第十一話『悪役が圧勝した日』
紅一点さんは杖に魔力を込め、ハース様に向かって特大の魔法弾をぶつける。私は何も出来ずその場で狼狽えているだけだった。
――ええっあの人まだ動けたの!?どうしようハース様に攻撃が当たる・・・!
「愚物が・・・厚化粧してもシミは消せませんよ」
「何故!?全属性の防御無視魔法弾のはず――」
ハース様の後ろから小さな妖精が顔を出し、くりっとした瞳を瞬かせる。あら可愛い。
「グレムは機械技術に強い妖精です。グレムにかかればこの国の叡智を結集させて作られた『堅固装置』も赤子の玩具と変わらない。守備範囲の操作も――」
グレムさんは頷き、右手に持っていたスタビードライバーを掲げた。子供みたいな見た目によく似合ってるけど・・・その工具、あの装置のどの部分で使用したのか気になる。
「――修理不可能までに故障させることも造作ない」
『バチバチッ・・・シュウゥン』
装置から機能を停止したような音が聞こえ、黒煙が舞うと共に『堅固装置』が自壊する。これで任務は半分成功した。
「そんな・・・この国の抑止力が・・・平和の盾が・・・」
「来世ではその肌荒れが改善されるといいですね」
品性が欠落している人にしか出せないワードセンスで紅一点さんに引導を渡す。もっと良いカンジの台詞あったと思うんだけどな・・・。
「――いつまで覗き見しているおつもりですか?6番目に後れを取る私ではありませんが、背後から邪な視線をぶつけられるのは非常に不快です」
「うぇっ!?」
――バレていた!?いつから!?
棒立ちのまま動揺を隠せずにいると、振り向いたハース様と目が合った。眉間にもの凄いシワが刻まれているのを見て反射的に目を逸らす。
「すいませんでした。えっと、ただ待ってるのも暇なんでー。そんけーする上司の戦闘を見て学ぼうと思いました!」
『シーグリッド嬢。語尾だけ強めても途中の棒読みは隠せてないぞ』
「そもそもタイプが違います。私の戦い方を見ても参考にはなりません。まあそれは建前で――本当は手の内を見て私をどう倒すのかを考えていたんでしょう!」
――はい出たビビりー!
という本音を呑み込み、こんこんと湧いてくる想いをハース様にぶつける。
「ま・・・まだ私がハース様を打倒するなんて思ってんですか!仲良くなりたいゆーたでしょ!」
「先に言っておきますが、一度に召喚できる数がたった5・6体だけと思わないことです。最大召喚数は統帥とダニイルしか知りません」
「へーそーですか」
――アンシュッツ様のことは呼び捨てしてるんだ。
「先程の愚物のように、虚をついて私を直接叩くという愚直さは評価してやらなくもないですが――この私が召喚術士の弱点を対策してない訳がないでしょう」
『シーグリッド嬢。勉強熱心なのはいいが、独断専行で動くのはいただけない。見張りだって重要な役目なんだ』
「はい・・・でも見張りはちゃんとしてますよ!外周に設置した地雷はまだどれも爆発してませんし」
『そうか。なら新手が来る前にコルビー坊と合流しよう』
「了解しました!」
「私を置いて会話を進めないでください!」
レヴェナントさんがハース様を遮るように話しかけてくれたんだ。そっちに集中する以外の選択肢はない。完全に2人の世界にいるような感覚で研究塔の方角に足を向けると――空から誰かが降って来た。
「よー終わったかぁ?俺ちゃん早く帰って一服してーよ」
「あっマーフィー様お疲れ様です・・・一応聞きますけど、何で全身血まみれ?」
「全部返り血よ。っぱ大剣って楽に断てっけど血がなー。最近は血に有害物質を含んでる相手も出始めてっからよ。何かいー方法ねーかなー」
研究塔に行ったマーフィー様はどう見ても2・3人では効かない量の返り血を浴びている気がした。別に1人を生け捕りするだけなんだから切らなくても遂行できたんじゃ・・・と思わなくもない。上司にそんな口答えできないけど。
マーフィー様の状態が軽く引くくらい真っ赤で汚・・・怖くなり、何となくレヴェナントさんの後ろに隠れた。
『シーグリッド嬢は血を見慣れていないのか?』
「まあそうですね・・・いつも相手が怪我する時は大体私がいないとこで勝手に負傷してたんで」
『気分が悪くなったらいつでも言ってくれ。俺が支えよう』
――なにいっ!?ここは遠慮なく『血を見て気分が悪くなった女アピール』をして全力で甘えるべきか!?庇護欲駆り立てちゃう!?レヴェナントさんの世話好き欲を刺激させちゃう!?
