新たなる敵の影
闇の王の残滓との戦いを乗り越えた真奈、ラザール、イグナスの三人。しかし、「真実の扉」で得た情報は新たな試練の予兆でもあった。魔界の歴史を覆すような秘密と、真奈に課された巫女としての役割。その重圧が一行を試し続ける中、影の中から新たな敵が静かに動き始めていた——。
◇
裂け目を封じ、闇の王の影を打ち倒した三人は、疲労困憊のまま次の目的地に向かっていた。道中の森に辿り着くと、真奈はその場に座り込んだ。
「ふぅ……。今日は本当に大変だった……。」
黒髪が風に揺れ、額に浮かぶ汗を手の甲で拭う真奈。宝珠の力を使いすぎたせいか、顔色が少し悪い。
「無理しすぎだ。」
ラザールが隣に座り、彼女に水の入った革袋を差し出した。
「ありがとう。でも、私だってもう子どもじゃないんだから。みんなと同じくらい頑張らないとね。」
真奈は微笑んで袋を受け取ったが、その声にはどこか無理をしている響きがあった。
「頑張るのはいいが、体が資本だぜ。倒れられたらこっちが困る。」
イグナスが焚き火の準備をしながら軽口を叩く。
「本当にそうだな。」
ラザールも小さく頷いた。
真奈は二人の言葉に苦笑しつつも、彼らの気遣いに心が温まるのを感じていた。異世界に来てから彼女は孤独だったが、今では家族のように思える仲間と過ごす時間がある。それだけで心の重荷が少し軽くなった。
◇
夜が更け、焚き火の周りで仮眠を取る三人。深い眠りに落ちるイグナスのいびきが聞こえる中、真奈は眠れずに目を開けていた。宝珠の力が目覚めてから、胸の中で不安定な鼓動が続いている。
(これが私の役目なのかな……。)
ぼんやりと天を見上げると、紅い月が冷たい光を投げかけていた。そのとき、風の中に奇妙な気配を感じた。
「……誰?」
真奈が声を発した瞬間、暗闇の中からスッと黒い影が現れた。それは人間の形をしていたが、その姿は不気味に歪んでいた。目は紅く光り、漆黒の霧が体を覆っている。
「ラザール、起きて!」
真奈の叫びに、ラザールとイグナスが瞬時に目を覚ました。
「何だ……?」
イグナスが剣を構え、ラザールは真奈の前に立ちふさがる。
「ようやく見つけたぞ。光の巫女……。」
低く響く声が森全体に響いた。影の主は明らかに敵意を持っており、その手には黒い槍が握られている。
「お前は何者だ?」
ラザールが睨みつける。
「名乗る必要はない。ただ、使命を果たすまでだ。」
その言葉と同時に影は槍を振り下ろし、一行に襲いかかった。
◇
「真奈、下がれ!」
ラザールが鋭い声で命じると、真奈は反射的に後ろへ飛び退いた。
「イグナス、俺の左側を頼む!」
「了解!」
ラザールとイグナスが完璧な連携で影に応戦する。しかし敵は人間離れしたスピードと力を持ち、二人を圧倒していた。
「これが魔界の……新たな敵?」
真奈は遠くから見守りながら、胸の中で宝珠の力がうずくのを感じた。
「力を……使わなきゃ!」
彼女は恐怖を振り切るように一歩前に踏み出し、両手を掲げた。
光が真奈の手から放たれ、敵の動きを一瞬封じることに成功した。
「やった!」
しかし、影の主はその光をすぐに弾き返し、再び槍を構えた。
「そんな小細工では俺は倒せない。」
「甘く見るな!」
ラザールが敵の隙を突いて渾身の一撃を放つ。その剣が影の胸に深く突き刺さった。
◇
敵が倒れたかと思いきや、霧のように姿を消し、再び真奈の背後に現れた。
「巫女よ、貴様がこの世界を救うなど許されない。」
「な、何を言ってるの?」
影の主の目が真奈を貫くように睨む。
「闇の力が浄化されれば、この世界の均衡は崩れる。魔族は滅びる運命だ。」
その言葉に、真奈もラザールも凍りついた。
「そんなこと……。」
「全てを救うなど幻想だ。選ぶがいい。魔族を滅ぼして異界に帰るか、それともこの世界と共に滅びるか。」
影は冷たい笑みを浮かべながらそう言い残し、霧となって消えていった。
◇
戦いが終わり、森に静けさが戻った。だが、影の言葉が真奈の心を重くした。
「もし本当に……魔族が滅びるとしたら、私がしていることって間違ってるの?」
彼女の問いに、ラザールは答えなかった。ただ、彼の拳が強く握られているのを見て、彼も同じ葛藤を抱えているのだと分かった。
「おい、難しい顔をするなよ。」
イグナスが焚き火を再び起こしながら言った。
「選択を迫られるのはいつものことだろ?俺たちがどう動くか、決めるのは今じゃない。」
その軽口に、真奈は少しだけ救われた気がした。
「そうだね……。私たちなら、きっと答えを見つけられるよね。」
ラザールは黙って頷いたが、その紅い瞳には決意が宿っていた。
◇
敵の正体も、彼の言葉の真意も分からないまま、一行は森を抜けて進む。
「待ち受けているのが何であれ、俺たちが止まるわけにはいかない。」
ラザールの言葉に、真奈とイグナスは頷いた。
夜明け前の薄明かりの中、三人は前を見据えながら歩き続ける。その背中には、それぞれの重い決意が刻まれていた。
◇
次の目的地で待ち受けるのは、魔界の均衡を維持するために選ばれた古の者たち。彼らは真奈に新たな試練を課す。その試練とは?