第十七話『ロジオン・ハースの攻防』
ロジオン視点です。
その会話は僕が寮を出てすぐ聞こえた。
「――魔界に連れてってくれるんですか!?」
ビタッと足を止め、気配を更に殺して女性2人の会話に耳を傾ける。自分に関係のない話題ならそのまま職場へ向かうところたが、魔物達が住まう世界に興味がない訳がなかった。何故なら僕は有能な召喚術士だから。
――ソニア嬢は魔界に行けるのか!?そんな話・・・。
レヴェナント曰く、魔界とこの世界では存在する気体も重力値も魔力因子の種類も違うらしい。要するに僕ら人族の魔導士が生身で足を踏み入れられる世界ではないということだ。
無論、魔界には強い興味がある。召喚するのに膨大な魔力と巨大な魔方陣を使用する魔人や、時には魔物を食べることもある食魔植物など――レヴェナントや他の魔物達から話を聞けば聞くほど、魔界への憧れは高まり続けていた。
魔界へ行く方法は2つ。僕が僕であることを終えるか、常に高位防御魔法を己にかけ続けるしかない。魔界へ転移することは可能だが、そこに長く滞在する術を――僕はまだ見つけられずにいる。
――なのに・・・魔界をまるで遠足と同列に扱うなんて。
僕が思考を巡らせている内に6番目とソニア嬢の立ち話が終わり、場にはソニア嬢だけが残された。
「――シーグリッドは魔物を忌避していない。むしろ率先して距離を詰めようとしているんだ。後学のために同行させるよ。彼女は私の弟子だからね・・・ハース君?」
「!」
観念して姿を現すと、何もかもお見通しだと言わんばかりの表情に腹が立った。
「6番目は」「私の前ではちゃんと呼んで」
また釘を刺され、うっと言葉に詰まる。僕は渋々といった口調で不平を隠した建前を零した。
「・・・シーグリッド嬢の休みは今日だけですよね。彼女が担当する任務はどうするんです」
「え?ハース君この前私に確認取ってきたじゃん。明日、シーグリッドは魔会に行く傍ら普通に任務をこなすよ――『分身魔法』を使って。ね」
先日、6番目の片耳に面妖なピアスが嵌められていた。微細な魔力を帯びたそれを興味本位で調べると――『分身魔法』の効果が付与された魔道具だと判明。僕はすぐさま贈り主である彼女を問い詰めた。
「効果は『シーグリッド嬢が装備した場合のみ、自身の複製体を3体まで出現させることができる』・・・でしたよね?確かにそれがあれば任務は問題ない・・・だが、問題なのは貴女の技術です。ソニア嬢」
「なんでよ。ちゃんと統帥には説明してるし。許可も取ってるから」
「あれの性能を全て説明したんですか?本当に?」
「本当だって。嘘だと思うなら聞いてみたらいいじゃん」
投げやりに言うソニア嬢に苛立ちが募る。聞けば、あのピアスは彼女の力で創造した物らしい。兎が土を食べず、魚が陸地で生きられないように――僕ら魔導士にも適応外という言葉が存在する。要するに、『地雷魔法』を使う6番目がこの先『分身魔法』を会得することは万に一つもない。その理屈をソニア嬢は魔道具1つで覆した。
「当然、他の魔法が付与された魔道具は多く存在する。だがあのピアスには『解除・外部からの破壊不可能』と『魔法無効化解除』の効果が永続的にかけられていました」
「あぁ。更に調べたんだ。そこまで自力で辿り着くなんて流石だね」
ソニア嬢は楽し気な笑みを浮かべ、歩きながら話そうと提案してきた。僕は警戒を怠らず後ろ手でステッキを握る。それも彼女は気づいているだろうが・・・何もしないよりマシだ。
「ハース君ご明察の通り。シーグリッドにつけたピアスは私でないと絶対に外せない。壊したかったら本体ごといくしかないね。仮に彼女が捕まって魔法を封じられたとしても、使えないのは『地雷』だけ。『分身魔法』は無効化されないんだ」
「元々危険視されている彼女を更に強化した意図は何ですか」