今が任務中でなければその逞しい体に全身を委ねていたかもしれない。しかしここは敵陣。絶賛強襲中。例えフリでも弱るのは今じゃなかった。
唇を噛んで遠慮し、また別の機会――例えばレヴェナントさんの通りすがりを狙って弱ったフリをしようと心に決める。師匠に協力してもらお。
『――ハッブシュン!師匠使いが荒い!』
遠くの方でそんなツッコミが聞こえた気がしたけど・・・お互い様だよね。うん。そういうことなのだ。
「コルビーさんの魔法なら毒なんて大したダメージにならないでしょう。それで、この老人が『堅固装置』開発者のアルギー・シラクサですか」
「間違いねぇ。1回影武者でこの俺を欺こうとしやがって・・・腹立ったからアヘらせてやったぜ!」
「てっきり抵抗の意思を削ぐ為に魔法を使ったのかと・・・まあいいでしょう」
開発者のお爺さんは目をとろんと溶かし、口から涎を垂らしたまま唇を開いたり閉じたりしていた。いやマーフィー様ご老体にナニしたの?
――謎過ぎる・・・けどハース様は平然と受け入れてるな。マーフィー様の魔法ってなんだったっけ。
記憶を辿っても、攻撃特化の魔法ではないということしか覚えてなかった。確か魔力増幅・・・バフ系の能力だった気がする。
――私やハース様と比べるとそこまで派手な魔法じゃないし。斧使いのリップマン様みたく武器メインの戦闘スタイルだから、構成員の間じゃ『性格クズな大剣使い』で通ってたんだよねー。
ぶっちゃけ私にとってバフ系の魔導士は良く言えば環境に左右されないので純粋に強い。悪く言えばシンプルすぎて地味。といった印象だった。
「――設計図はどうしたんですか?まさか偽物と間違えてないですよね?」
「たりめーよ!なぁアルちゃん」
「くぅん・・・」
お爺さんの初台詞は語尾にハートマークがついてそうだった。さっきからずっと恍けた瞳は潤んでおり、意識も朦朧としている。はっきり言って見るに堪えなかった。
――血だるまのおじさんがヨガってるお爺さんを姫抱っこしてんのが余計辛い・・・。せめて抱え方だけでも変えて欲しい・・・。
「――確かに本物ですね。では直ちに帰還しましょう」
――だから何でハース様はそんな平静を保っていられるの!?上司がツッコまなきゃ駄目じゃない!?違う!?
どうやら見苦しさを感じているのは私だけだったことに気づき、内心ショックを覚える。ストレスで痛むこめかみを抑えている間に、私達は転移魔法で最初の待機場所に戻った。
姿を変えて国境を越え、馬車に乗ってチャミュエル魔法帝国に帰る。その道すがら――ずっと懐かしい想いが心を包んで剝がれなかった。
――何で?行きはこんなことなかった。変わった事なんて・・・。
私は簀巻きで床に転がされているお爺さんを見つめる。親戚でもなんでもない彼の魔力に、深く刻み込まれた恐怖が思い起こされてしまう。
『デメリットばっかに目を向けてっ、大きな貢献から目を逸らす人達わぁ・・・軒並み爆殺しちゃえばいいと思わなーい?』
「・・・っ!」
「6番目?貴女一体何を・・・」
考える前に体が動き、『地雷』の破片でお爺さんの縄を切る。ハース様に止められる前に――私は天才科学者アルギー・シラクサの服を切り裂いた。




