魔王の目覚め
真奈の救出を果たしたラザールとイグナス。しかし、湖の中心に立つ三人の前に、魔界の空気が一変するような異様な気配が漂い始めた。湖底から響く不気味な音、重々しい轟音が辺りに響き渡る。
「……何かが来る。」
ラザールは剣を構え、紅い瞳を鋭く輝かせた。
イグナスが隣で不安げに声を漏らす。
「湖の底だ。何かが目覚めようとしてる……ただの『何か』じゃなさそうだけどな。」
真奈は光をまとった手を握りしめ、二人の背中に隠れるように立った。胸の奥に漠然とした恐怖が湧き上がるが、同時に、彼女を守ろうとするラザールの背中の力強さが心を落ち着けてくれる。
「ラザール、これは……どうするの?」
真奈の声に、ラザールはわずかに微笑むように振り返った。
「俺たちが止める。お前はここにいるな。」
しかし、次の瞬間、湖面が割れ、暗闇そのものが形を取ったような巨大な存在が現れる。その姿は、魔界の伝承に語られる「禁忌の存在」、かつて魔界を統治していたという初代魔王そのものであった。
◇
初代魔王は漆黒の甲冑をまとい、無数の瞳のような輝きを放つ。体を覆う闇は実体を持ちながらも流動的で、見る者に圧倒的な恐怖を与える。
「久しいな……この感覚……」
その声は低く不気味で、湖全体を震わせた。目の前にいる三人を見下ろすようにして、嘲笑を浮かべるような視線を向ける。
「小僧ども。貴様らが今の魔界を治める者か?」
ラザールが一歩前に出て剣を掲げた。
「俺はラザール=ヴァルディア、ヴァルディア王家の正統な後継者だ! 魔界を混乱に陥れる気なら、ここで止めさせてもらう!」
その言葉に、魔王はさらに嘲笑を深めた。
「ふむ、ずいぶんと口が立つではないか。だが、我が封印を解いた愚か者が何を言おうと無駄だ。」
「封印を解いた?」
イグナスが怪訝そうに眉をひそめる。
真奈はその会話に耳を傾けながら、自分の中に不思議な感覚を覚えた。初代魔王の存在を前にして、なぜか彼女の心には抵抗感だけでなく、奇妙な既視感がよぎる。
「あなたの目的は……何?」
意を決して真奈が声を上げると、魔王の無数の瞳が彼女に向いた。その瞬間、真奈の体が氷のように冷たく硬直する。
「この娘……『鍵』か。」
魔王の言葉にラザールが真奈をかばうように立ちはだかった。
「触れるな!」
「ふふ、なるほど……お前たちがこの娘を守ろうとする理由はこれか。ならば、この戦いはただの愉悦に終わるまい。」
魔王が闇を振り上げると、それは刃のような形を取り、三人を襲うべく振り下ろされた。
◇
ラザールとイグナスが剣を交えてその攻撃を防ぐが、初代魔王の力は圧倒的だった。魔力の波動だけで大地が砕け、湖が激しく揺れる。
「これが……本気の力か!」
イグナスは辛うじて防御の体勢を保ちながら叫ぶ。
ラザールは全力で剣を振るい、魔王に一撃を与えようとするが、闇に包まれた体はまるで実体がなく、攻撃がすり抜けてしまう。
「くそっ……効かないのか!」
その様子を見ていた真奈は、再び胸の中に湧き上がる光の感覚を思い出していた。自分の中にあるこの力が、きっと何かの役に立つはずだと信じて、意を決する。
「ラザール、イグナス……私もやる!」
二人が驚いて振り返る間もなく、真奈は初代魔王に向かって両手を掲げた。その手から放たれる光は、魔王の体を包む闇を一瞬だけはじき飛ばした。
「……なるほど、確かにお前は『鍵』だ。」
魔王が興味深そうに真奈を見つめる。
ラザールはその隙を逃さず、魔王の闇の中に剣を突き刺した。
「今だ、真奈! もう一度その力を!」
◇
真奈はラザールの言葉に頷き、全身の力を集中させる。すると彼女の体から光が爆発的に放たれ、魔王の闇が再び後退した。
「私の中にあるこの力……魔界を救うために使う!」
真奈の決意と共に放たれる光は、魔界そのものと共鳴するように広がり、湖全体を包み込んだ。その中で、初代魔王の闇も一時的に弱まり、攻撃が通じるようになる。
「イグナス、今だ!」
ラザールの合図で、イグナスも全力の一撃を繰り出し、魔王の体を切り裂いた。
◇
初代魔王は傷つきながらも、なおも嘲笑を浮かべる。
「面白い……だが、これが全てだと思うな。」
そう言い残し、魔王の体は闇に溶け込むように消えていった。その場には静寂が戻るが、ラザールは剣を握りしめたまま立ち尽くす。
「まだ終わっていない。あれは、ただの始まりだ。」
真奈はそんなラザールを見つめ、そっと彼の手を握る。
「私たちなら……きっと大丈夫。」
その言葉に、ラザールの表情がわずかに和らぐ。イグナスは空を見上げながら苦笑した。
「まったく、相変わらず忙しい日々だな。でも、次は何が来てもやるしかないだろ。」
こうして三人は、魔界の運命を懸けた新たな戦いに向けて、さらなる決意を固めるのだった。
◇
初代魔王との戦いを終えた三人に、新たな手掛かりが示される。それは、魔界の歴史に秘められた「禁忌の遺跡」の存在だった——。