「危険視されているからだよ。シーグリッドの道は地雷地帯だ。いつ危険が襲ってくるか分からないし、彼女自身が手に余るような存在になってしまうかもしれない。私がいいって言うまで、シーグリッドには一つの存在として生きてて欲しいんだ」
淡いオレンジ色の髪が揺れ、儚い笑顔につい目を奪われてしまった。ソニア嬢は未知数の力で無双する割に、時たまこういった弱さを見せる。
――そういうところが・・・本当に気に食わない。
「だったら・・・シーグリッド嬢を排除するよう命じられた場合、師である貴女が責任を負うとでも?」
「うん。まあその判断は私がするけどね。ごめんね?ハース君がそんなにあのピアスを羨ましがっているなんて知らなくて・・・そこまで言うなら特別に作ってあげるから」
「は!?誰がそんな・・・あんな物を私が羨ましく思う訳ないでしょう!興味があるのは魔界に行くことだけです!」
「あ、ハース君も魔界行きたいんだ。そりゃそうだよね」
「・・・!!」
「わーごめんって。逃げないでよ」
顔に熱が溜まり、衝動的に本音を吐き出してしまった。逃避に動く体をソニア嬢の小さい手が引き止め、更に体温が上昇する。
「ハース君の休みは明日だよね?多分。私がいれば魔力消費・状態異常無しで魔界に行けるけど・・・どうする?」
「何故それが可能なのかについても是非教えてください。貴女には謎が多すぎる」
――一体どんな方法で魔界と行き来している?ソニア嬢はまさか・・・魔界の王と通じているのか?ああくそ。恐ろしくて関わりたくない筈なのに・・・彼女のことが気になって仕方がない。
「知りたい?ならシーグリッドがいいよって言ったらね」
「はい?」
意味が分からず聞き返すと、ソニア嬢は傘で顔の半分を隠して一方的に話を続ける。
「魔界に行きたかったら、シーグリッドに許可されることが条件。彼女の口から直接ね。期限は今日中・・・ってことでヨロシク」
「は?私これから任務・・・しかも割と遠方なんですが」
「私もだよ。お互いちょっ早で終わらせて自由時間作ろうね」
――はぁ!?今回の任務は往復だけで半日費やすんだぞ!
「無理に決まって・・・というか!何故6番目の許可が必要なんですか!」
文句が止まらない口を、細く滑らかな手がそっと抑える。僕は突然のことに頭が真っ白になった。
「お互いちゃっちゃと終わらせて、自由時間作ろうね」
「・・・っ!」
繰り返した言葉が『言い訳しないでやるなら言う通りにやれ』と変換され、二の句が継げなくなる。そんな僕に満足したのか――ソニア嬢は軽く手を振って任務へと行ってしまった。
暫くその場に立ち尽くし、我に返った僕は――すぐに本部の屋上へと駆け出した。
――くっそ・・・とにかく時間がない!
広い場所を確保した僕は、魔力を惜しまず怪鳥ミッグと魔鳥ピュイニーを召喚した。ミッグは速度に特化しており、ここから任務地まで数時間かかるところをたった1時間で移動できる。ただ乗り心地はそんなに良くないので、滅多なことが無い限り頼らなかった。
「今日がその滅多な日です。よろしくお願いします。ミッグ」
『クルル・・・』
「ピュイニーは6番目の見張りをお願いします。彼女の現在地を常に把握しておいてください」
『ピュイー!』
こうして――僕は沢山の仲間たちの力を借り、どうにか1日で難易度の高い任務を完了することができた。こんな無茶はもう二度としたくない。
――なんとか6番目がいるところまで戻ってこれたが・・・改めて考えると任務より難しいな。
6番目のことだ。こちらが素直に頼む姿勢を見せた途端に足元を見てくるだろう。どうにかしておちょくられずに許可を取る方法は無いものか・・・。
――ベストは借りを作らせて立場的優位を取ること。幸い彼女が寮に帰るまで猶予はある。このまま跡を付けて機会を窺うか・・・。
僕はそう考え、6番目がいる『屠殺集』のアジトを見張る。彼女が狐の獣人に囲まれたのはそれからすぐの出来事だった。




