背徳の盟約
ゼルグラントとの戦いを経て、魔界の闇に迫る危険が一層明らかになった真奈たち。黒炎の騎士が放った「新たな主」という言葉の謎を追いながら、彼らは次の目的地である古都グルナを目指す。しかし、そこで待ち受けるのは意外な人物との再会と、新たな運命を導く背徳の契約だった。
◇
冷たい風が吹きすさぶ荒野を抜け、真奈たちは古都グルナへと続く森に足を踏み入れた。鬱蒼と茂る木々に囲まれ、月明かりがほとんど届かないその森には、不気味な静寂が広がっている。
「ここがグルナへの近道だと聞いたが……少しばかり歓迎されていないようだな。」
イグナスが周囲を見回しながら苦笑した。
「魔界の森って、やっぱりどこもこんな感じなの?」
真奈は周囲を警戒しながら、小声でラザールに尋ねた。
「ここは特に呪いが強い地域だ。かつてグルナが滅びたとき、多くの魔族がこの森で命を落とした。それ以来、森そのものが怨念を宿していると言われている。」
ラザールの言葉に、真奈は思わず身震いした。
突然、足元の土が揺れ、何かが地面から這い出してくる気配がした。
「出たぞ! 全員、武器を構えろ!」
ラザールが叫ぶと同時に、土から現れたのは骨と腐肉で構成された巨大な魔獣だった。その目は赤く輝き、憎悪に満ちている。
◇
「これが、森に眠る怨念の化身……!」
ラザールが剣を構えると、魔獣が咆哮を上げ、彼に襲いかかった。
「真奈、俺の後ろに下がれ!」
イグナスが素早く剣を振り、魔獣の一撃を防ぐ。
しかし、真奈はその場で立ち尽くしていた。魔獣の瞳を見た瞬間、心の奥底に暗い記憶のようなものが蘇ったからだ。
(この感じ……どこかで……)
「真奈! しっかりしろ!」
ラザールの声で我に返り、真奈は自分の胸の紋章に触れた。
「……大丈夫。私にも何かできるはず!」
紋章が再び光を放ち、真奈の体から純白の光の矢が放たれる。それが魔獣の体に命中すると、怨念に満ちた咆哮とともに、魔獣はその場に崩れ落ちた。
◇
魔獣を退けた一行が再び歩き出そうとしたとき、森の奥から足音が近づいてきた。それは、この場所には不釣り合いな優雅さを持つ人物だった。
「君たちがここを通ると聞いて、出迎えに来たよ。」
現れたのは、黒衣に身を包んだ男性。真奈が驚いた表情で叫んだ。
「ルシアスさん……!」
ルシアス=ベルモンド。かつて真奈が異界に召喚された直後、彼女を助けた魔族の一人だった。彼は冷笑を浮かべながらも、その瞳にはどこか憂いを秘めている。
「ルシアス……裏切り者の名を持つ男が、何の用だ?」
ラザールが剣を握りしめ、警戒を崩さない。
「裏切り者……そう呼ばれるのも仕方ないね。けれど、今日は戦うために来たわけではない。」
ルシアスは静かに歩み寄り、真奈に視線を向けた。
「真奈。君に、重要な話がある。」
◇
焚き火を囲み、ルシアスは語り始めた。
「ゼルグラントに言われたことが気になっているんだろう? 魔界の黒幕についても、君自身の力についても。」
真奈は息をのんだ。その言葉が自分の不安の核心を突いていることに気づかされたからだ。
「私はある組織に所属している。その組織は、この混乱の影で動いている黒幕——いや、真の敵に近づこうとしている。」
「真の敵……?」
ラザールが険しい表情を浮かべる。
「そうだ。だが、その存在に触れるためには、私たちは禁忌に近い契約を結ぶ必要がある。」
ルシアスは真奈を見つめ、続けた。
「君の力が必要だ、真奈。君がその力を使うことを許してくれれば、我々は真実の一端を明らかにできるかもしれない。」
「許す……って、どういうこと?」
真奈はルシアスの言葉の意味を測りかねていた。
「君の力は、君だけのものではない。魔界全体の運命を変える鍵だ。その力を貸してほしい。ただし……君がその力を使えば使うほど、君自身の命が削られる可能性がある。」
「それって……!」
ラザールが立ち上がり、ルシアスに剣を向けた。
「ふざけるな! 彼女にそんな犠牲を強いることは絶対に許さない!」
「だからこそ、私は彼女の意思を尊重するつもりだ。」
ルシアスの声は冷静だった。
◇
焚き火の明かりが揺れる中、真奈は俯いたまま黙っていた。ルシアスの言葉の重みが、彼女の心に深く突き刺さっていたからだ。
「私は……どうすれば……」
ラザールが優しく肩に手を置いた。
「真奈、無理をするな。俺たちは一緒に道を探していく。それでいいんだ。」
しかし、真奈は顔を上げ、決意の色を帯びた瞳でラザールを見つめた。
「……私がこの世界に来た意味を知りたい。そのためなら、どんなことにも向き合うよ。」
その言葉に、ラザールとイグナスは驚き、ルシアスは静かに頷いた。
「ならば、君を組織の中心地に案内しよう。そこには、君が知るべき真実が眠っている。」
◇
真奈が向かう新たな舞台、そこに隠された魔界の歴史と彼女自身の秘密が明らかになる。果たして、真奈が下す決断とは——。