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試練の城と銀の剣士

目を覚ました篠原真奈が最初に感じたのは、どこか冷たい風の流れだった。ラザールに連れられてたどり着いた城は、彼女が想像していた「お城」とはまるで違う。暗く厳めしい石造りの建物は、光を吸い込むような黒い壁に覆われており、窓から漏れる微かな明かりだけが闇を切り裂いている。

「ここが……城?」

真奈は思わず声に出した。目の前の建物はどこか荒れ果てていて、威厳よりも孤独や悲壮感を漂わせているようだった。

「そうだ。」

ラザールは短く答えた。彼の背筋はまっすぐ伸び、表情は厳しいままだ。しかし、その瞳にはわずかな疲労が浮かんでいる。

「この城は、ヴァルディア家の一族がかつて統治していた中心地だった。しかし、今ではその名残に過ぎない。」

真奈は彼の言葉を聞きながら、心に不安が広がるのを感じた。ラザールの背負うものがどれほど重いのかを、彼女はまだ理解していなかったが、彼の佇まいからそれを想像するには十分だった。

真奈が城内へ足を踏み入れると、薄暗い廊下の奥から人影が現れた。銀色の髪が揺れ、真奈の目には一瞬、それが光を放っているように見えた。

「おや、王子様が妙な客人を連れてきたようだね。」

軽快な口調で話しかけてきたのは、銀髪に傷ついた左目を持つ青年だった。彼の姿には気取った様子はなく、むしろ親しみやすい雰囲気を漂わせている。

「イグナス、この娘は人間だ。今後俺たちと行動を共にする。」

ラザールが紹介すると、青年——イグナスは興味深そうに真奈を眺めた。

「ふうん。君が例の“鍵”ってやつか。」

イグナスは真奈の周りをぐるりと回りながら、軽口を叩き続けた。

「思ってたよりずっと普通の子じゃないか。こんな華奢な体で、魔界の混乱を収めるなんて、正気の沙汰とは思えないけど?」

「……それは私だってそう思います。」

思わず真奈が答えると、イグナスは目を丸くし、すぐに笑った。

「おや、口答えできるだけの度胸はあるみたいだね。面白い。」

「イグナス、無駄話はそこまでにしろ。」

ラザールが鋭い声で制すると、イグナスは肩をすくめた。

「わかったよ、王子様。だけど、ちょっとは緊張をほぐしてあげないと、この娘、持たないだろう?」

真奈は思わずラザールの顔を見た。彼の表情は相変わらず冷静だったが、その目の奥にほんの少しだけ優しさが感じられた気がした。

その夜、真奈は簡素な部屋に案内された。石造りの壁に囲まれた冷たい空間。寝台には粗末な毛布が掛けられているだけだったが、真奈にとっては落ち着く場所ができたことが何よりの救いだった。

「今日はゆっくり休め。明日から少しずつ魔界のことを教える。」

ラザールが短く告げて部屋を出ていく。

真奈はベッドに座り、手を膝の上で組んだ。突然、魔界という異世界に召喚され、ここにいる理由もまだわからない。けれど、ラザールやイグナスといった魔族たちは、彼女を拒絶するどころか受け入れようとしている。

「私、本当にここで何かできるのかな……。」

そう呟いた時、不意に扉がノックされた。

「どうぞ……?」

入ってきたのはイグナスだった。彼は真奈ににやりと笑いかけると、手に持っていた何かを差し出した。それは小さなパンとスープの器だった。

「腹が空いてるだろうと思ってね。ここの飯は質素だけど、食べないと力が出ないぞ。」

「あ、ありがとうございます……!」

真奈は慌てて受け取り、スープを一口飲んだ。温かい液体が喉を通り、身体に染み込むようだった。

「どうだ、美味いか?」

「はい……すごく、美味しいです。」

イグナスの笑顔に、真奈は少しだけ心が軽くなった。

次の日の朝、ラザールとイグナスに連れられ、真奈は城の庭へと案内された。広大な空間には練習用の武器や魔法陣が描かれており、魔界の文化の一端が垣間見える場所だった。

「まずは簡単なことからだ。この世界の基礎を教える。」

ラザールがそう言い、手を差し伸べる。すると彼の周囲に黒い霧が渦巻き、やがてそれは鋭い剣へと形を変えた。

「これが俺たち魔族の力だ。感情と魔力を組み合わせ、形を与える。」

真奈はその光景に息を呑んだ。同時に、自分がどれほど人間として無力であるかを実感する。だが、ラザールの言葉は彼女の考えを否定するようだった。

「お前も自分の力を探せ。鍵として召喚された以上、その力は必ずあるはずだ。」

「私に……力が?」

真奈の目に浮かんだ疑問。それに対してイグナスが笑いながら付け加える。

「まあ、最初は何もできなくても大丈夫さ。俺たちが見ててやるからな。」

その言葉に、真奈は小さく頷いた。

こうして、魔界での真奈の新たな一歩が始まった。異世界での生活に馴染む努力と、魔族たちとの絆を深めていく道が、ゆっくりと開かれていくのだった——。


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