決戦への序章
盟約の塔での試練を乗り越え、紅月の力を完全に覚醒させた真奈。彼女はラザールやイグナスと共に塔を後にし、魔界の混乱を終わらせるべく次の一歩を踏み出す。しかし、平穏の時間は長くは続かない。新たな敵が三人の前に立ちふさがり、戦いの火蓋が切られる。
◇
盟約の塔を後にした真奈たちは、広がる荒野を進んでいた。空は相変わらず紅い月に照らされ、不気味な静けさが辺りを包んでいる。
「ここからヴァルディア城までは数日の道のりだ。紅月の力を覚醒させた今、真奈を狙う者たちも動き出すだろう。」
ラザールは険しい表情で言う。
「まあ、俺たちがついてるんだ。そう簡単にやらせはしないさ。」
イグナスは軽口を叩きながらも、腰に手を置いたまま周囲を警戒している。
突然、風が変わった。ひやりとするような冷たい気配が三人を包み込む。
「来た……!」
ラザールが低く呟いた瞬間、遠くの地平線から黒い霧が広がり、その中から複数の影が現れた。
「これは……ただの魔物じゃない。」
真奈は紅月の鍵を握りしめながら、無意識に一歩後ずさった。
現れたのは人型の魔族たち。彼らの目は赤く輝き、その動きは異様なほどに滑らかで狂気を帯びている。その中心に立つのは、一人の男だった。
「久しいな、ラザール王子。」
その男は艶やかな黒髪を持ち、薄い微笑を浮かべている。その声には冷たい余裕が滲んでいた。
「……ゼフィル。」
ラザールは低い声でその名を呼んだ。
◇
ゼフィルは魔界の貴族の一人で、かつてラザールの部下であった男だ。しかし、己の野望のために裏切り、魔界の混乱を煽った張本人の一人だった。
「久しぶりに会ったというのに、その顔は相変わらず険しいな。だが、それも無理はない。私はいよいよ、お前を倒し、この混乱を終わらせる準備が整ったのだから。」
ゼフィルは嘲笑を浮かべながらそう言った。
「終わらせるだと?お前が行っていることは混乱を広げているだけだ!」
ラザールは剣を抜き、ゼフィルに向けて構えた。
「混乱なくして、新しい秩序は生まれない。それに……紅月の巫女の力を目の当たりにできるとは、これはまたとない機会だ。」
ゼフィルは真奈に視線を向けた。
「くっ……!」
真奈はゼフィルの視線を受けて、体が凍りつくような感覚に襲われる。しかし、ラザールが彼女の前に立ちはだかり、守るように腕を広げた。
「彼女には指一本触れさせない。」
「そう強がれるのも今のうちだ。」
ゼフィルが手を軽く振ると、周囲の魔族たちが一斉に襲いかかってきた。
◇
ラザールは剣を振り、近づく魔族たちを次々と薙ぎ払う。その動きは鋭く、力強い。イグナスもまた、軽やかな動きで魔族たちを翻弄しながら剣を繰り出す。
「真奈、下がっていろ!」
ラザールが叫ぶが、真奈は首を振る。
「私も戦う!紅月の力があるんだから!」
真奈は鍵を構え、集中力を高めた。鍵から放たれる紅い光が魔族たちを焼き払い、動きを鈍らせる。その力強さにラザールも驚きを隠せなかった。
「これほどの力を……!」
「ラザール!油断するな!」
イグナスが叫ぶと同時に、ゼフィルが魔力を込めた一撃を放った。漆黒のエネルギー波がラザールたちに襲いかかる。
「くっ……!」
ラザールは剣を盾代わりにしてその攻撃を受け止めるが、威力に押されて後退してしまう。
「さすがはゼフィル……!」
「まだまだ続くぞ、ラザール。」
ゼフィルは冷たく微笑み、さらに追撃を仕掛けてきた。
◇
ラザールとイグナスがゼフィルに応戦する中、真奈は紅月の鍵を強く握りしめていた。彼女の中に再び湧き上がる力――それは、彼女がこの世界に召喚された理由そのものだった。
「みんなを守りたい……!」
真奈がそう呟いた瞬間、紅月の鍵が眩い光を放ち始めた。その光はゼフィルの攻撃を遮り、彼の動きを一瞬だけ止めた。
「この光……まさか!」
ゼフィルが驚きの声を上げる。
紅月の力が真奈を中心に広がり、周囲の魔族たちを吹き飛ばしていく。
「真奈……!」
ラザールはその光景に目を見張った。
「これが……私の力……!」
真奈は自らの力に戸惑いつつも、仲間を守るためにその力を解放する決意を固める。
◇
「今回はここまでにしておこう。」
ゼフィルは余裕のある表情を浮かべながら後退を始めた。
「待て、ゼフィル!」
ラザールが追いかけようとするが、ゼフィルは黒い霧に包まれ、姿を消してしまう。
「ちっ……逃げられたか。」
戦いが終わり、真奈たちは荒野の真ん中で息を整えた。
「真奈、お前の力がここまでとはな……。」
ラザールは感慨深げに彼女を見つめた。
「まだまだうまく使いこなせないけど……でも、みんなを守るために頑張る!」
真奈は力強く頷いた。
◇
ゼフィルの撤退の裏で、魔界ではさらなる陰謀が動き始める。
信頼していた仲間の裏切りが、真奈たちを新たな危機へと追い込む——。




