迷宮の幻影
虚ろなる森の奥地へ足を踏み入れた真奈たち。霧が立ち込める森は、視界を奪い、木々の間からは奇妙な囁き声が聞こえてくる。進むごとに気配が変わり、まるで森自体が生きているようだった。
◇
「ここは……まるで森そのものが魔物みたい。」
真奈は足元の枯葉を踏みしめながら、周囲を見渡した。薄暗い光の中、影が不規則に動いているように見える。
「虚ろなる森は、進む者の心を映す鏡のような場所だと聞く。弱気になるな、惑わされるぞ。」
ラザールが低い声で言う。彼の剣はすでに抜かれ、警戒心を滲ませた紅い瞳が周囲を鋭く見据えていた。
「簡単に言うなよ、ラザール。心を映すってことは、何か幻覚を見せられるってことか?」
イグナスが肩越しに剣を構えながら応じる。軽口を叩いてはいるが、その表情は緊張で固まっていた。
真奈は小さく息を飲んだ。彼女の胸の中には、不安とともに奇妙な胸騒ぎが広がっていた。先ほど森に足を踏み入れた瞬間から、どこかで聞いたような声が頭の中に響いているのだ。
「お前の居場所はここじゃない……戻れ……」
冷たく低い声が耳元をかすめるたび、真奈の心はかき乱された。
◇
一行がさらに進むと、霧の中に巨大な建物が現れた。それは蔦に覆われた朽ちた石造りの迷宮で、いくつものアーチが入り口を形成している。
「迷宮か……厄介なものだな。」
ラザールが渋い顔をする。
「まあ、避けて通れないってわけだな。」
イグナスが苦笑する。彼は迷宮の入り口を眺めながら続けた。
「ただの迷路ならまだマシだが、ここも何か仕掛けがあるんだろう?」
ラザールは無言で頷き、迷宮に向かって一歩を踏み出した。
◇
迷宮に足を踏み入れると同時に、一行は不思議な感覚に包まれた。空間が歪むような錯覚を覚え、ラザールが振り返ると、真奈とイグナスの姿が見えなくなっていた。
「真奈! イグナス!」
ラザールの叫びは虚しく響き、霧が音を飲み込んでいく。
一方、真奈も同じように孤立していた。目の前に広がるのは、無数の分かれ道。どちらを選んでも、行き止まりや同じ風景に戻されてしまう。彼女の心は焦りでいっぱいだった。
「どうしよう……ラザール、イグナス……」
真奈が立ち止まっていると、どこからか不思議な光が現れた。その光が近づくと、中から母親の姿が現れる。
「真奈、もう疲れたでしょう? お家に帰りたいでしょう?」
懐かしい声に、真奈の目から思わず涙がこぼれる。
「お母さん……?」
手を伸ばそうとしたその瞬間、彼女の胸の紋章が強く輝いた。紋章の光が幻影を打ち消し、母親の姿は消え去った。
「これが……幻影。」
真奈は拳を強く握りしめ、再び歩き出した。
◇
ラザールは迷宮の中で別の試練に直面していた。目の前に現れたのは、彼の父王ヴァルディアの幻影だった。
「ラザール、なぜお前は無力なのだ? 王族としての責務を果たせぬのか?」
幻影の言葉は、ラザールの胸を深く抉る。彼は剣を握る手に力を込め、低い声で反論した。
「俺は俺なりにやっている……たとえ道が険しくとも、進むべき道を選んだ。」
その瞬間、幻影は不気味な笑みを浮かべ、ラザールに剣を振り下ろした。彼はすぐさま防御を取るが、その一撃は重く、壁に叩きつけられる。
「何度でも立ち上がる、それが俺の誓いだ!」
ラザールは立ち上がり、力強く剣を振り抜いた。その一撃が幻影を切り裂き、空間が揺らぐ。
◇
迷宮の中央で、真奈、ラザール、イグナスはようやく再会を果たした。三人は互いの無事を確認し、固い絆を確かめ合う。
「幻影なんかに負けるかって思ったけど、やっぱり一人は怖かった……。」
真奈が涙を浮かべながら言うと、ラザールがそっと頭に手を置いた。
「俺たちは一緒だ。一人で背負い込むな。」
イグナスが軽口を叩きながらも、優しい笑顔を見せた。
「よし、再び力を合わせて進もうぜ。この迷宮を抜ければ、新たな手がかりが見つかるはずだ。」
三人は互いに頷き、迷宮の奥へと進んでいく。だが、その先にはさらなる試練が待ち受けていた。
◇
迷宮の出口で待つのは、次なる鍵の持ち主か、それとも新たなる敵か。深まる闇の中、真奈たちは絆を武器に進む——。
絶望の中で見つける光とは?