第十六話『仰天シャンブルス』
狐の獣人さんは黄土色の耳をピンと立て、4本の鋭い爪を私の方に向ける。
「ねぇ誰?急に鼻動かして『知り合いを見つけた』ってどっか行っちゃって・・・あたし知らないんだけどその子。ねぇいつから人族とそんなに仲良くなったの?」
「はぁ・・・シーグリッドはそんなんじゃない。ただの悪、じゃなくてあくまで!妹的な存在だ」
――今『悪役幹部』って言おうとした・・・配慮してくれてありがとう。
「また溜息・・・いつもそうだよね。私みたいな面倒な女より小さくて弱そうな子と一緒にいる方がいいんだ・・・」
「誰もそんなこと言ってない。少し落ち着け」
「じゃああたし以外の女と一緒にいないでよ!」
――あれ!?これもしかして修羅場ってやつ!?
ようやく男女ならぬ雄雌のもつれに気づき、私は慌てて否定しようと口を開く。これが悪手だと助言してくれる者はこの場にいなかった。
「狐のお姉さん!私、今好きな男性がいるんです。男性・・・というよりは雄かもしれないですけど、この買い物袋だって全部その方に可愛いって言ってもらいたくて買いました。種族は違うんですけど、私はその人以外に興味はありません!」
毅然とした態度で完璧な主張を述べたつもりが・・・女狐さんは犬歯を剝き出しにして唸りだした。
「ヴゥ・・・そう。あはははははっ!そっか・・・よかったわねガーフンド。昔から色んな子にモテてたけど、貴方の魅力は人族にまで届いてるみたい」
「シーグリッド・・・俺は臭いで分かるから良かったけど、もう少し別の言い方はなかったのか?あいつ余計勘違いしたぞ」
「あれー?理路騒然を目指したつもりなんですけど」
獣人は鼻が利くため臭いである程度の感情が分かるらしい。つまり女狐さんも私達がそういう関係でないことが分かる筈なのだが・・・どうやら頭に血が上った状態で冷静な判断ができていないご様子だった。
「じゃあもう1回チャンスをください!そこの女狐!私は――」
「もういいもういい!始まりからアウトな言い回しをするな!存在が地雷の癖に他人の地雷は見えてないのか!?」
ガーフンドさんの手で口を塞がれ喋れなくなる。そんなじゃれ合いも女狐さんにとっては逆鱗だったようで――彼女は爪先を私の首目掛けて振り下ろした。
「下劣な劣等種族が・・・アンタさえいなければガーフンドはあたしの雄だったのよ!」
「よせノキエ!牙と爪をしまって俺を見ろ!」
「っ、ガーフンド・・・でもこの女が!」
太い腕が女狐さんの手首を掴み、切っ先が私の首に沈むのを防ぐ。命の危機よりも足元の地雷を反射的に発破させないでよかったと安堵した。
――人通りが少ないとはいえ、こんな街中で爆発が起きたらパニックになるよね。ちゃんと自重しないと・・・。
「目障りなの!よりによってこんなに嫌な臭いがする人族・・・とにかく不愉快で気持ち悪い。それに子供の分際で同族殺しの臭いがするわ。それも鼻が曲がるくらい・・・この女、無垢な振りしてガーフンド以上の悪党よ」
「・・・!!」
どこかでプチンと切れる音が鳴り、私は女狐が反応できない速さで横を通過した。
「――威力水準『虚仮威し』・・・『起爆』」
「え・・・キャアッ!」
私の地雷は一番弱い威力でも人間が踏むと足が使い物にならなくなる。だが優等種である女狐は持ち前の頑丈さに救われ、軽い火傷程度で済んだ。
「地雷を踏まれたので地雷でお返しします。折角自重しなきゃって思ってたのに・・・全部女狐の所為ですからね。この場では貴女が悪で、貴女が一番悪いんです。自己中心的な思考回路でも理解できてますか?」
「・・・っ!」
