均衡の代償と真奈の決意
レグナルトとの死闘が終わり、真奈たちはついに魔界の均衡を保つ魔法陣へと辿り着いた。しかし、彼らを待っていたのは、真奈が「鍵」として果たすべき最後の役割と、それに伴う残酷な真実だった。
◇
「ラザール……これはどういうこと?」
真奈の声が震える。目の前には、魔法陣を中心にして広がる巨大な空間。薄暗い光が赤い紋様を浮かび上がらせ、その中心部にはひび割れた石柱が崩れかけている。
「魔界を支える均衡が、想像以上に崩れている……」
ラザールの紅い瞳が魔法陣を鋭く見つめる。イグナスも険しい表情を浮かべ、呟いた。
「こいつはヤバいな。もし完全に壊れちまったら、魔界全土が崩壊するって話だろ。」
真奈は胸元の宝珠をぎゅっと握りしめた。彼女が「鍵」としてこの場に導かれた意味。それは、均衡を保つ魔法陣を修復するためだとラザールに聞かされていた。だが、それに必要な代償については何も知らされていなかった。
◇
魔法陣の中心部に足を踏み入れると、石柱の奥から古びた声が響いてきた。
「よく来たな、人間の娘よ。そして、紅き王子。」
そこに現れたのは、魔界の古代の守護者と思しき姿をした巨大な魔物だった。黒い霧を纏いながら、真奈たちを見下ろすように浮かぶその存在は、重々しい声で語りかける。
「この均衡を保つには、新たな力を注がねばならぬ。そのために、鍵たる者が己の魂を捧げるのだ。」
「魂を……捧げる?」
真奈は目を見開いた。背筋に冷たいものが走る。
守護者の言葉は冷酷で揺るぎなかった。
「そうだ、人間の娘よ。お前がこの魔界に召喚されたのは、この役目を果たすため。お前がその力を解放すれば、均衡は保たれるが、お前の存在は魔界に溶けて消え去るだろう。」
◇
「待て!」
ラザールが守護者に向かって叫んだ。
「そんなことが許されるわけがない! 真奈を犠牲にしなくても、他の方法はあるはずだ!」
守護者は静かに首を振った。
「方法は一つしかない。それを受け入れる覚悟がなければ、魔界は滅びる。」
その言葉を聞きながら、真奈は心の中で激しく揺れていた。自分が消えてしまうという恐怖。だが、それ以上に、この世界で出会ったラザールやイグナス、魔族たちの優しさを思い出し、彼らを守りたいという気持ちが強く湧き上がる。
「私が……このまま何もしなかったら、みんなが危ないんだよね?」
真奈は声を震わせながら問いかけた。
ラザールは必死に首を振る。
「違う、真奈! そんなことはさせない! 俺たちが他の手段を見つけるまで時間を稼げば——」
「ラザール……」
真奈はラザールの瞳をまっすぐに見つめた。その瞳には、深い悲しみと葛藤が映っている。
「ありがとう。でも、私は……ここで逃げるわけにはいかないよ。」
◇
真奈は宝珠を両手で掲げ、魔法陣の中心に歩み寄った。
「私が消えたら、魔界のみんなが幸せになるなら、私はそのために力を使うよ。」
「ふざけるな!」
ラザールが真奈の腕を掴んだ。その手には激しい震えが伝わってくる。
「俺は……お前を守ると誓ったんだ! そんな選択をさせるためにここまで連れてきたわけじゃない!」
「でも、ラザール……私がここに来たのは、この役目を果たすためだったんだよね。」
真奈の瞳には涙が浮かんでいるが、同時に決意の光も宿っていた。
イグナスが静かに口を開いた。
「真奈……お前は本当にすごい子だな。でも、ラザールの気持ちも分かってやれよ。お前がいなくなるなんて、あいつが耐えられるわけがない。」
真奈は一瞬迷ったように目を伏せたが、すぐに顔を上げ、ラザールに微笑んだ。
「ラザール、あなたに出会えてよかった。私、あなたのことが……大好きだよ。」
その言葉を聞いた瞬間、ラザールの目が見開かれる。
◇
真奈が宝珠を掲げようとしたその時、魔法陣全体が眩い光を放ち始めた。
「何だ!?」
守護者も驚いた様子で後退する。その光の中から、一人の女性の姿が現れた。それは、かつて魔界の均衡を保つ力を持っていた初代の「鍵」の魂だった。
「今の魔界には、人間の魂を犠牲にしなくても均衡を保つ可能性が残っている。」
その声は優しく、けれども力強かった。
「この少女の勇気がその可能性を切り開いたのだ。」
光の力は真奈の体を包み込み、宝珠をさらに輝かせた。ラザールは驚きながらも、すぐに真奈を抱きしめた。
「真奈、離れるな! 一緒にこの光を導くんだ!」
イグナスも剣を振りかざし、光の流れを導くように立ち上がった。
◇
光が魔法陣を修復し、魔界は崩壊の危機を逃れる。しかし、それは新たな試練の始まりでもあった。真奈とラザールたちは、魔界に平和を取り戻すためにどのような道を選ぶのか。