エピローグ 紅き月の下で
紅い月が魔界の空に浮かび、静寂の中に安らぎをもたらしていた。長き戦いを経て魔界に訪れた平和は、王国の隅々にまで広がり、誰もが安堵の表情を浮かべている。かつて虚無の皇が引き起こした混乱は終焉を迎え、魔族たちは新たな時代を迎えようとしていた。
城の中庭では、真奈が一本の剣を手にしていた。それは、彼女が魔界での旅路を通して成長する中で手に入れた「紅月の剣」だった。
「やっぱり、この剣には不思議な力を感じる……」
真奈は静かに剣を見つめ、そして空を見上げた。紅い月はどこか優しく、彼女の決意を見守っているようだった。
◇
玉座の間では、ラザールが次々と運び込まれる報告書に目を通していた。新しい政策の調整、平和条約の締結、そして荒廃した土地の復興計画――王としての責務は尽きることがない。
「お前、本当に大変そうだな。」
イグナスが茶目っ気たっぷりに笑いながら声をかけた。
「一国の王ともなると、楽ではないさ。」
ラザールは短く答え、目の前の書類に再び視線を戻した。しかしその口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。
「まあ、お前には真奈がいるだろ?」
イグナスは肘をつきながらからかうように言った。
「あの子がここに残るって決めたときのお前の顔、俺は忘れないぜ。」
ラザールはその言葉に一瞬だけ手を止めたが、すぐに軽く咳払いをして言葉を返す。
「あいつは、この世界にとって必要な存在だ。俺のためではなく、魔界の未来のためにいてくれる。」
「ふぅん、それで?」
ラザールは無言で書類を積み直しながらも、わずかに耳を赤く染めていた。
◇
真奈は城の庭で、魔界の子どもたちと遊んでいた。彼女の周りには、笑顔が溢れていた。
「真奈お姉ちゃん、すごいね! 剣も上手だし、お話も面白い!」
「ありがとう。でも、まだまだラザールやイグナスには全然かなわないよ。」
真奈は照れくさそうに笑ったが、その目には確かな自信が宿っていた。
魔界での生活に慣れた真奈は、この地で自分の役割を見つけつつあった。戦いの中で得た経験を活かし、人々の相談に乗り、復興の手助けをしながら、新しい日常を送っている。
その日、彼女はひとつの知らせを聞いた。ラザールが自ら視察に出向くというのだ。
◇
視察を終えたラザールが帰還した夜、真奈は中庭でひとり紅い月を見上げていた。
「やっぱり、ここに来てよかったな……」
真奈はそっと呟いた。
「どうした、こんなところで。」
突然聞こえた声に振り返ると、ラザールが立っていた。その姿は威厳に満ちていたが、真奈に向けられる視線はいつもと変わらず温かかった。
「ラザール! お疲れ様。」
「ありがとう。」
ラザールは真奈の隣に立ち、彼女と共に月を見上げた。
「魔界の平和が戻りつつあるのを実感した。お前の力があったからこそだ。」
真奈は首を横に振った。
「それはみんなのおかげだよ。私ひとりじゃ、何もできなかった。」
ラザールはしばらく真奈を見つめ、静かに言葉を続けた。
「真奈、お前がここに残ると決めてくれたこと、俺は本当に嬉しかった。お前は、この魔界にとって希望だ。」
その言葉に、真奈は胸が熱くなるのを感じた。そして、ふと勇気を出して聞いた。
「ラザール……私がここにいることで、迷惑じゃない?」
ラザールは驚いたように目を見開き、そして笑った。
「そんなことを思ったのか? 俺はお前がいてくれることに感謝している。それに……」
一瞬言葉を飲み込むようにして、彼は続けた。
「お前がいない魔界なんて、俺には想像できない。」
真奈はその言葉に目を見開き、そして静かに微笑んだ。
◇
それから数日後、ラザール、真奈、イグナスの三人は再び旅に出た。平和を保つための視察と調整のためだったが、どこか昔の冒険のような空気が流れていた。
「これからもずっとこんな感じで旅が続くのかな?」
真奈が呟くように言った。
「そうだな。だが、それも悪くないだろ?」
ラザールは真奈に視線を向けた。
「うん。」
真奈は笑顔で頷いた。
「ラザールやイグナスと一緒なら、きっとどんな未来も大丈夫だって思える。」
イグナスが後ろで大きく伸びをしながら叫んだ。
「さあて、また新しい村で美味い酒でも探すか! 平和の証ってやつだな!」
真奈とラザールは顔を見合わせ、微笑んだ。
紅い月が輝く魔界の空。その下で、真奈とラザール、そして仲間たちは新たな時代を紡いでいくのだった。
——おわり——