返答がなくとも憎悪に満ちた目と歯ぎしりが雄弁に物語っていた。私は色々諦め、ガーフンドさんの腕を引く。
「こんなの放っておいて行きましょう。あーもーなんだかんだで遅刻確定ですよ。これも女狐が馬鹿な所為だ・・・」
「ククッ・・・シーグリッドってちゃんと『世界の悪性』の幹部だったんだな!面倒なことに巻き込んで悪かった」
「今まで何だと思ってたんですか・・・別にいいですけど」
時間に遅れてしまうことを気にしていると、私は突然ガーフンドさんに背負われて空を飛んだ。そのまま建物から建物へと飛び越え、目的地までショートカットで移動する。
「はははは速いいいい」
「舌噛んでも知らないぞ。ノキエの言う通り、素直で純粋な少女の癖に火力が高いな・・・」
「や、やっぱ・・・あの、私って獣人側からすると臭いんですか?」
「あいつの言うことは気にしなくていい。少なくとも『屠殺集』はシーグリッドの味方だ」
――臭くないとは言われなかった・・・やっぱり獣人は私が『普通の魔導士じゃない』って分かっちゃうんだ・・・。
ガーフンドさんの透けるような優しさに傷つき、心がジクジクと痛む。風よりも小さな声でそうですかと返すが、彼は匂いを嗅がなくとも私が落ち込んだのが分かってしまったようで・・・お互い口を開くことなく目的地に到着した。
「――俺は強い女は嫌いじゃない。それに、今シーグリッドがうじうじ悩んでいることに助言する資格もねぇ。いや『屠殺集』頭領のお前が言うなよってなるだろ」
「・・・なりますね」
笑うのを我慢していると、人と同じ手でそっと肩を押される。ガーフンドさんは数回同衾しただけで恋仲だと言い張る女狐の対処に向かった。
――元カノでもなかったんかい!2人のやり取りを見るに知り合って間もないって感じじゃなかったけど・・・聞く耳持たず無視すればいいのに。
皆が多量のビールや差し入れの酒を浴びるように飲む中、私はノンアルコールカクテルで場の雰囲気を味わう。他にも年が若すぎて飲めない獣人さんがいたので全然楽しめた。
――今度は師匠も参加できたらいいな。でもあの人全く年とってる感じしないし酒飲めんのかな。
そんなことを考えながら手配した馬車を待つ。走って帰れないことはないけど、お金を払って楽したいが勝ってしまった。今日は荷物もあるし。
「えぇ・・・」
だが先に到着したのは屈強な狐の獣人集団だった。先頭にいるのはノキエという名の女狐。あまりにもベタな展開を目に、思わず呆れた声が出てしまう。彼女は腕を組んで口角をくっと上げた。
「絶対許さない・・・あたしのガーフンドにベタベタ馴れ馴れしくして・・・獣人の独占欲を舐めたこと後悔させてやる!」
「やり口がお粗末すぎるでしょ・・・女狐さんみたいなのがいるから獣人の品位が下がってんじゃないですかぁー?」
「っ・・・消えてッ!あたしとガーフンドの前から消えてよ!」
女狐の尻尾がブワッと逆立つのを合図に雄狐が一斉に跳躍した。街頭に照らされ、空から鋭利な爪が襲い掛かる。
――私と距離を詰める為にわざわざ身動きが取れない空中を選んだってことは・・・私の魔法がバレてるってことなのかな。
「どうかな・・・合ってますか?」
特に誰かに言った訳ではない問いに返事なんて期待しない。私は悪辣な笑みを浮かべ跳ね上げ方地雷を――
『ボボボボォン!』
「へ?」
――爆破させる前に雄狐共が丸焦げになってしまった。狐肉ってなんかマズそう。
「勢い余って丸焼きにしてしまいましたね・・・まぁ食べられないことはありません。私は御免ですが」
「ハース様!?」
――えっ何で急に?
ベタな展開のおかわりに面食らっていると、足元に燻った狐の獣人が転がった。




