何とも言えない感情が広がっていくのを感じた。
――ま、まぁ父とも手繋いだことあるし?妄想だったらレヴェナントさんともっと凄いことしてるし?別に手を繋ぐ程度でキャーキャー騒いだりしませんけど??
少し歩くと大河にぶつかった。紫色に澄んだ水が潺湲と流れている。
「霧はこの大河から立ち昇っているようですね。水自体に毒性はないようです、が・・・」
そこで言葉を切った彼を不思議に思い、私も目を凝らしてみると――
『・・・』
――知らない魔物の群れとガッツリ目が合ってしまった。えっこれ大丈夫?
「6番目。詳しい説明は省きますが、彼等は水妖と呼ばれ文字通り水中で力を発揮する種族です。彼等は群れで行動し、強者から優先的に襲う習性があります」
「つ、つまり・・・?」
「残念ながら・・・魔力量は6番目の方が高いようです。コストパフォーマンスが高い魔法の癖に魔力が平均以上だとは・・・宝の持ち腐れですね。逆に感心しました」
――確かに『地雷』1個に使用する魔力は少ないけど!今皮肉言う場面じゃないよね!?
冷や汗が背筋をつたい、横目で水妖を見ると――涎を垂らして私に照準を合わせていた。はい大ピンチでーす。
(集合時、いつもより気合の入ったシーグリッドを見て)
ロジオン「何ですかその浮ついた格好は」
シーグリッド「おしゃれ着で行きたいの我慢して隊服着たんですよ!?髪とメイクくらいいいじゃないですか」
ソニア「可愛いー!帰るまでに崩れないといいね・・・」
シーグリッド「伏線張るのやめてください!」




